第20話 解毒

「まったく、こんなスキルを隠してたなんてね」


 ディートリント様の施術は、メイド立ち会いのもと、彼女の私室で行われた。貴族女性は日常的に美容マッサージをしてもらっているせいか、光属性を使って施術しても、こうして普通に会話ができる。ディートリント様の体内には異物の反応は感じられないので、もしかしたら疲労物質の除去や解毒作用が激しいほど、正気とは思えない反応を起こすのかもしれない。


 俺は、このスキルが見つかった経緯いきさつと、彼らの反応があまりにも過激だったために、ディートリント様に施術した時には闇属性に置き換えた「リラックスマッサージ」を使ったことを説明した。


「いいわ。あれを見たら、施術に躊躇するのは分かるもの」


「恐れ入ります」


「それにしても、あれ、あと何回かやらなきゃいけないのよね」


「残念ながら、まだほとんど取りきれてませんから」


「いいわ、アレクのためですもの。また様子を見に行くわね」


 全体的にリフレッシュの魔力が行き届き、背中からの施術は終わった。ディートリント様は「体がぽかぽかするわね、悪くないわ」と仰っている。「こんなに気持ちいいなら、脳汁の方も試してみたいわね」ということで、僭越ながら顔をヴェールで覆ってもらい、以前の「リラックスマッサージ」ではなくて「脳汁」をすることにした。


「あがっ、ぎっ、あ”あ”あ”あ”!」


「奥様!」


「ダメよ止めちゃ!これは素晴らしいものよ!続けなさい!」


 強く命令され、即座に再開する。ああ、ディートリント様も学者肌の方、目や肩に疲労物質が溜まっている感じがする。なんかこう、闇魔法のリラックスマッサージは固まった疲れを穏やかに緩ませる、みたいな感じだったが、こちらは高圧洗浄機で強制除去している感じだ。


「ごれは!ごれはな”ん”で素敵ずでぎ…ずで…お”ほお”お”お”!」


 いかん。罪悪感がMAXだ。何もやましいことはしていないのに。


 やがて数分もすると、ディートリント様の電池が切れた。しまった、ここ美容マッサージ用のベッドだった。メイドは即座に別のメイドを呼び、彼女を着替えさせて寝室に寝かせるということで、俺は退出させられた。美容マッサージの間に主人が寝落ちしてしまうことはよくあることらしい。心配するな、ということだった。


 俺は、ドアの外で合掌して、自室に辞去した。




 翌日、御三方は見たこともない笑顔で現れた。アレクシス様もベルント様も「こんなに体が軽いのは初めてだ」とおっしゃり、ディートリント様はいつにも増してツヤッツヤだった。


「おはよう!良い朝ね!」


 アレクシス様とベルント様がたじろいでいる。いつもどこかツンとしてシニカルなディートリント様の、ひまわりのように毒気のない笑顔など、付き合いの長い彼らでも初めてのようだ。俺もここ二年ほどこのやしきで同居しているが、こんな彼女は見たことがない。


 彼女は腐っても元公爵令嬢、一流の美容術は全て試してきたはずだ。その彼女が満面の笑顔で認める効果。やしきの女性陣はもちろん男性陣も、それほどまでなのかと喉を鳴らした。


 その日から、ディートリント様の溺愛が始まった。これまでは「アレクのオモチャ」であったのが、「私のオモチャ」にジョブチェンジ。アレクシス様とベルント様と、三人の秘密であったことも洗いざらい吐かされ、自身を強引に四人目にネジ込んできた。アレクシス様は、「こうなったらもう、ディーは止められないよ…」と遠い目をしていたが、それはベルント様の時にも聞いた気がする。彼はヤンデレホイホイなのだろうか。




 そんな中、アレクシス様とベルント様の中にある不具合箇所に、錬金術スキルを照射する取り組みが続けられた。彼らは日に日に元気を取り戻して行く。ベルント様は、アレクシス様のお付きになってから日が浅いせいか、数日の施術で終わった。元々武芸にも多少心得があるということで、精悍な外見に磨きがかかった気がする。


 アレクシス様はインドア派というか、もやしっ子というか、肌が青白くてヒョロッとしている印象だったが、それは彼が勉学や研究に無理を重ねたせいだけではなく、これまで蓄積してきた重金属などの作用が大きかったようだ。筋肉や体つきはすぐには変わらないが、だんだんと年相応な若者になってきていると思う。だが、ほとんどの毒素は取り除けたと思うのだが、心臓付近のいくつかの黒い影が取れない。


 錬金術がダメなら、光魔法、闇魔法、植物魔法、土魔法、いろいろ試してみたが、一向に取り除ける気配がない。なんなら闇魔法を掛けた時には、もぞもぞと動き始めたくらいだ。やけくそになって、聖魔法を掛けたところ、「ギャヒーーー!!!」という、この世のものとは思えないような叫び声が聞こえて、黒いモヤがどこかに飛んでいった。そこからアレクシス様は、劇的に体力を取り戻して行った。


 最後に残った毒素と思われるものは、呪詛じゅそだったらしい。




 その後分かったことだが、同時期にアレクシス様のご実家の一部、また第一夫人の親族の一部の人間が、謎の不可解な死を遂げたそうだ。皆ミイラのようにカラカラに干からびて発見されたらしい。ディートリント様は「やられたわ」と仰っていた。彼女はアレクシス様に毒を盛った一派を特定して、何らかの因縁をつけて毒杯をたまう準備をしていたらしい。「私のアレクに手出しをするとか、私に喧嘩売ってんのよね」ということだそうだ。だが、期せずして関係者はみんなカラカラに乾いて居なくなってしまった。彼女の復讐劇に水を差してしまったのは申し訳ないが、思ったより早く一網打尽に退治できたので、「よくやったわ」とお褒めの言葉をいただいた。


 褒美は何がいいかしら、ということで、じゃあ一度故郷の村に帰りたい、と答えた。まだ幼い俺にとって、望郷の念は無いこともないが、どちらかというと「中途半端にスキルを開発して広めてしまった手前、今どんなふうになってしまったのか気になる」というのが正直なところだ。


「ならば、あの辺り一帯をあなたの領地にすればいいかしら?」


 彼女の何気ない一言に、度肝を抜かれた。いくら箸にも棒にも引っかからない辺境とはいえ、元公爵令嬢のご褒美はスケールがデカ過ぎる。7歳の身には余る光栄ですので、と答えたところ、「私はあなたのお義母かあ様なのよ?」と満面の笑顔で答えられた。結局、成人するまではベルント様が代理になり、ゆくゆくは俺の領地になるそうだ。本当にそれでいいのだろうか。


 ディートリント様によれば、アレクシス様の義母の実家は公爵派閥の子爵家だったということ。処分するのは容易たやすいが、派閥の勢力を削ぐことや結束を弱めることにもつながるので、獅子身中の虫として忌々しく思っていたということ。意を決して鉄槌を下そうかと思っていたら、呪い返しで勝手に自滅してくれたので、思いのほか事後の処理がスムーズだったということだ。子爵家が一つ空いたので、配下の家々はより良い土地に配置換え。一番旨味のない辺境は、誰も治めたがらないので、あそこでよかったらどうぞ、ということらしい。なるほど、だからアレクシス様とベルント様は、あの村まで調査にやって来られたのだ。別の貴族の派閥の土地なら、いかに宮廷魔術師団からの要請とはいえ、調査の許可は下りなかったかもしれない。


「その代わり、私も連れて行くのよ?」


 ディートリント様は、ニヤリとわらった。

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