第24話 帰省

 村に着いた俺たちは、温かい歓迎を受けた。ディートリント様が先触れを送っておいてくださったらしい。そういう気遣いが、さすが大貴族といった感じだ。


 家族や村人の顔ぶれは変わっていなかったが、小さい子供が増えていた。魔法による豊作で、皆肌艶も良く、豊かに暮らしているのが分かる。母は「大きくなったわね」と出迎えてくれたが、その後ろには大きくなった妹が隠れ、背中には小さな赤子が増えていた。妹の後に出来た弟らしい。


 気になっていた魔法技術の流出であるが、これはアレクシス様、ベルント様、ディートリント様や、ディートリント様のご実家デルブリュック公爵家で上手に秘匿して下さったそうだ。幸い、この辺境を担当していた子爵家がデルブリュック家の分家であったので、情報操作に融通が効いたらしい。行商人も公爵家や子爵家懇意の御用商人に担当させ、農作物等の取引は慎重に行われた。当時は冬が終わった途端に宮廷魔術師が送り込まれるとか、王宮は暇なんだろうかと思ったが、あのアレクシス様のフットワークの軽さが結果的に全てを救ったと言える。1年2年後なら、周辺の村々を越えて、国全体に混乱が起きていたかもしれない。食糧事情と衛生事情が改善するから、悪いことじゃないとは思うんだけど。


 俺がまだ村にいた頃は、土壌改良、成長促進、クリーンくらいまでしか思いついていなかったので、一見すると村の様子はそのままに見える。服や家屋は相変わらずボロいし、猫の額ほどの農地もそのままだ。これも、情報の秘匿に役立った。村人や家屋がやたらと清潔であるとか、やせ細った者もおらず皆血色が良いとか、畑に季節違いのものがっているとか、よく見ると違和感だらけなのだが、冒険者が村に迷い込んだとか、短時間の滞在ならば、少し不思議に思うくらいで済むのではないだろうか。


 当然、土壌改良や成長促進、クリーンなどのスキルは、秘匿せずに広く国民の生活に役立てるべきだと思う。だが、一気に広めてしまうと混乱が起きるだろう。これらは段階を追って徐々に広めていくべきだろうというのが、公爵家や王家の方針なのだそうだ。


 え、今、王家って言いましたか。




 当たり前と言えば当たり前なのだが、デルブリュック家は公爵家。王家とは近い親戚なのである。江戸幕府で言えば、徳川御三家みたいなお家なのだ。現在の王妃はデルブリュック家の前当主の長女、つまりディートリント様の姉君であり、しかも現王とは従兄弟同士の幼馴染という、ド定番のカップルだそうだ。しかもたいそう仲が良いらしい。うん、そりゃあ公爵家の機密も筒抜けだね。


 これまで特に知らされていなかったが、俺の書いたレポートは全て国王陛下夫妻まで回り、開発したスキルなんかも逐一報告されていたそうだ。何それ聞いてないんですけど、というと、全部分かってるかと思ってた、ごっめー☆という回答だった。俺、辺境生まれの元平民、御歳7歳なんですけど。すっかり貴族生活に馴染み、異様に大人びているため、この国の貴族の力関係やお約束なんかは全部理解してると思われていたらしい。確かに、家庭教師の先生には国の成り立ちとか貴族家の系図とか習ってはいるが、込み入った裏の事情までは教えてはくれないのだ。


 ともかく、この辺境の村は、王家と公爵家の間で非公式に「魔法開発特区」として承認され、各種スキルを実験的に開発して、その後国中に広めるためのファームとして機能することになった。やった、それならここで好きなだけスキルの実験をしていいんだ!と喜びの声を挙げると、同時にベルント様の拳骨と、「「「お前は大人しくしてろ(なさい)」」」というお小言を頂くことになった。解せぬ。




 村に到着すると、村長の家に通された。貴族の邸宅からすると、家一軒が一部屋よりも狭い感じなのだが、俺はこういうののほうが落ち着く。村を挙げて歓待するということで、せっかくなので歓迎の気持ちを受け取ることにした。お土産に酒類を運んできたので、単に大人たちが酒を飲みたかっただけなのかもしれない。最初は遠巻きに見ていた子供たちも、ドライフルーツを渡すと、わらわらと集まってきて、あっという間に懐かれた。賄賂は大切である。


 夜は、村民挙げて村の広場で焚き火を囲み、歓迎の宴が開かれた。こちらもいろいろ土産を持ち寄ったつもりだが、村の方でさまざまな農作物やジビエをふんだんに用意してくれていた。あの寒村が、こんなに豊かになって。ワシが育てた、というわけではないが、感慨深いものがある。


 俺が自分のスキルの知識に気づいたのが、3歳の頃。その後4歳の年に王都に連れて行かれて、今7歳であるが、物心がついてからの時間はほとんど王都で過ごしていたので、この村のことは、懐かしくはあれど、どこか他人事のように感じる。実の母親よりも、もはやアレクシス様やベルント様、やしきのみんなのほうが、家族のように思えるほどだ。そして、7歳と言えば、この村ではもう立派な「お兄ちゃん」であり、母親に甘える年ではない。だがそれでも、久しぶりに会った家族や村民に会って、「帰ってきて良かったな」という気持ちにさせられる。故郷って、こういうものなのだろう。この辺境の村は、何もない寒村ではあるが、改めて、俺がこの世界に生まれたのが、この村で良かったと思うのだった。

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