第23話 道の駅

 今回は、夜営で試してみたいことがあった。街道を沿って進む旅人は、街道沿いの、少し開けたキャンプ場みたいなところで野営をするのだが、場所によっては水場が整備されていたり、簡易な竈門かまどが備え付けられていたり。もしくは、ただ木が切り倒されて、多少のスペースになっているが、草もボーボーで何の手入れもされていなかったり。その野営場に、簡単な壁や屋根を作っておいたら、みんな便利なのではないかと。


 ベルント様は、野盗でも棲みついたらどうするんだ、と心配されていたが、ディートリント様は「うちの領内ならいいわよ」と許可してくださった。公爵派閥の領地は治安維持に力を入れていて、わざわざ目立つ場所に居を構えるふてぶてしい盗賊はいないだろう、とのこと。王都から一週間、道のりを半分ほど進み、公爵派閥の地を踏んだところから、遠慮なく道の駅を建設して行った。


「あなた…正気なの…?」


 許可を出したはずのディートリント様がプルプルしている。いや、普通に土魔法で三方に壁を作り、屋根で覆って、土壌改良で硬化して、簡単な石造りのガレージを作っただけですが、何か。


 ガレージは、大体コンビニくらいの大きさのヤツを、3つ建てておいた。一つが馬用、一つが水場や炊事場にお付きの人用、一つが偉い人用。大きな隊商だと入りきらないだろうが、ある程度の団体までなら収容できるんじゃないだろうか。あ、ここ飼い葉桶ね。それから竈門はこっちで、井戸はこっちで


「ちょっと聞いてんの?!」


「あはは、ディー。クラウスがこうなったらもう止まらないよ」


 何その「困ったちゃん」みたいな扱いは。解せぬ。さすがに浴槽を置こうとすると止められたので、ちょっとした物陰に、クリーンの魔法陣が刻まれた板を置いておいた。これで体の汚れも排泄物も安心である。




「恐れながら、クラウスに常識的判断を求めるのが無謀かと」


「そうねベルント…。大体私たち、今回一度も夜営なんてしなかったものね…」


 ディートリント様が、遠い目で焚き火を見つめている。そのクラウスは、馬丁や荷運び、警備のおじさんたちと共に、使用人ゾーンの焚き火を囲んで、和気藹々と夕食に及んでいた。ここなら雨に悩まされることもないし、交代で寝ずの番をすることに変わりはないが、三方を壁に囲まれて、とても警備がしやすい。坊主、よくやってくれたじゃないか。クラウスは一行のアイドルであった。


 それだけではない。ディートリント様やアレクシス様は、馬車の中で休まれることになっているのだが、馬車の中には転移陣が仕込んであって、彼らはなんと自室に戻って休むことができるのだ。


「こんなの旅じゃないわ…」


「もう旅行の定義がめちゃくちゃだね☆」


 アルブレヒト夫妻は黄昏たそがれていた。




 なお、今回同行するのは、数年前王都に上京した時のメンバーである。投石で投擲術が獲得できて、狩猟スキルが上がるくらいならいいのだが、クリーンのスキルを覚えてしまったとなると、少し処遇が難しくなる。なるべくスキルについての情報が漏れないように、彼らはアルブレヒト家にて慎重に囲い込まれた。そして魔法陣としてクリーンのスキルがリリースされたのちに、「あれは古代の魔法陣のスキルが何らかの形で再現されて、偶然発動したものだ」と言い含めておいた。魔法陣としてスキルが広く一般的に広まった現在、晴れてクリーンは機密事項ではなくなったのだ。


 だがしかし、クリーンの次には錬金術にアイテムボックス、転移魔法陣、魔力水晶、そして道の駅。クラウスあくまは、次から次へと畳み掛けてくる。彼が無自覚にやらかす裏で、アレクシスたちは、常に涙ぐましい努力で、彼の落とした爆弾を処理してきた。若きホープのアルブレヒト伯爵、とんでもないものを拾ってしまったものである。


 考えていても仕方ない。今日も寝よう。夫妻は馬車に入り、転移陣から自室に戻って行った。残りの二人は、馬車の前に小さなテントを張り、そこで休んだ。人の苦労も知らないで、気持ちよさそうに眠るクラウスを見て、ベルントはため息をついた。


 旅からしばらく後、この街道には至る所に「道の駅」が設置され、数年後には街道自体が整備されて、王都の石畳に負けないほどの滑らかで頑丈な道路が敷かれたという。当時公爵領の一部を管理していたディートリント様は、「安全な物流が皆に繁栄をもたらすのです」という声明を発表され、彼女の偉業は王都と公爵領にて驚愕と喝采をもって讃えられた。だがしかし、それだけの賞賛を受けてもなお、彼女の顔色は晴れなかったという。

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