第11話 脳汁騒動

 翌朝、アレクシス様とベルント様と一緒に朝食となった。アレクシス様はいつにも増して、王子様然としたキラキラ感。後光が差している。


「やあ、良い朝だね!」


 白い歯がキラッ。ここに年頃の女性がいたら、失神しそうだ。一方、


「おはよう!今日も良い朝だな!」


 茶髪の爽やかお兄さんが、満面の笑みでニッコリしている。初めまして、どちら様ですか。


 ベルント様は、俺に笑顔など向けたことがなかった。最初村に来た時には、影というか空気というか、ほとんど存在を消していた感まである。その後、馬車に同乗してからの付き合いだが、常に仏頂面で、「またあるじが厄介なものを拾ってきた」という雰囲気を隠そうともしなかった。アレクシス様に対しては、従者といえども年上ということもあって、「何拾ってきたの!ホラ、もと居た場所に捨ててきなさい!」という、まるでオカンのような態度であった。


 そのベルント様が、俺に隣席を勧めてくる。近い近い!近いんですけど!


「あー、ベルントがこうなったらもう、諦めた方がいいなー。はっはっは」


 アレクシス様が乾いた笑いを向ける。昔、子犬を与えられて、溺愛して構いすぎて衰弱させてしまったことがあるらしい。何それ束縛系ヤンデレ?




 その後、俺をアレクシス様の養子にする話が、急ピッチで進められた。どうにかして、胡散臭い平民の子供を厄介払いしたかった反対派のベルント様が、一転積極派に転じて、何なら私の隠し子ということにするとか、大暴走を始めた。魔力を持った平民を養子に迎えることは、そう珍しいことではないから、一定の条件さえクリアすればいいのだが、ベルント様は、血縁を捏造してでも、何が何でも俺をガッチリ囲い込みたいらしい。脳汁の威力、すさまじい。


 そんな必死にならなくても、脳汁のスキルを使用人に覚えてもらって、使ってもらえばいいじゃないかと提案したのだが、このスキルは危険すぎるそうだ。こんなの使えるって知れたら、王家に取り上げられるか、別の貴族や組織にさらわれるかして、一生飼い殺し、もしくは命を狙われるまである。ベルント様は断言した。アレクシス様は、「逆にこれは、切り札としても使えるね☆」と黒い笑顔で言い放った。一度脳汁の恍惚感を知ってしまえば、どんな相手でも言いなりにできるだろう、ということだ。脳内麻薬って怖い。


 こうして脳汁のスキルは、習得方法を秘匿されることとなった。俺はただ、仕事に忙殺された主人(?)の疲労を回復したかっただけなのに。解せぬ。




 さてそんな脳汁養子騒動を経て、俺の毎日にも変化が出てきた。ベルント様が俺にフレンドリーになったことで、やしきの使用人の皆さんの俺を見る目が変わった。アレクシス様が拾ってきた平民から、この邸のあるじ一族に当選確実である。もともと、お風呂の件でちょっとずつ仲良くなり始めてはいたので、歓迎ムードはあっという間に高まった。せっかく邸で歓迎される身になったのだから、これからは居候としてひっそり生活するのではなく、本格的に住環境の改善をして行こうと思う。


 俺はこの世界で生きる以前のあやふやな記憶を持っているが、こういう世界に転生してきた場合、大方の転生者は、まず食事にメスを入れるのが定石じょうせきだ。俺も農村で暮らしていた時には、食糧事情の改善に力を入れて来たことだし、これで米でもあれば完璧だと考えていた。できれば味噌も醤油も手に入れたい。ここは一国の王都なのだから、交易なんかで米が入って来てないだろうか。市場に行きたいと申し出ると、ベルント様からは即座に却下されたが、代わりに御用商会を呼ぶことを提案された。


 御用商会は、さっそく王都で手に入るあらゆる穀物をたずさえてやって来た。残念ながら、短粒種たんりゅうしゅのジャポニカ米は見当たらなかったが、長粒種ちょうりゅうしゅのインディカ米を発見した。これは既にライスとして流通しているようだが、サラダの付け合わせにちょっと盛り合わせてある程度で、あまり一般的ではないようだ。とりあえずセメント袋一袋分くらい買ってもらった。見せてやろう、超スーパーエリート○○○人の圧倒的、もとい、米の圧倒的ポテンシャルを。


