第30話 困った五人目

 ムキムキオッサン改めお爺様は、その後俺を連れ回して、やれ槍だ、やれ斧だ、といろんな武器を仕込み出した。アレだ、最初「アレクシス様のオモチャ」として辺境から連れ出された俺を、ディートリント様が「わたくしのオモチャ」にして、それを今度は爺様が「ワシのオモチャ」にしているという、そんな感じだ。


 以前、王都のアルブレヒト伯爵邸でやしきの護衛のおじさんに素振りを習ってから剣術スキルを取得したが、地味に伸ばして「剣術Lv3(225,603/8,000,000)」にしてある。槍も斧も、同じ要領で伸ばせばいいだけだ。


 投擲とうてき術と同じく、剣術においても、スキルを効率的に伸ばすポイントを発見した。それは、いくつかの動作を組み合わせることだ。例えば、素振りと同時にときの声を上げること。小さくでいいので、「えいっ」などと掛け声を付けると、一度の素振りで入るポイントが倍になる。そこに、歩法や視線の送り方、達人がアドバイスしてくれた何某なにがしかの注意点を組み入れると、ポイントがどんどん加算されて行く。加えて、鬨の声や歩法のような、いくつかの武術に共通する作法を実践すると、関連するすべての武術スキルに同時にポイントが入る。さらに、訓練に入る時に「お願いします」と挨拶しただけでポイントが入ったのには驚いた。そして訓練の最初と最後に挨拶してビシッと礼をすると、訓練中得たポイントに20%加算されるという裏技も会得した。俺はこれで、武術系のスキルを育てて来たのだった。


 そう術も術も、剣術と根っこは同じ。爺様に道場に連れて行かれたら、礼儀正しく挨拶して、教わった通りに型をなぞる。武術系スキルはレベル1を取得するまでに1,000ポイント分の試行を必要とするが、型、声、歩法などを組み合わせると、小一時間の訓練でちゃんとスキルを取得できるのだった。ここにいる間に、どんどん武術系スキルを取ってしまおう。




 そうやって欲をかいたのが失敗だった。


 爺様は、「こやつなかなか筋がいい」「ワシの最後の弟子にしてやろう」と言い出した。いやいや、俺はスキルを生やしたいだけで、別に脳筋になりたいわけではない。どっちかというとMPが多い方だし、魔法の方を研究して伸ばしたいのだが。


「ご隠居様は、ああなったらもう止められないよ…」


 アレクシス様が、乾いた笑顔で何度目かの「もう止められない」を発した。この人の周りには暴走超特急しかいないのだろうか。隣で奥様のディートリント様、兄の現当主ディートフリート様が、うんうんとうなずいている。俺は今日も、訓練場に駆り出されて行った。貴族学校への入学準備、そして子供同士の交流とやらは、どこに行ってしまったのか。


 今日は鎖鎌くさりがま術の訓練だった。こないだれん術を習ったので、派生する形で生えて来た。「やけに上達が早いな」と褒められたので、「派生して生えて来たので早かったです」と答えたところ、「派生?生える?」とツッコまれて、そこから怒涛の質問攻めに遭った。なんとかディートリント様を呼んできて、「なんかツッコまれちゃったんですけど」と助けを求めると、「迂闊うかつだったわね」とたしなめられつつ、だがこうして特訓を受けている以上、バレるのは時間の問題だと思っていたらしい。


 かくして、ご隠居の爺様は、「俺たち」の5人目のメンバーとなった。


「なんじゃなんじゃ!スキルの取得方法や、成長具合が分かるなんて、ズル過ぎるぞい!」


 ジジイ…いやお爺様は駄々っ子のように地団駄を踏んだ。イヤイヤ期か。そして、自分のステータスやスキルが今どうなっているのか、もう少しで上がりそうなスキルはないか、新しく獲得出来そうなスキルはないか、根掘り葉掘り訊ねて来た。


「ワシャまだまだ強くなるんじゃい!」


 隠居して多少丸くなったと言われていた56歳児が、往年の闘気をみなぎらせている。これに配下の老将たちは大いに湧き上がり、現役世代は暖かい笑顔で歓迎した。家督を譲渡した後、家の中でくすぶって、昔の武勇伝をしんみりと繰り返す困った親世代が、皆張り切ってデルブリュック城に集まり、雪が降りしきる中でエイエイオウと吠えながら、怪気炎を上げている。生きる張り合いが出て良いことだ。領民は、かつてのおやかた様たちが古傷をものともせず、イキイキと汗をかき、酒場で豪快に笑い声を上げる様子に、心から喜んだ。




 そんな喜びも束の間。往年の勢いを取り戻したご隠居勢が、現役と模擬戦をやりたいと言い出した。そうは言っても、世界でも屈指の練度と強度を誇るデルブリュックの戦士たち。現役世代は戸惑った。今更引退した先代たちを痛めつけるのも気が引けるし、適度なところで加減して、接待試合にして勝ちを譲るべきか。かといって、それではデルブリュックの名にケチがついてしまう。騎士団長をはじめ首脳陣が対応に苦慮する中、「いいから訓練場に出てこい」と言い出すご老公ジャイアン。仕方なく、信頼のおける中堅を選んで「頼んだぞ」と丸投げ。訓練場で相対することとなった。


「ほほう、稽古をつけて欲しいのはお主じゃな」


 いや、頼まれても困るし稽古も要らないんですけども、と顔に書いてある兵士、仕方なくご老公に相対すると、「はじめ」の合図と共に瞬殺。ご老公の初撃が、誰にも見えなかった。


 ワッと湧き立つOB陣。そして何が起こったのか理解できかなった現役陣。気を失った兵士が担架で運ばれるのを見て、これではマズいということで、急遽エースを繰り出すことにした。


 やおら始まるデルブリュック武闘会。師団長、副団長、団長など、現役最強クラスとふるき英雄たちとの大激戦となった。一進一退の白熱した試合に、城内に居合わせた者たちは大興奮。最後は、現役がOBに負けるわけには行かんと、現当主自らが訓練場に立ち、前当主との一騎討ちとなった。


 最後は現役最強ディートフリート様必殺の氷の魔法剣で、お爺様を辛くも破り、現役の面目は保たれた。お爺様は


「お前たち、よく精進しておる!これからも励めよ!」


 ワッハッハ、とOBたちを連れて豪快に立ち去っていたが、後で地団駄を踏んで悔しがっていたらしい。安定の56歳イヤイヤ期である。


 なお試合後、ご老公もディートフリート様もお互いに「アイツ絶対ワシ(俺)を殺す気だった」とボヤいていたという。俺はどっちかっていうと最初に喧嘩を売ったお爺様の方が悪いと思うが、たしなめて聞くようなタマではないので黙っている。沈黙は金である。




 この即席武闘会を機に、現役世代に危機感が走り、ついにOB世代と合同の訓練が開催されるようになった。OB世代は内心「ワシらのアドバンテージが無くなってしまうぞい」と歯噛みをしたが、「ヨッシャヨッシャ、共に励もうぞ」と訓練を了承した。武士はやせ我慢するものなのである。そして訓練が終わってから、打倒現役を合言葉に、自主練に励むのであった。


 現役世代は現役世代で、リタイア世代に負けてはいられない。打倒OBを合言葉に、遠征に出かけたり、基礎訓練を増やしたりして、さらに暑苦しさが増したという。

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