第3話 石投げ

 そもそもこんな辺境に、スキルや魔法なんて教えてもらえるような教育機関は無いらしい。子供たちは見よう見まねで、大人のやっていることを、何となく習得している。


 識字率はほとんどゼロ。村長が、時折来る役人と、板を見ながら何やら話し合いをしているが、村人にはそれが何なのかは分からない。俺は生まれた時から、水色の板と白い字が見えていたが、どうやらこれはこの世界の文字ではないらしい。もちろん、スキルの知識も。誰に聞いても、この子は何を言っているんだ、という反応である。


 だが、俺が次々にスキルを習得しているとなると、話は違う。俺が「なんとなく」やってみたら「出来るようになった」というと、みんな俺の真似をしたり、好き好きにいろんなことを試しだした。人によって使えたり使えなかったりした生活魔法も、「練習すれば使える」と理解してからは、皆貪欲に練習し、そして全員マスターして行った。


 俺と村人とのわずかな違いは、ステータス画面が見えることと、ステータス画面の文字が読めること。そしてインベントリが使えること。ものを見えない場所にしまうスキルのことをそれとなく聞いてみたが、この辺境では誰も聞いたことがないらしい。黙っていた方が良さそうだ。




 俺は今、小石を拾っては、的に向かって投げている。投擲とうてき術が生えないかなーと思って繰り返しているが、やはり生えてきた。大人と違って筋力がないので、レベルが上がっても威力はそれなりだが、精度は確実に上がっている。


「坊主、今度は石投げか」


 隣のおっさんが話しかけてきた。人懐こい笑顔で、俺の頭をぐしゃぐしゃ撫でようとして、凍りつく。そりゃそうだ、3歳児が投げる小石が、数メートル先の木の的の真ん中に、ことごとく命中しているのだ。


「これ、マジか。俺もこれを繰り返してたら、できるようになるのか。」


 おっさんはゴクリと生唾を飲みながら、低い声で唸った。俺は黙って頷いた。それから、俺とおっさんと二人で、暇があれば的に小石を投げるようになった。


 おっさんを鑑定してみると、元々投擲術を持っているようだった。村の男はみんな狩りをするので、弓を射たり、時には槍を投げたりすることもあるだろう。だが、実戦以外で石を投げる練習など、考えたこともなかったらしい。子供の頃に多少投げて遊んだ程度だ。


 しばらく投げるうちに、グンと命中率が上がって、多少離れても簡単に的の中心に当てられるようになる。試しに槍やナイフを投げてみるが、やはり同じように的の中心を捉えて落ちる。弓は投擲術には入らないが、多少命中補正が付くのか、かなり精度が上がったようだ。石を的に向かって投げているだけで、槍やナイフ、弓の腕まで上がるなんて。おっさんは大興奮で、村の男たちに触れて回った。


 そのうち、どこの家でも木の的を使って、石を投げる遊びが流行った。狩りの成果も上々で、村の食糧事情が向上しただけでなく、狩りでの怪我も減った。そして怪我をしても、生活魔法のクリーンで、化膿したり悪化することがなくなった。獲物の汚れも、返り血も、全部綺麗にして持ち帰られるようになった。


 村の大人たちからは、時々礼を言われるようになった。だが俺は3歳児だ。何も分かってない風を装って、ヘラヘラ笑っておいた。大人たちも、変な子供が変なことを思いついて、たまたまそれがうまく行ったと思っているようだ。めでたし。




 そう思っている時期が、俺にもありました。


 秋になって、村に徴税官が来るまでは。




 年に一度、領都から徴税のために、各村に徴税官が派遣される。


 徴税官は、収穫量を見て、税率を決め、年貢を徴収する。領全体の今年の収穫量は、例年に比べてぼちぼちといったところで、この村も例外ではないはずなのだが、他の村とは違和感があった。


 村人の顔色や体格が良い。

 村人の衣服や建物が清潔である。


 どこの村とも同じ、掘建小屋ほったてごやがまばらに建っているだけの寒村なのに、他の村と違ってみんなイキイキとしている。村長は


「今年は狩りが上手く行きましてなぁ」


 と説明するが、それだけなのだろうか。


 この辺りの気候はどこも同じだろうから、麦の収穫量は周辺と変わりないだろうし、隠れて畑を拡張できるような土地もなければ、収穫物を隠して置けるような建物も見当たらない。


 今日の徴税はこの村で終わりだし、年貢の麦も荷車に詰み終わったことだし、彼は予定通り村長宅に一泊して、様子を見ることにした。




 村長宅に泊まってまず驚いたことは、皆当たり前のように、多種多様な生活魔法を使うことだ。彼は魔法に特別詳しいわけではないが、領都の魔術師でも、こんなに多くの種類の魔法を使うことはできないと認識している。


「村の子供が、遊んでいて偶然できたのを、みんなで真似したんでごぜぇやす」


 ここの村長は実直な人物だ。嘘や誤魔化しを言うタイプではない。何か後ろめたい雰囲気や、隠しごとをしている雰囲気もない。


「さあさ、御一行の皆さんも、たんと召し上がってくだせぇ」


 新鮮な肉が豊富に供された。荷役にえきの者たちは、塩で味付けしただけのそれらに、喜んでかぶりついた。無理をして、僅かな干し肉を出してきた他の村とは違う。狩猟がうまく行っているのは、説明通りで間違いなさそうだ。




 驚いたことに、クリーンなる生活魔法があったことだ。それも村民全員が使えるという。


「シュッとして、ファッとして、サーっとするんでさぁ」


 村長の説明は要領を得なかったが、馬丁ばていなどは簡単にマスターしていた。徴税官も、ゆっくり何度も見せてもらううちに、使えるようになった。どうも、いろんな属性を同時に発動しているらしい。弱い火属性しか持たない彼は、他の属性の生活魔法を使えるようになるとは思わなかったが、思わぬ収穫となった。これで旅の間、体や衣服の汚れに悩まされずに済みそうである。


 久々に満腹になったせいか、その夜は皆早々に床に着いた。寝藁だけの粗末な寝床であったが、清潔な寝具の中でぐっすり眠ることができた。


「また来てくだせぇ」


 村人総出で見送ってもらったが、こんなに気持ちの良い徴税は初めてであった。特にクリーンのスキルは思わぬ収穫であった。領都に帰ったら、良い土産話になるだろう。




 と思っていた時期が、徴税官にもありました。


 領都でクリーンの魔法を披露したら、大騒ぎになりました。

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