第15話 マッサージその後

 最近食べ物改革に取り組んでいたが、もちろん午前中のマナーと基礎学習、そして午後のスキル実験も怠ってはいない。


 他の属性に比べてずっと放ったらかしにしていた闇属性。手のひらくらいの範囲が少し暗くなる、闇属性の生活魔法ダークネスだが、これを伸ばしたら一体どうなるのか、最近はその検証をしていた。ひたすらダークネス、ダークネス、ダークネスを繰り返し、闇魔法のレベルが上がり、「カームLv1(1/2000)」を習得。闇魔法ってどうも、リラックスというか、副交感神経優位っていうか、ユルい方向に伸びるらしい。もちろん、戦いの最中に緊張感を削がれるのは危ないから、それはそれで危険なんだろうけど。精神魔法、神経魔法、デバフって言ったら危ない気がするが、使いようによっては、かなり平和活用できそうな気がする。


 当然、先日開発したリフレッシュスキル、「脳汁」に応用することにする。ところが、どうも闇魔法は脳汁と相性が良くないらしい。


・水魔法+光魔法+火魔法+風魔法=「生活魔法クリーン」

・生活魔法クリーンLv3から派生した「生活魔法リフレッシュ」

・生活魔法リフレッシュ+ツボ押し+リンパマッサージ=「脳汁」


であるから、ここに闇魔法を加えると、光魔法と干渉するというか中和するというか、交感神経を刺激してシャキッとリフレッシュするのと、副交感神経を活性化させる鎮静効果が拮抗している感じがする。


 なので、リフレッシュは一旦置いておいて、カームとマッサージを併用してみたところ、アレクシス様もベルント様も即落ち爆睡するようになった。あのキツい顔面崩壊を見なくて済んで、ほっとする。なお、二人とも「効き方は微妙に違うが、同じくらい良いものだ」とのことだ。ぶっちゃけカームの方が単純で簡単なので、これからはカームで行くことにする。闇魔法とかバレたらヤバいので、名前は「リラックスマッサージ」にした。何の捻りもないが、無事この名前でスキル登録された。これより先、脳汁は危険なので、封印である。




 リラックスマッサージが完成したタイミングで、ディートリント様が来訪。最近アレクシス様の様子が生き生きとしているので、何か秘密があるのでは、と好奇心丸出しでやって来た。あまりにタイミングが良すぎるなと思ったら、アレクシス様もベルント様も、脳汁のことを必死で秘匿していたらしい。そうだろうな。お互い、相手の施術風景を見て、脳汁の恐ろしさはよく知っている。リラックスマッサージならば即落ち爆睡なので、他人には見せられないような醜態を晒すこともない。ここまでずっと、「研究中で」「まだ危険性が」と脳汁を隠し通した、彼らのいじましい努力に敬意を表したい。


 さっそくディートリント様にもリラックスマッサージを試してもらう。脳汁と闇属性魔法のことを知っているのは、アレクシス様とベルント様だけなので、他の人に施術してもらうわけには行かない。必然的に、俺が施術することになる。田舎から連れて来た珍獣に、ディートリント様の好奇心がますます集まる。やめてくれ、俺はどこにでもいる普通の平民のクソガキなんだ。自分で言っていて、この説得力の無さよ。


 メイクをした女性に蒸しタオルはタブーなので、顔には薄いヴェールを掛けてもらって、失礼して頭皮リンパを流す。日頃の激務で眼精疲労を癒すために、ネットで調べて自己流でやってたマッサージが、まさか世界を超えて、こうして貴族に施術するようになるとか、なんとも不思議な感覚である。さすが魔力を持つ貴族、カームのスキルに多少の抵抗は見せたが、間もなくリラックスの波に飲まれ、意識を手放して行かれた。


 施術自体はほんの10分くらい、頭部を軽くツボ押ししただけで終わったのだが、終了後明らかにディートリント様の目力が変わった。瞳は潤んで輝き、老廃物が取り除かれたせいか、頬がうっすら上気して、メイクの上からでも肌艶が変わったのが分かる。彼女は「これはすごいわ!」と興奮していたが、もし噂が広まってはかなわない。彼女には、決して他言しないように、強く強く口止めをした。ほどなく彼女も正式にアルブレヒト伯爵夫人になるわけだが、秘密を共有できる人物であるかないかで、これから先の俺の活動範囲に影響を及ぼすだろう。


 アレクシス様が言うには、彼女は信頼できる同志だと言うのだが、それでも女性の美への執念は凄まじい。彼女の美しさに磨きがかかったことを、貴族女性が誰からともなく勘づいて、「どうやって綺麗になったのか」という詰問が後を絶たなくなった。彼女ものらりくらりとかわしていたが、ついに観念して、「実はアレクシス様の実験の副産物で」ということで手を打つことになった。アレクシス様、いつも矢面に立たせてごめん。


 闇魔法の存在を知られるわけには行かないので、代わりに脳汁のレシピを一部公開することにする。「まだ調査中だけど、光魔法を使って頭皮マッサージするといいらしいよ」と発表してもらった。それからは、貴族の女性の肌のトーンが上がり、光属性の魔術師や神官が多忙を極めることとなった。


 なお、光魔法マッサージについては、一旦盛んに広まったが、しばらくすると話題にのぼらなくなった。だが、光属性の魔術師や神官の需要は減る様子が見られない。どうも、施術中の様子については極秘事項というか秘匿事項というか、「光魔法マッサージは貴族女子のたしなみ」「だが見られてはならない」というのが、暗黙の了解なのだそうだ。大体どんなことが起こっているのかは想像できる。光魔法、実はすごくヤバいのかもしれない。


 凄まじい醜態を晒す羽目になるのに、お抱えの神官や魔術師に固く口止めをしてでも、マッサージを受けなければならない。どんな苦難を乗り越えてでも、女性は常に美しくなければならないのだ。それが貴族女性の生き様である。

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