第8話 見習い生活

 王都に到着した。2人の貴族に挟まれて、貴族街の一角、タウンハウスに降り立つ。気分はグレイタイプのエイリアンだ。


 俺の処遇は、アレクシス様の家の書生というか居候というか、アレクシス様が地方で見出してきた魔術師の見習い、ということになるらしい。だが、馬車でのやりとりで、このままでは俺の身柄の保証が難しいため、ほどなく養子にする手続きを取るそうだ。未婚の伯爵様の養子って、婚活の邪魔にならないのだろうか、と心配になるのだが、政略結婚は決まっているので、心配ないそうだ。


 職場を長いこと空けていたことや、諸々の手続きがあるため、アレクシス様とベルント様はしばらくやしきを空け、俺はその間お留守番。執事さんやメイドさんに、身なりを整え、マナーの初歩を学び、後は研究室で好きなように勉強して良いらしい。俺はスキルが生える世界でスキルを生やすことには興味があるが、元々勉強はあまり好きじゃない。だが、この世界での魔術やスキルってどんなもんなのか、ちょっと調べてみたい気もする。




 執事さんやメイドさんにどういう説明をしたのか分からないが、寒村の一平民の子供に、彼らはちゃんと礼儀正しく遇してくれた。早速仕立て屋が呼ばれ、貴族の子弟にふさわしい服を仕立てられ、仕立て上がるまでは上等な古着が用意された。食べ物も使用人と同じものではなく、主人の家族に準じたものが供された。テーブルマナーには疎い俺だが、カトラリーの端から使うくらいのことは分かる。執事さんは眉一つ動かさずに淡々と対応していたが、メイドさんが時々息を飲むのが分かった。


 アレクシス様とベルント様によれば、彼らは信頼のおける使用人だということで、それならば遠慮なく、好きなように過ごさせてもらった。まず最初に我儘を言ったのは風呂だ。さすが貴族の邸宅、風呂がしつらえられている。メイドさんが湯を沸かして運んで来ようとしたが、それを制して、自分でウォーターとファイアを使って湯を満たした。これでいつでも入れる。体や衣服はクリーンでいつも清潔だったが、お湯に浸かるという行為はまた別格だ。これでキンキンに冷やした炭酸水でもあればなぁ。何とかして、生活魔法を工夫して作れないものだろうか。


 色々考えていたら、時間が経っていたようだ。メイドさんが服を着せようとしてきたが、自分で着る。メイドさんには、なるべく身支度はメイドにさせること、またメイドにさん付けは必要ないことを注意された。メイドさんだって一応下級貴族の子弟なので、平民の俺が世話を焼かれるのは恐れ多いんだが、近々伯爵家の養子になるのだから、どこに出しても恥ずかしくないようにとのこと。養子の話は、身柄の保障の手段に過ぎないのだが、貴族はメンツが大事なのだろう。


 早速マナーの講師が雇われて、午前中は貴族のマナー教育、午後は研究室で好きにさせてもらった。夜になると時々アレクシス様とベルント様が帰ってきて、簡単に日中の出来事を報告した。ベルント様からは


・平民がいきなり風呂に入らない

・平民がいきなり膨大な魔力を見せつけない

・平民の幼児が変な気を回さない


など小言を頂いたが、気を回せば良いのか回さないのが良いのかよく分からない。また、風呂の温熱や水圧による疲労回復効果などを説明したところ、ベルント様はまなじりを吊り上げ、アレクシス様は目を輝かせた。


「風呂に入ったことのない平民が風呂の良さを説くな!」


「水圧が体に与える影響とは興味深いね!」


ということで、なぜか風呂の健康効果について、羊皮紙やペンやインクを好きなだけ使って良いから、レポートにまとめるよう、課題が課された。なお、この世界の文字の読み書きができないことを告げると、顎が外れんばかりに驚かれた。知らないものは仕方ない。基礎学習の家庭教師も手配されることになった。


「訳のわからない知識は不気味なほど豊富なのに、解せぬ」


 ベルント様がぼやいた。




 邸に緊張が走ったのは、しばらく後のことだった。アレクシス様の婚約者が、アレクシス様が不在にもかかわらず、先触れもなく訪ねてきたのだ。


わたくしは婚約者なのだから、家族も同然。良いではありませんか」


 たっぷりの黒髪に、赤い瞳が勝気な印象を与える美女だった。ディートリント様と言うらしい。うやうやしく挨拶すると、値踏みするような視線で、上から下まで見られた。


 その後は、彼女との雑談に付き合わされた。探るような質問をいくつか浴びせられ、俺は「いかにも貴族教育が始まったばかりの平民の幼児です」といった風で答えていった。割と上手く猫を被れていたのではないかと思うのだが、話の途中で彼女はいきなり吹き出した。


「ごめんなさいね、アレクが面白い子を拾ったというものだから」


 どうも執事(さん付けは辞めた)が彼女をすんなり客間に通して俺を彼女と対面させたなと思ったら、アレクシス様承知の上の対面だったらしい。その後は、身分差を気にせず、好奇心丸出しで話しかけてきた。アレだ、この人もアレクシス様側の人間だ。辺境から拾ってきた珍獣が面白いらしい。アレクシス様とどこまで話がついているか分からないので、当たり障りなく最初の面接を終えた。帰り際、


「私はあなたのお義母かあ様になるのよ?よろしくね」


と言って去っていった。どこまでが本気か分からない。前世の俺がどのくらい生きたのかは分からないが、まだほんの年若い未婚の女の子に、お義母様と言われてもピンと来ない。愛想笑いでスルーした。




 後で分かったことだが、平民なのに豊富な魔力を有し、中途半端に教養のある幼児を、伯爵自ら引き取ってきたのは、若気の至りで生まれた隠し子だからなのではないか、というまことしやかな憶測があったそうだ。アレクシス様は10代後半、俺は4歳だから、ギリありえない話ではない。屋敷の中の微妙な空気感とは、そういうことだった。


 なお、ディートリント様は「あの魔法馬鹿に限って隠し子はない」と言い切った。二人の間にどのような会話があったのか分からないが、政略結婚とはいえ、気心の知れた相手らしい。お似合いの似たものカップルなようだ。

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