第26話 1LDK

 それからしばらくは、ぼんやりと思い出した1LDKの部屋の再現にハマった。もちろんパソコンやタブレットを再現するわけにはいかないが、金属の板に記憶水晶サファイアガラスを貼り付けて、記憶水晶に動画を記録することで、動画だけが再生できるナンチャッテタブレットみたいなのが出来た。今のところ、1枚のタブレットに記憶水晶1個しか搭載できない。ステンドグラスのように、いくつかの記憶水晶を組み合わせてみたこともあったが、それぞれの動画は小さな分割画面でしか再生されなかった。もちろん、プロジェクターのようにどこかに映し出せば、視聴は可能であるが、それならタブレット型にした意味がない。幸い、タブレット自体は錬金術でいくらでも生み出せるので、かさばるのが玉に瑕だが、アイテムボックスも簡単に作れることだし、タブレットを量産して動画ライブラリを作ることにした。


 最初は、村の風景や自然の風景を動画に記録していたが、すぐに飽きた。この世界、王都でもなければどこもかしこも自然だらけ、風光明媚ふうこうめいび放題である。とはいえ、王都の市場や宮廷を撮影しても、これももはや日常なので何の感慨もない。王都で流行っている芝居でも撮影させてもらえたら良いのかもしれないが、いくら著作権が曖昧な世界でも、これはマズいだろう。映画の盗撮はダメ絶対なのだ。映画じゃないけど。


 そんなこんなで、あれこれ試行錯誤している間に、突然脳内に機械音が流れた。


「記憶魔法を取得しました」


「アカシックレコードLv1を取得しました」


 記憶魔法とは、記憶水晶に一定回数映像を記録することで取得できるようだ。鑑定で中身を見てみると、リアルタイムで視聴していることを記録できるだけではなく、過去の自分の記憶を動画として記憶水晶に録画できるようになったらしい。更に、アカシックレコードというスキルを使えば、自分の記憶にないものまで、アカシックレコードから記憶をダウンロードできるのだとか。何それ、元の世界でも再現できないテクノロジーなんですけど。


 アカシックレコードを使って、俺は元の世界の動画や出版物のコンテンツを、夢中になって記憶水晶に転写しまくった。なお、アカシックレコードは、俺がその存在を知っている(思い出している)コンテンツに限ってダウンロード可能であり、存在そのものを知らないものはダウンロードできないようである。だが、自分がぼんやり覚えている限り、どんな作品でもコピーできるようであった。記憶水晶の容量は、大きさに限らず1個1時間、もしくは単行本1冊程度。ソイルで土を出し、土壌改良で粘土状にして、板の形にしたら底と縁をステンレスに、内側はサファイアガラスに錬金。これをほぼ無意識で、10秒で1枚くらいのスピードで作れるようになってきた。1,000枚くらい作ったかな、というところで、


「自動化スキルを取得しました」


 というアナウンスが流れて来た。これで自分で意識しなくても、24時間365日、勝手に魔力を消費してタブレットモドキが作られ、インベントリに溜まっていく仕様になった。




 あとはアカシックレコードから、自分の覚えている限りのコンテンツをダウンロードして焼き付けるのみ。この世界の俺は初めましてだが、前の世界の俺はどこかで見たことがある作品ばかりだから、新鮮なような懐かしいような不思議な感覚がする。気がついたら深夜であったり朝であったり、もう生活はめちゃくちゃだったが、この世界に来て一番充実していたと思う。


 気がついたら転移陣をくぐり、村外れの偽邸宅でずーっと作業に没頭している俺を心配して、時々アレクシス様が様子を見に来てくれたが、彼は異世界のコンテンツにどっぷりとハマり、見事にミイラ取りがミイラになった。そのアレクシス様を心配して、同様に優秀な魔術師であるディートリント様が転移陣を潜って様子を見に来たが、彼女もまたミイラになった。とうとう痺れを切らして、魔力量の少ないベルント様が、なけなしのMPを絞り出して転移陣をくぐって来たが、彼が一番見事なミイラになった。


「この続きはどうなってしまうんだ!早く!早く出してくれ!」


「まあまあ、いつでも何度でも見られるんだから、そんな焦らなくてもね☆」


「そんなことより、この学園ラブの続きをよこしなさい。ただちによ!」


 山奥の偽邸宅の一室、狭い偽1LDKの部屋に、大人三人と子供一人がひしめいて、ずーっと閉じこもっている。時々アレクシス様の笑い声と、ディートリント様が鼻をすする音、そしてベルント様の「ぬぐおおお」という意味不明な叫び声がこだまする。テーブルの上には、絞って冷やしておいたジュースに、ポテチ、ポップコーン。イカン、これでは全員ニートではないか。


 とりあえずみんなを説得して、一旦タブレットと共に王都に引き上げてくると、執事がこまった顔をして、「皆様が出仕なさらないので、王宮から使者が来ております」と言う。ディートリント様は、「こうしてはいられない」ということで、全員身支度をし、使者と共に、早速王宮に出かけることになった。なぜ俺も一緒なのか。




 王宮では、ただちに王族のプライベートゾーンに通され、人払いをされ、あらゆる予定をキャンセルされた国王と王妃が応接室に現れた。ディートリント様が鬼の形相で「緊急事態」と告げるので、宮廷内にはにわかに緊張感が走った。


「これですの」


 彼女が国王夫妻に差し出したのは、一枚の金属の板。板の中には透き通った滑らかなガラスが嵌め込まれ、それだけでこの世界では再現不可能な技術力を見せつけられる。国王は、ゴクリと喉を鳴らし、それを手にとって、まじまじと見つめた。


「魔力を流してみてくださいまし」


 国王が恐る恐る魔力を流したとたん、その板は音を発した。


「キューティー魔女っ子、華麗に変身!」


 キュルル〜〜〜ン☆キラーン☆


 その後は、色とりどりの短いドレスをまとった幼い美少女が、代わる代わる歌い踊る絵が映し出された。絵が動くのも衝撃であったが、聞いたことのない軽快な音楽、そして画面の中の幼女が、様々なアイテムを使って、見たこともない魔法を繰り出しているのを見て、国王は震撼した。魔法の研究開発においては、周辺諸国よりも一歩も二歩も抜きん出ている我が国だが、この映像を映し出す魔道具も、この映像の内容においても、はるかに遠く及ばない。


 国王がワナワナプルプルしている横で、ディートリント様は姉である王妃に、また別のタブレットを渡した。


「オスカル⋯おれはいつか⋯おまえのために命を捨てよう⋯。お前が今日、この俺のために命をかけてくれたように⋯。」


 精悍なイケメンが真摯な表情で独白している。


「まああ!まあああああ!!」


 王妃は頬に手を添えて、目を輝かせた。頬が上気して、鼻息が荒い。


「姉上はこういうのお好きでしょう?」


「ええ、ええ!これは素晴らしいものだわ!」


「ディー、これをどこで」


 国王が正気に戻り、問いただした。ディートリント様は俺をチラリと一瞥し、


「この子ですわよ」


 一同が「またコイツか」という目で見ている。


 いや国王様王妃様、初めましてですよね?解せぬ。

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