 他にも豆類や香辛料、胡麻なんかをお買い上げ。料理長は値段を心配して真っ青になっていたが、ベルント様からは好きなように買っていいと言われている。そう、この度錬金術のレベルが上がりまして、文字通り「かねならいくらでもある」状態に突入いたしました。市場が混乱するから、必要な時に、必要なだけね?ニヤリ。農民の子供がきんなんか持ってたら怪しさ満点だが、貴族がきんで支払う分には誰にも怪しまれない。貴族ロンダリングである。


 商会はホクホク顔で帰って行った。なお、ジャポニカ米、コーヒー豆、カカオ豆などの特徴を伝え、もし見かけたら買い占めてくるように伝えた。言い値で買い取ると。その他、野菜、果物、調味料、香辛料、王都にあるあらゆる食品を持って来てくれと。商人の目は金貨マークだが、ごめん、植物関係は、後で自分で植物魔法で栽培するんだ。本当にごめんよ。一抹の罪悪感を覚えた。




 そんな俺が最近好んで育てているのが、果物だ。とりあえず邸にある果物の種をもらって、土魔法・水魔法・光魔法・植物魔法を駆使して育てている。種から1ヶ月で樹齢約20年分ほどの果樹に成長させたところ、植物魔法のレベルが上がって、「カルチベーションLv1」が生えて来て、植物が好む育成条件が分析・再現できるようになった。すると、果物の味が劇的に改善。今や裏庭は、育成地外の果樹、季節外れの果樹までたわわに実って、怪奇スポット果樹園となっている。


 ここの果物を調理場に持ち込み、色とりどりのカットフルーツにしてもらう。もちろん俺だけじゃなくて、使用人全員で試食。糖度が高くみずみずしい果物の品質に、皆たちまち虜になった。そういえば、ウォータードレインを使えばドライフルーツが簡単に出来ることを思い出し、いくつか果物を切ってカラカラに乾かしたら、こちらも飛ぶように売れた。食べ過ぎは良くないが、食物繊維が腸内環境を整え、美肌にも効果があると伝えたところ、メイドが血眼になって催促するようになった。下級とはいえ彼女らも貴族の子弟、美容はたしなみ、美貌は武器。いずれ上級貴族に見初められでもすれば、占めたものである。実際に効果があったようで、もみくちゃにされんばかりに感謝された。賄賂って大事だ。


 女性の、美と甘味に対する執着は凄まじい。どこから漏れたのか、間もなくディートリント様がやって来た。しばらく他愛のない話をしながらお茶に付き合わされたが、ドライフルーツを出した途端、分かりやすく飛びついた。何度も来られては困…いや、お出ましになるのも大変だろうから、メイドに頼んで、結構な量のドライフルーツを包んで持ち帰ってもらった。彼女は喜んで帰って行った。暇な時に大量生産しておいて良かった。


 そのうち、あちこちからドライフルーツの噂を聞きつけ、アレクシス様やベルント様を通して、融通してくれという話が舞い込んだ。ドライフルーツ自体は既に存在するのだが、元の果物の品質が違うのと、ほとんどのドライフルーツは交易のために現地で干してきて時間が経っているから、あんまり美味しくないらしい。そこで、果物はアレクシス様が辺境から持ち帰り、研究栽培した特別なものであり、大量生産ができないこと、果物の水分を抜くのは水魔法で可能であり、これもアレクシス様が研究して発見したこととして、発表された。


 その後、王室など断れない依頼先にはドライフルーツを詰め合わせて贈り、その他には市販の果物を水属性の宮廷魔術師が乾燥させて、流通させることとなった。結果、アルブレヒト家のドライフルーツは幻の高級ブランド品となり、宮廷魔術師団と青果商は潤い、水属性の魔術師は連日限界まで魔力を搾り取られる羽目となった。それはそれで、スキルレベルも魔力量も上がって良いことである。…良いことである。

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