第2章 王都編

第6話 連行

 馬の蹄音つまおとと、けたたましい車輪の音とは対照的に、馬車の中は静寂に包まれていた。


 今、宮廷魔術師のお兄ちゃんことアレクシスさんと、お付きの従者ベルントさん、そして4歳の幼児の俺、3人が乗っている。3人でそれぞれ、黙って手の中の土と睨めっこしている。


 この状況になるまで、少し遡ろう。




 3歳のある日、自分が異なる世界に住んでいた記憶をおぼろげに思い出した俺は、特定の行動を繰り返すことにより、スキルが得られることに気が付いた。試行錯誤して、いくつかスキルを得ることに成功し、周囲の大人にもそれが伝わり、半年ほどで辺境の寒村は豊かになった。ところが、スキルの話が王都まで伝わり、宮廷魔術師が調査にやって来た。その魔術師の目に留まり、俺は王都行きの馬車に乗っている。


 最初、馬車に乗るのを躊躇ちゅうちょしていたが、アレクシスさんは強く乗車を勧めた。侯爵家の三男にして、自身も若くして伯爵位を賜るほどの若手のホープらしいお貴族様に、末端の平民が断る術はない。お付きのベルントさんは一瞬嫌そうな顔をしたが、高位の貴族の決定を翻すことはできない。俺は、念入りにクリーンをかけ、馬車の隅っこに、ちんまりと収まった。


 ところが、アレクシスさんは俺を放っておかなかった。次々と浴びせかけられる質問に、最初は「僕幼児だから分かんない」で誤魔化していたが、彼が欲した情報をうっかり漏らそうもんなら、嬉々としてほじくり返される。もう俺は面倒臭くなって、無知な幼児のふりをやめ、普通に話をすることにした。どうせ王都に連れて行かれれば、もう一生帰郷など叶わないかも知れない。ずっと猫を被り続けるのは無理がある。


 俺は、あのまま村で暮らし続けていた場合、次は農具を作りたかった。土魔法や植物魔法で、農業は一定の成果を挙げたが、収穫や加工に便利な農具や工具はまだまだだ。建物も脆弱ぜいじゃくだし、狩猟しゅりょう具も揃えたい。だが、辺境の寒村では、金属を採集することも、加工することもできない。これを何らかのスキルでどうにかしたかった。


 だが、万が一金属、とりわけ鉄を入手して加工ができるようになったとして、必ず軍事転用され、戦争の道具に使われる。権力の版図はんとも塗り変わるだろう。それは自分の望むところではない。ならば、金属が大量入手や加工できることを伏せたまま、釘の一本でも作れれば、と思っていた。俺は正直に打ち明けた。


 子供口調をやめ、一気に吐露した俺に、二人とも絶句していた。後で聞いたら、正しい敬語をスラスラ使う平民の子供がかなり不気味だったらしい。さっきまで「お兄ちゃん」とか「ベルントさん」とか言っていた小汚い4歳児が、アルブレヒト閣下とかバッハシュタイン閣下とか言い始めて、背筋を正して礼儀正しく振る舞っている。そして話の内容を聞いて、俺を見る目を変えた。それから、皆で釘を作る実験を始めた。


 なお、平民の幼児がアルブレヒト閣下とかバッハシュタイン閣下などと呼称を変えると、多分大騒ぎになるだろうから、これまで通りアレクシスさんとベルントさんと呼ぶように言われた。アレクシスさんは「お兄ちゃんでもアレクでもいいよ」って言ってたけど、ベルントさんに睨まれて却下された。




 土魔法の最初のスキルは、生活魔法ソイル。手から一握りの土がパラパラと出てくるスキルである。次に習得するスキルは、土魔法レベル1の土壌改良。土の性質を変えることが出来る。この、土壌改良を繰り返して土魔法を伸ばし、鉄分を多く含んだ土を生成できれば、そのうちどうにかして、釘にならないだろうか。この仮説をもとに、三人三様、手の中に一掴みの土を出現させて、様々に変質させてみた。


