第28話 デルブリュック公爵家

 タブレット作りに忙殺されて7歳が終わった。8歳になると、そろそろ学校に通う準備というか、準備の準備から始めてみてはどうか、というのがディートリント様とベルント様の意見である。俺とアレクシス様は「学校なんてどうでもいいんじゃない?」派なのだが、この封建的な世界を特異な能力を持つ者が生き延びるためには、どうしたってこの世界の常識や貴族社会に馴染む必要があるだろう、ということだ。俺は、いざとなれば世界中に転移陣を置きまくって、隠遁いんとん生活を行うことにやぶさかではないのだが、悪いヤツはどこにでもいて、どんな危険があるか分からないという。ならば順当に、親しい者の庇護下に入り、そこの一員として所属する方が安全なのではないか、というのがディートリント様とベルント様の主張であった。決して「コイツまた面白いことやんねぇかな」「逃すもんか」という下心からではないらしい。絶対ぜってぇ下心だと思う。


 貴族社会の学校生活とは、すなわち10歳から通う貴族学院のことである。あと2年もあるからいいじゃないかと思うのだが、今この時点でさえ、毎回やらかして周りに大騒動を引き起こすのである。子供の中に放り込んだらなおさら、問題が起こらないわけがない。あと2年もあるのではなく、むしろあとたった2年しかない。とりあえず、ディートリント様のご実家、デルブリュック公爵家にお世話になり、同じ年頃の貴族の子供たちと交流してみてはどうか、ということになった。


 デルブリュック公爵家には、ディートリント様のお兄様である現当主のお子様が二人、また分家筋や寄り子の家にも子供がたくさんいて、定期的にお茶会という名のマナー講習会、兼、勢力の地盤固めが行われる。養子とはいえ、ディートリント様の子息であるということで、無下に扱われることはないだろう。「わたくしは、自分で子育てをした経験がありませんから、こういう時こそ信頼の置ける血縁を頼るのです」とおっしゃっていたが、要は子育てやっかいごとを実家に丸投げした形である。


 なお、同じようなコミュニティが、アレクシス様のご実家のアルブレヒト侯爵家にもあるのだが、ベルント様いわく「あそこはダメだ」とのことである。子供のうちからずいぶん殺伐としているそうだ。アレクシス様に実家のことを聞くと、満面の笑みめがわらってないと無言の圧力が返ってくる。よほど触れてほしくないのだろう。




 というわけで、新年を迎えて8歳になるとすぐ、王都からはるか北西にあるデルブリュック公爵家にお世話になることとなった。馬車でまともに通うと3週間の道のりだが、故郷の村はデルブリュック公爵家の勢力圏の端にあり、そこからなら2週間。冬になると街道が雪に閉ざされてしまうので、先んじてご挨拶ということで、ディートリント様とアレクシス様、ベルント様、俺のいつものメンバーで、公爵家に伺っておいた。もちろん、ディートリント様のご実家である公爵家には、王家と同様に俺の情報は筒抜けなので、こっそりと離れに転移陣を設置させていただいた。王都と並ぶ一大勢力である公爵家と、王都のアルブレヒト伯爵家のタウンハウスが一瞬で行き来出来るのは、政治的に色々チートなんじゃないかと思うが、元々仲良しなんだからいいのかな。直通通路が出来て何かと有利になるデルブリュック家のご当主様には、いたく歓迎された。


 新年の挨拶ということで、公都に集まった一門の新年の宴の席で、俺はディートリント様と共に壇上に上がり、お披露目された。俺は事前に練習しておいた、割と年相応な挨拶をして、そそくさと壇上から降りようとしたが、ディートリント様の兄上であるご当主が、俺を引き止めて褒めちぎるものだから、注目を逸らして逃走することに失敗した。壇上から見渡すデルブリュック一門の貴族は、何というか貴族らしからぬというか、がっしりした体格の人が多いと思う。この辺りは自然が厳しく、また他国と国境を接しているせいもあるのか、こっそり鑑定をかけてみると、なるほど老若男女、何らかの武芸スキルを持っているようだ。


 鑑定に気を逸らしていると、人がさざなみのように壁際に移動して、ダンスホールの真ん中がぽっかり開いた。その中心で、なぜか上半身裸のムッキムキの老爺ろうやが「どうれワシがいっちょ揉んでやろう」と指をポキポキ鳴らしている。隣のご当主を振り返ると、ニコニコ笑ってうんうんと頷いている。うんうんじゃねぇ。アレクシス様はあからさまに目を逸らしている。彼もかつてやられたのだろう。これはいっちょ揉まれる流れなのだろうか。


 仕方なく壇上から降りて、老爺の前に出る。「よろしくお願いします!」と挨拶すると、「おお!その意気や良し!」と笑っているが、ギラギラする闘志が隠し切れていない。「来ないのか!ならば行くぞ!」とか言っているが、どうせ飛び掛かって来る気満々だったのだろう。痛いのは嫌なので、ここ数年で育てておいた「合気道Lv4(127/160,000,000)」で受け流す。合気道、基本的な動きを繰り返していたら順調に伸びたので、なんとなく伸ばしておいてよかった。だが次のレベルまで1億6,000万ポイントとか、これ以上上げられる気がしない。


 とりあえず、合気道をレベル4まで上げておいてよかった。老爺、いやもうオッサンでいいか。オッサンも相当な手練てだれなようなので、レベル3だと捌き切れなかったかもしれない。オッサンの猛攻を、何度かコロンコロンと転がしているうちに、オッサンが勝手に「参った」と宣言した。


 場内が一瞬鎮まり返り、それからワッと湧き立った。対戦したオッサンを始め、屈強なオッサンどもに揉みくちゃにされて、「お前やるな!」「俺とも勝負しろ!」と散々な目に遭った。なお、ご当主は壇上で「ね、この子やるでしょう」みたいな顔をして余裕をブッこいていたが、後で「まさかあそこで前当主ちちうえを倒すとは思わなかった」とのことである。多少やる子だとは聞いていたが、何なのこんな強いの、とディートリント様に問いただしたところ、「わたくしもあんなにやるとは聞いてませんでしたわよ…!」とプルプルされていたとのこと。本当はあそこで、ヒョロガリチビの俺をコロンと倒して、「坊主、我がデルブリュック家の一門として精進するのだぞ、ワッハッハ」となるところだったのが、とんだ大誤算となってしまった。前当主との模擬戦ふれあいを経て、子供たちの輪の中に溶け込ませる計画が、台無しである。なんかごめん。

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