第12話 食糧事情

 もちろん、食べ物は果物だけではない。育ち盛りの男児たるもの、肉だっていっぱい食べたい。


 さすがは腐っても伯爵家、連日肉料理には事欠かない。ベルント様はあまり食べ物に興味がないようだが、アレクシス様はああ見えて色々うるさい。毎日食卓に並ぶ食事は、俺から見たら一流レストランのようなメニューだった。味も見た目も洗練されている。俺が口を挟む隙はなさそうだった。そんなアレクシス様が、俺の村に3ヶ月も滞在した時、よく我慢できたなと思ったが、魔術師は軍人でもあるため、ある程度の食糧面や衛生面の不具合には慣れているとのこと。なお、時々魚料理も食卓にのぼるが、ここは内陸。淡水魚の味は、そこそこである。


 一つ苦情を言うならば、ジャンクさが足りない。毎日お上品なコース料理ばかりだと、飽きてしまう。カレー、カツ丼、ラーメン、チャーハン。このうちチャーハンは、インディカ米で再現できそう。カレーは、インドカレー的なものならば行けそうである。カツ丼はインディカ米ではキツい。ラーメンはまた別のアプローチが必要だ。


 そういえば、パンはあるのにサンドイッチがない。庶民なんか、絶対食べ物をパンに挟んで食べたりすると思うんだけど、そういう食べ物を供する屋台や食堂は無いんだろうか。外に出してもらえないから分からない。挽き肉をまとめて作るハンバーグステーキのようなものは、あるにはあるのだが、肉を細かくするのが面倒なのか、塊のまま食べるのがスタンダードなのか、あまり出て来ない。これをバンズで挟むだけでハンバーガーになるのだが。


 ハンバーガーといえば、炭酸飲料も必要だ。炭酸飲料はお風呂上がりにも必須である。お風呂上がりといえば、フルーツ牛乳やコーヒー牛乳も用意しなければなるまい。コーヒーは見つかっていないが、フルーツなら裏庭で売るほど採れる。早速作ろう。作らなければならないものがいっぱいだ。




 フルーツ牛乳は、何度か試作を繰り返し、一応形のあるものができた。果物によっては、牛乳が分離したり、味が馴染まないものがあったが、桃を主体にすることによって、使用人の皆さんにも合格点をもらえるものができた。別の世界で飲んだものとはちょっと違うが、これはこれで美味しいと言えるだろう。別の果物、とりわけバナナが手に入ったら、また試行錯誤を繰り返してみようと思う。


 さあ風呂場に配備しようとしたところ、ここに来て、飲み物の入れ物となるガラス瓶が手に入りにくいことが判明。この世界ではガラス瓶はまだまだ高級品で、俺が想定していたクオリティのものを、一定数揃えるのが、困難なようだ。


 ならばガラス瓶から作らなければなるまい。研究室にこもり、ソイルから粘土にして、瓶の形に成形する。これを、錬金術を使って、二酸化ケイ素にしたら出来るんじゃないかと思ったら、そんな簡単じゃなかった。とりあえず火魔法で熱したり冷ましたり、いろいろやってみて、なんとか1つ出来た。これでは量産がおぼつかない。とりあえず、素焼きの瓶のようなものは、土魔法の土壌改良スキルで比較的簡単に作れるようなので、フルーツ牛乳はこれで行こうと思う。一方炭酸水は、ガラスでないとダメだろう。ようやく形になった瓶は3本。これを炭酸水用にする。


 炭酸水は、水の味が出来を左右するのだが、ここは王都、あまり水が美味しくない。水魔法の水の方が雑味がないので、まずは水魔法で水を出す。これを瓶に注いで、削ったコルクで蓋をし、氷魔法で冷やす。そして風魔法で瓶の中に二酸化炭素を発生させる。溶け込むギリギリまで注入し、強炭酸になったら完成だ。瓶は歪んで、コルクの作りも甘い、手作り感満載の不恰好さではあるが、なんとか炭酸水ができた。試飲してみて、味はないけどスカッとする。これでウイスキーを割ってハイボールでも作ったら、美味しいだろうな。まあ、この世界にウイスキーがあるかどうかも分からないし、俺はまだ4歳だけど。




 炭酸水は、瓶が3本しかないので、とりあえず俺とアレクシス様とベルント様用にした。風呂上がりに渡してみたら、どちらも騒ぎだし、それから密談となった。


「これは市場には出してはならない。いいね」


「もう知られてしまったものは仕方ないが、家人にも厳しく箝口令を敷かねば」


 物々しい言い方になるが、これは絶対みんな飲みたいと言い出すだろう、とのこと。とりあえずガラス工房と契約して、瓶を量産する体制に入らねばとか言ってる。うーん、この世界のコルクと一般的な保温技術では、炭酸を抜けないように保つのは難しいんだが…。


 仕組みは単純で、氷魔法で飲み物を冷やして、風魔法で二酸化炭素を注入するだけなんだけどな。例えばほら、二人のワインなんか、こうして冷やして二酸化炭素入れたらスパークリングワインに


「なんじゃこりゃああ!」


「うんまああい!」


 立ち上がって叫ぶ。グルメ漫画のようになってしまった。もう夜分だし騒ぐのやめたげて。ほら、部屋の隅のメイドさん、ギョッとしてる。


「君がこんなの作っちゃうんだから、仕方ないだろう!」


「ああやっぱりクラウスは俺が父親になろう。さあ、お父様と呼べ!」


 ベルント様が錯乱している。まあ落ち着いて。もう一つ、フルーツ牛乳も作ってあったの、忘れてたんだけど、こっちもどうかな。


「なんじゃこりゃあああ!」


「ほーらクラウス、お父様だよおおお!」


 これは絶対箝口令を、とか言ってたけど、もう遅いよ。使用人全員で試作したし、みんなお風呂上がりに飲んだもん。こっちはまあ、牛乳と果汁を合わせただけだから、うちで秘匿ひとくしなくとも、いずれ市場にも出回っただろう。ただし、氷属性を扱える魔術師はとても希少だと聞くから、冷えた状態で売り出すのは、今はまだちょっと難しいかもしれない。




 箝口令が少し遅れたせいか、後日案の定、飲み物を冷やして、炭酸を加えて飲むのが貴族の間で流行した。希少な氷属性の魔術師は皆貴族に囲われ、宮廷魔術師もたびたび、王家の要請に呼び出される羽目になった。そして風属性の魔術師とともに、延々と貴族や宮廷の催しに付き合わされるのだった。


 だがしかし、彼らはまだ知らない。エールをキンキンに冷やして、炭酸を強化すると、水やワインの消費量の比ではないことを。アルブレヒト邸では、夜な夜な執務室で、実験と称してあらゆる飲料を炭酸化する酒宴が催され、酔っ払い二人に一人の男児が付き合わされているということを。そして、宮廷魔術師きっての堅物と呼ばれた男が、男児を抱擁して「お父様だよおおお!」と叫んでは、男児の目を死んだ魚のようにしているということを。そしてじきに、炙ったアタリメブームが到来し、火属性の魔術師の危機が迫っているということを。

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