第7話 錬金術

「錬金術が生えました」


 おもむろに発した言葉に、アレクシスさんとベルントさんが叫んだ。


「「錬金術だって?!」」


 馬車の中から大声が響いたので、御者がギョッとして中を心配している。


「あ〜そうか〜、クラウス君は錬金術に興味があるのか〜アハハ〜」


 アレクシスさんが大声で取り繕った。




「どうしたんだい、釘を作るんじゃなかったのかい!」


 ヒソヒソと、しかしすごい形相で詰め寄ってくる。


「さっき、馬の轡が気になって、土を粘土状にしてくつわの形にして変質させてみたら、鉄になりました。そしたら頭の中で、錬金術っていう言葉が」


「良かったじゃないか!そしたら、土を釘の形にしてから鉄にしたら」


「このやり方だと、鉄を好きな量、好きな形で鋳造ちゅうぞう出来てしまいます。そしたら武器転用も容易ですし、錬金術ということなら、何ならスキルを上げれば、鉄じゃない金属も作れてしまう」


きんか…」


 ベルントさんが深刻な顔で考え込んだ。


「失敗です。釘計画、お蔵入りです」


 俺は肩を落とした。誰でも好きなだけ金が作れるようになれば、金の価値が暴落する。みんなで食いっぱぐれのない豊かな生活どころか、政治的大混乱や大恐慌、それこそ戦争だって起こる可能性もある。


「うーん、そうだねぇ。錬金術を経由しない形で、少量の鉄が安全に手に入る、生活魔法のようなものが出来ればいいねぇ」


「また一からじっくり研究してみます」




「それより、錬金術のことをうかつに他人に口外するんじゃない。お前が金を産み出せるとなれば、誘拐されたり、命を狙われる可能性もある。我らが悪用しないとも限らない」


「俺はこの世界の常識に疎いです。誰かに判断を仰いだ方がいいかと思いました。アレクシス様とベルント様なら、信用できると思いました」


「うんまあ、僕らは悪用する意図も、悪用する必要性もないけどね?」


「アレクシス様もベルント様も、経済の混乱や政治バランスを崩すことを懸念されているので、錬金を悪用される可能性は低いと考えています。たまに政治的な駆け引きの場で、切り札にしていただくくらいで。とりあえず、金が作れるようになるまで、スキルを上げてみようかなって」


「君、割と黒いとこあるよね」


「結局作るんじゃないか」


 俺とアレクシス様がニヤリとしているところで、ベルント様がこめかみを押さえていた。




 その後、馬車は一転して錬金大会になった。アレクシス様とベルント様は、まず錬金術が生えるまでに時間がかかったが、休み休み、夢中になって土魔法を使いまくった。錬金術を覚えてからは、粘土にして好きな形にして、鉄にすることを繰り返した。さすが貴族、自分の家の家紋とか、装飾品とか、センス良いものを作る。鉄が増えても仕方がないので、すぐに粘土に戻して、また鉄に変えることを繰り返しているが、これを銀でやったら、いいアクセサリーになりそうだ。


 土を鉄に変えるのは、とても魔力を消費した。土壌の性質を変換をする土魔法ではなく、純粋な物質に変える錬金術スキルでは、どうも仕組みが根本的に違うようだ。また、同じ魔力でも、重いものや複雑な物質に変えようとすると、魔力の消費が半端ない。一方で、重い物質から軽い物質に変換する時には、ほとんど魔力を消費しなかった。この分だと、金が出来るまでには相当な修行が必要そうだ。


 鉄から銅までは割と簡単に行ったが、銅から銀までの道のりが長い。出来る気がしない。昔(いつだ?)周期表を覚えた気がするが、カルシウムから先のことはちっとも覚えていない。記憶すらあやふやな別の世界の俺、もっと勉強しておけばよかった。


 あ、ケイ素よりもアルミの方が軽いんだったかな。じゃあ、魔力切れですぐにバテてしまうアレクシス様とベルント様には、土を鉄に変換するよりも、アルミに転換する方が、良いレベル上げになるかもしれない。こちらでは軽銀と呼ばれ、ほとんど出回らない金属らしいが、還元するの大変だもんな。いきなり錬金術でアルミに変換できるとか、資源の少ない国なら泣いて喜ぶお手軽さだ。


 そういえば、俺の魔力量とかどうなってるんだろう。相変わらず視界の右下には「ステータス▼」と出ているのだが、詳細な表示が出てくる様子がない。自慢じゃないが、今の状況から言って、アレクシス様より魔力量が豊富なようなのだが。仕方がない、気長に待つしかない。




 一方、アレクシス様とベルント様は、俺が希少な軽銀を知っていること、そしてそれが簡単に手に入ることに驚いていた。もし軽銀で武器や金属製品が作れたなら、軽くて取り回しが効き、それこそ軍事力の大革命になるだろう。そもそもが、錬金術自体が伝説上のスキルであって、今この世界で流布るふしている錬金術とは、錬金術を目指した金属の精錬術、すなわち鍛冶の学術研究といったものに過ぎない。体内の魔力を水に変換したものが水魔法、土に変換したものが土魔法、その単純な仕組みの延長上に、まさか伝説の錬金術が発現するなど、こんなの世間に発表したら、それこそ鉄の増産程度の騒ぎではない。お前本当に分かってんのか、と呆れられた。


 ともかく、こうして馬車の旅は、順調に進んでいった。通常ならば、辺境の寒村から領都まで1週間、領都から王都まで更に2週間。リフレッシュを掛け続けた馬たちが、みなすこぶる調子が良く、全行程を2週間ほどで駆け抜けた。

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