 やがて、魔力量の少ないベルントさんが、魔力切れでダウンした。アレクシスさんが横になるように勧めて、彼は遠慮しながら休むことになった。彼も村に滞在していたので、特定の挙動を反復することでスキルが獲得できること、魔力を使い切ることで魔力量が増えることを知ってはいたが、いざ皆で根を詰めて実験に集中すると、驚くべきスピードで魔力量とスキルレベルが上がっていくことに、静かに興奮していた。


 夜になると、一行で野営することになる。クリーンのスキルは、皆に大好評であった。いつものごとく、荷役や御者のような魔術の知識のない者たちから、簡単にマスターして行った。ファイアやライトは魔力が少なくても使えるから、火をおこしたり、火を絶やさないようにすることも容易になり、また火を使わなくとも光源に事欠かなかった。さらに石投げで狩猟スキルが上がることを知ると、皆休憩時間に石投げをするようになり、時々ウサギなどを仕留めて、夕飯にしたり、街に着いたら毛皮を小遣いにしたりして、感謝された。


 道中は、魔物や盗賊などが頻繁に出没し、必ずしも安全なものではないということだったが、一人で戦略級の戦力に匹敵するアルブレヒト卿を警戒してか、それとも荷役人をはじめ全員がやすやすと魔術を使う集団の異様さからか、特に襲撃に遭うこともなく、つつがなく進行していった。




 一方、釘作りは難航していた。三人とも土壌改良を繰り返し、土壌改良のレベルも上がり、精度も上がり、鉄を多く含む土や石を作り出すことにも成功していた。だが、それから鉄だけを取り出し、釘にするという方法がどうしても思い浮かばない。アレクシスさんは、鉄を含む土や岩が採取できるだけでも上出来だ、後は鍛冶屋に頼もうと言うのだが、それだと鉄の産出量が増えるだけで、懸念した軍事転用は避けられないだろう。


 鉄に近づけるということならば、砂鉄はどうだろう。イメージすると、土壌改良の一覧に砂鉄も加わった。だがサラサラの鉄の砂が採れても、釘にはならない。出来上がる形は釘である必要はないのだが、もっとこう、出来上がった状態で既に使用に耐え、加工が必要なく、軍事転用されにくそうなものを作りたいのだ、俺は。


 馬車の中はすっかり行き詰まってしまった。根を詰め過ぎてはいけない。休憩時間、外に出て体を伸ばし、新鮮な空気を吸ってリフレッシュすることにした。




 馬は綺麗好きな生き物だ。時々クリーンをかけてやると、すぐに仲良くなった。これだけの人や荷物を運んで、さぞ過酷だろう、筋肉の中の疲労物質でも取れたら楽なんじゃないかな、なんて思ってクリーンを掛けていたら、老廃物を取り除く「リフレッシュLv 1(1/2000)」が生えてきた。クリーンLv3から分岐したらしい。早速自分にもリフレッシュをかけてみると、魔力は消費するようだが、頭のもやもやがすっきりした。


 馬たちに一通りリフレッシュを掛けると、馬もベロベロと舐めて親愛の情を示してくれた。親愛は有難いが、そろそろ出発だ。自分にもクリーンを掛けて、馬車に乗り込まなければ。


 そのとき、馬のくつわが目に入った。轡なんてどこにでもあって、馬に轡を噛ませる場面など見飽きるほど見ている。貴族の馬の轡は金属だが、農村の馬の轡は、綱や革紐であることが多い。ならば、轡の形をしたものを変質させれば、違う物質でできた轡が出来るのではないか。


 馬車に乗り込んで、早速試してみた。まずソイルで土を出し、粘土状にして形を整え、それから馬の轡をイメージしてみたら、鉄の轡になった。同時に小さいウィンドウがポップアップして、


「錬金術のスキルを習得しました」


という音声とともに、「錬金術Lv1(1/2000)」という表示が加わったのだった。




✳︎✳︎✳︎


2024.10.09 リフレッシュの必要試行回数を訂正しました

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