第31話 投擲術その後

 新年から2週間。いつしかご隠居当主のディートヘルム・ブートキャンプもひと段落して、貴族たちは家族の一部を公都のタウンハウスに残し、三々五々領地に戻って行った。「今度来るときは負けませんからな!」とみんな血気盛んだ。OBにも現役にも武術系スキルのレベルアップのコツをそれとなく伝授しておいたので、本気で鍛えて来たら、次会った時に洒落にならない強さになっているかもしれない。まあ、コツと言っても「基本に忠実に型を繰り返す」みたいな地味なもんだけども。これでスキルレベルが上がると本当に強くなるんだから、この世界はそういう意味ではチートである。


 小さい子供たちは両親と共に領地に帰り、貴族学院に通う大きな子供たちは、しばらく公都に残り、後からみんなで王都へ戻るそうだ。全員で行き来した方がコスパが良いのと、やはり一門としての団結力が養われるからだという。今回は特に、皆フェルト玉を持って和気藹々としていた。すっかり投擲術が身について、何を投げても面白いほど的に当たるようになったという。


「扇が思ったところに刺さるようになって、お母様も褒めてくださいますのよ」


 デルブリュック家当主のディートフリート様、そのご長女のエミーリア様だ。エミーリア様は14歳、高等部2年生である。鉄扇が刺さるのも怖いが、それを「お母様が褒めて下さる」のがもっと怖い。ディートフリート様の奥様はエデルガルト様といって、隣の辺境伯家からお輿入れされた方だと伺ったが、デルブリュック家だけでなく辺境伯家も相当物騒な、いや、武闘派なお家柄なようだ。




 一方、あまり浮かない顔をしているのは弟のエーミール様、12歳の中等部3年生である。


「姉上は扇があるからいいけど、僕は投げる武器じゃないから」


 普段は短剣を主にたしなんでいるが、短剣は投げるには重く、投げナイフはなんだか男らしくない(エーミール様談)。かといって、弓矢を持ち歩くのはかさばるし、というのがエーミール様のご不満であった。投擲術は、他の武術系スキルの命中率や正確性もアップするので、磨いておいて損はないのだが、今ひとつ効果は地味である。そうだ、こんな時こそこれの出番ではないだろうか。


「エーミール様のお気に召すかは存じませんが」


 そういって、俺は革袋いっぱいの手裏剣と苦無クナイを手渡した。以前錬金術で作りに作った黒歴史である。当時4歳の手慰てなぐさみで作ったそれらは、どう見てもガタガタで素人仕事のオモチャだが、遠目で見たらそれっぽく見えなくもない。こんな習作で失礼だったかな、と思ったら、エーミール様は、パアアアッと顔を輝かせて、「ありがとう!」と受け取ってくれた。


 そう、かのタブレットモドキは、他の貴族の例に漏れず、デルブリュック公爵家も文化汚染していた。公爵家へはディートリント様からは内々に全集一式が贈られているが、今のところ当主の判断で、王家にならって大河ドラマだけが身内に解禁されている。大河ドラマの中では、お侍さんたちが帯刀し、合戦では弓や槍や鉄砲が活躍するのであるが、たまに忍びキャラが登場して、子供たちにウケてるんだそうだ。なお、この世界には鉄砲は存在しないが、皆あれは魔道具だと認識しているようだ。そして、魔法やスキルで簡単に鉄砲以上の殺傷能力叩き出せるこの世界の人たちには、形こそ格好良いけど、あまり強そうには見えないらしい。この世界で銃が未だ発明されないわけである。


 エーミール様が手裏剣と苦無に喜んで、早速お爺様に見せに行ったところ、即座にお爺様が血相を変えて怒鳴り込んできた。


「ばっかモン!何でこんな面白そうなものをワシに寄越さんのか!」


 半ば予想していたが、その間2分。「はやっ」としか言いようがない。


 お爺様は作りの甘い手裏剣と苦無を見て、「これは惜しい出来じゃ」と言い出し、お抱えの鍛治職人に打ち直してもらおうなどと言い出した。いや、作りが甘いのは当たり前で、俺が4歳の時に作ったヤツだからというと、「ナヌッ!ワシの孫は天才か!」とか言いよる。いや、孫じゃないよ…ディートリント様の養子(正確には相続権がないから猶子ゆうし)なだけで、そもそも赤の他人なんだけども…「一門の子はみな我が子」みたいな爺様、嫌いじゃない。


 ともかく、これは職人に打ち直してもらおうということで、俺とエーミール様は、有無を言わさずお爺様に引っ張られて、公都の鍛治工房へ連行されて行った。




「頼もう!親方はいるか!」


 お爺様が遠慮のかけらもなく工房のドアを開け、大声で叫ぶと、中から「坊ちゃんか!入りな!」という野太い声がする。そして間もなく、背が低くてがっちり筋肉質な人物が現れた。ドワーフ族である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る