第33話 工房の奥

 その後はデルブリュック公爵家でお爺様の鍛錬に付き合いつつ、乳母や家庭教師との打ち合わせを経て、本格的に客分として逗留させていただく準備に入った。王都のタウンハウスに来てくださっていたマナー講師や家庭教師の先生も良い先生だったが、こちらではより子育ての段階に沿った講師陣と教育ノウハウが既に存在する。丁寧な面接で俺の学習の進捗状況を把握すると、翌日には授業計画シラバスが示され、上級生たちが王都に出発した後、公都に居住する他の寄り子の貴族子弟と共に、教えを受けることとなった。


 とはいえ、学習面では既に学園を卒業できるくらいの学力があり、運動能力においても、低年齢による身体能力の限界はあるが、こちらもお爺様の訓練について行けるほどだから、まったく申し分ない。純粋な戦闘能力ならば、豊富なスキルを使い、一般的な兵士をくだすことができるだろう。魔法においては、宮廷魔術師団ホープのアレクシス様の能力をはるかに凌ぐ。自分で言ってて何だが、俺って結構ヤベぇ奴なのかも知れない。


 一方で、一般常識や貴族社会においてのお約束には、大変難があると言えよう。そもそも辺境の農家のせがれで、アルブレヒト伯爵邸では「とりあえず急場を凌ぐ」だけのマナーを身につけただけとも言える。就活で、一応内定を得るだけのビジネスマナーを身につけたとしても、就職すればあまり役に立たないのと同じようなものだ。ビジネスマナーには、そのような慣習が生まれるだけの下地というか、根底に横たわる文化がある。貴族の子供たちは、その貴族文化に生まれた時から親しんでいる。俺はまさに、「異文化留学」しに来たと言っていい。




 さて、3日経過した。エーミール様の王都への帰還も迫っているし、約束通り鍛治工房に手裏剣と苦無くないを受け取りに行った。


「ほれ、これでどうだ」


 親方が出してきたのは、見事な逸品だった。形の揃った手裏剣に苦無、どちらもシンプルながら洗練されていて、狙ったところに正確に当たるように、重心もきちっと計算されている。思わず「おおっ」と声を上げてしまった。あの4歳児の幼稚な工作物から、こうも完璧な本物を作り上げるなど。「うちも投げナイフは扱ってるからなぁ」と親方が得意そうに鼻をすする。


 親方は、皮袋やナイフホルスターも作っておいてくれた。鋳造ちゅうぞうで刃物を作るのは、工房挙げて取り掛かれば訳はないが、この皮の小物は懇意にする工房に特注をかけて超特急で仕上げてもらったそうだ。丁寧なコバ磨き(端の処理)をする時間はなかったが、これは後日改めて納品してくださるらしい。とりあえず、俺が持ち込んだ皮袋一袋分の3倍、袋にホルスター3組付きで、引き渡してもらった。そのうちエーミール様が一袋、お爺様が一袋。あとの一袋は俺がもらうことにする。エーミール様が工房の奥に呼ばれて、お爺様と一緒にホルスターや投擲とうてき具の最終調整をしている間、親方の許可をもらい、店内を見学させてもらった。


 店内の壁面には、あらゆる武器防具が陳列してある。この工房は主に剣を扱っているようだ。出入り口に近い場所には、鋳造の汎用品が無造作に立てかけられ、次いでお弟子さんの習作が壁面に掲げられている。お弟子さんの作品とはいえ、良い値段がする。俺の中では、小金貨1枚で約10万円、大金貨1枚で100万円という換算だが、出来の良いものは大金貨を出さなければ買えない。やがて、店の奥の方の壁に沿って、高弟の作品となり、カウンターの一番奥の正面、フラッグシップ作品のところには、豪奢な剣が飾られている。プライスカードには「非売品(応相談)」と書いてある。


 だが、一本一本鑑定した限り、一番立派な剣は、装飾は美しいが、攻撃力や出来は今ひとつなようだ。それよりも、その剣の横、地味な小型ナイフが気になる。これ一本だけ、べらぼうに攻撃力が高いんだけど、鑑定スキルが壊れたのだろうか。少し遠いので、じっと目を凝らして見ていると、親方が「坊主、そのナイフが気になるのか」と手元まで持ってきてくれた。


「———ミスリル!」


 思わずつぶやき、息を呑んだ。詳細鑑定をかけて、目に飛び込んできた単語に、取り繕うのも忘れて魅入ってしまう。はっと気付いた時には遅かった。親方が、人を○せそうな勢いの視線で射抜く。


「分かるのか、坊主」


 ああ、しくじったああ。俺が頭を抱えていると、お親方は一言、


「ついて来い」


 と言って、店の奥、工房とは違うドアへ、俺をいざなった。




「ここの部屋には、あのナイフの正体が分かる者だけを入れることになってる」


 地下に続く階段で、親方は振り返らずに言った。やがて重いドアを開けると、殺風景な石造りの部屋に、地味な剣が無造作に掛けられている。そのうちの、3本がとんでもなかった。ミスリル、オリハルコン、ヒヒイロカネ。目立たないように巧妙に汚されているが、許可を得てハンカチでそっと拭き取ると、金属がほんのり発光しているのが分かる。


「やはり全部見抜いたか。お前ぇさん、やっぱタダもんじゃねぇな」

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