第10話 いけないスキル
アレクシス様に言い渡されたレポートが書けない。いや、どこまで詳細に書いていいのか分からない。ともかくプレゼン資料のレジュメみたいに書いたらいいだろうか。細かいところまでまとめようとして、ソースは?とか突っ込まれるのは御免こうむりたい。まずは大まかな流れを作って、あとは聞かれたら答えるようにしようそうしよう。
例の温浴による健康効果についてのレポート、下書きをしようとして、「どんな効果があったかな」と思い出しながら、マインドマップのように一人ブレーンストーミングしていたら、アレクシス様が目に留めた。
「なんと分かりやすい…!」
アレクシス様が震えていた。いや、普通のブレーンストーミングなんですけど。これを後でちょっと体裁を整えて、パワポ風に加工して提出しようと思ったのだが、資料って大体こうして組み立てて行くもんなんじゃないの。
彼らの間で交わされる文書とは、ほとんどが散文的、良くて箇条書きなんだそうな。美しく詩的な文章を、美麗な字で綴るのも貴族の教養の一つであるから、出来る貴族ほど美術的な文書を提出してくるそうだ。本人が苦手でも、高位の貴族なら、装飾的な文章、字の得意な文官を専門で雇うことができる。
俺はたまたま、羊皮紙もペンもインクも好きなだけ使って良いと言われて、大胆にアイデアを縦横無尽に書き込み、丸で囲んだり矢印で結んだり、ちょっとしたイラストを書き込んでみたりしたが、そういうの無かったんだって。
そういえば俺も、ノート術や思考整理術をかじる前は、良くて板書の丸写し、もしくは箇条書きだった気がする。そもそも識字率が低く、紙やペンを手にすることができる人間の絶対数が少ないのだ。言われてみるまで気づかないのも、分からないでもない。
彼らが毎日格闘している山のような文書とは、カリグラフィーのような美しい文字で、飾り枠に彩られ、時候の挨拶、王族への忠誠やうんざりするほどの美辞麗句に満ちた、額に入れて飾っておきたいような逸品である。それでいて、中身は「回答もうちょっと待って」だけだったりする。そしてこちらからもまた、同じように美しい文字で、まるで詩のような盛り盛りの文章で「なる早で」と答えなければならない。それってもう、時候の挨拶とかテンプレにしちゃって、木版にでもして、最初から印刷しちゃったらいいんじゃないだろうか。
ということを話すと、早速執事を呼んで、木版技師を確保するように命じていた。長期間王都を空けていて、書類仕事に忙殺されているアレクシス様、補佐官のベルント様、ちょっと目が血走っている。お疲れ様である。
夕飯後、お楽しみのお風呂タイムとなった。アレクシス様もベルント様もお風呂に入るというので、お湯を用意してあげた。最近お風呂のお湯を用意するのは俺の役割だ。もとから魔力量が多いのかそれとも伸びてるのか、風呂のお湯を満たしたくらいでは、魔力が尽きる感じがしない。使用人にもお風呂を勧めたら、ものすごく喜ばれた。なお以前にも触れたが、ベルント様は、俺の魔力量は尋常じゃなく多いから、なるべく隠すようにと注意したのだが、その時点で
排水も問題ない。水魔法のレベルが上がって、水を生み出すだけでなく、水を取り除くスキル「ウォータードレイン」を覚えた。これが、いろんなものを乾かすのに超便利なのだが、うっかり生花に掛けたところ、一瞬でえげつないほどカラッカラになってしまった。きっと生物に使ったらものすごくヤバい。とりあえず、当面は風呂の水を抜く時だけに使おう。
なお、インベントリでも水を収納することはできるが、インベントリとウィンドウの機能は、他の人には備わっていないようだから、人前では使わない。アレクシス様とベルント様にも言っていない。いつか打ち明ける時が来るかもしれないが。
最初は何だかんだブツブツ言っていたベルント様も、風呂の魔力には勝てない。風呂の健康効果についても、あれだけ面白くなさそうにしていたのに、レポートを見てからは明らかに長風呂をするようになった。それ見たことか。ぬるま湯に半身浴は、疲労回復に最強なのだ。
とはいえ、彼らの気持ちもわかる。
もう就寝時間だというのに、アレクシス様とベルント様は、執務室で話し合っていた。部屋着になってまで仕事に取り組む、その意気は良いが、ちゃんと休まないと作業効率が落ちてしまう。そう説得して、まずアレクシス様からリフレッシュしてもらうことにした。
ソファに深く掛け、頭は後ろに預けてもらう。目の上に蒸しタオルを乗せ、頭頂部のツボを押しながら、リフレッシュを掛けつつ、リンパを流して行く。すると、アレクシス様が痙攣を始めた。
「あがっ…あがががっ…!」
「アレクシス様!」
ベルント様が咄嗟に割って入って止めようとするが、
「やめろベルント!止めてはならん!これは、この世の天国だ!」
気を取り直して再開。アレクシス様はだらしなく口元を半開きにして、漏らしてはいけない声を漏らし、体をしならせてビクンビクンしている。
「エヘッ、エヘヘ…これ、これはらめらぁぁ…あっが…!」
端正な顔立ちの、美形の〇〇顔、破壊力が半端ない。ベルント様は、お通夜のようないたたまれない表情をしている。きっと俺も同じ表情をしているのだろう。これは見てはいけないものだ。
やがて首回りまでほぐし終わった頃、アレクシス様は気絶していた。蒸しタオルを取ったところ、幸せそうに白目を剥いている。手でそっとまぶたを閉じ、合掌した。なお、このしめやかな空気感とは対照的に、彼の肌はツヤッツヤである。
ベルント様はそっとアレクシス様を抱き上げ、執務室の隣の寝室に運んだ。彼の背中が、「このことは口外してはならない」と告げている。俺は敬礼して彼らを見送った。
なお、その後ベルント様に、同じ施術を頼まれた。ベルント様の寝室でひっそりと施術した後、俺は自室に戻った。俺はこのリフレッシュとマッサージを組み合わせたものを「
余談ではあるが、ベルント様の方が、いろいろ凄かった。
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