第2話 めーん
というわけで、その辺で木の枝を拾ってきた。
これまでだって散々木の枝を振り回して遊んできたのだから、今頃剣術のスキルが生えていてもおかしくはないのだけど、元々才能がないと剣術スキルが生えないのか、それとも何か他の要素が足りないのか。
とりあえず他に何も思い浮かばなかったので、両手で木の枝を構えて、縦に振ってみた。
「めーん」
隣の剣道部がやってたのを、見よう見まねで素振りだ。剣道部が何かは思い出せないが、こうして「めーん」と叫びながら、前後に体重を移して、植物の棒を縦に振っていたはずだ。
「めーん、めーん、めーん、めーん」
前、後、前、後、前、後、前、後。
どういうのが正しいかは分からない。ただ無心に、前後にピョンピョン跳ねながら、ひたすら枝を振っている。よその畑のおじさんが、ギョッとしてこちらを見ていた。あそこん家の変わった子が、また変なことを始めたと思われているだろう。
「めーん、めーん、めーん、めーん」
悲しいかな、3歳児の体力には限界がある。100回ほど繰り返したところで、力尽きて一旦休憩。ステータスウィンドウを見てみる。すると
「剣道(102/1000)」
あ、「めーん」で良かったのか。俺が欲しかったのは「剣”術”」のスキルであって「剣”道”」ではないのだが、まあいい。これで戦闘系スキルも生えてくることが分かった。
このあと、奇声を上げながら棒を振り回す奇妙な行為に驚いた両親からゲンコツを喰らい、止めるように叱られたのだが、家の裏でこっそり「めーん」を繰り返し、無事3日後に「剣道Lv1(3/20000)」を取得したのだった。
もちろん、剣術が行けるなら体術も行けるだろうと、見よう見まねで正拳突きをしていたところ、無事「空手Lv1」が生えた。空手じゃない、体術が欲しいんだと思って、柔道の受け身を繰り返していると、無事「柔道Lv1」が生えた。違う、空手でも柔道でもない、と思ったのだが、生えてしまったものは仕方ない。文化部だった俺が見よう見まねでスキル生やしたんだから、これで上々だと思う。
…カラテ、ジュードー、ブンカブ、とは。
剣道、空手、柔道と生やして、次に俺が欲しいなと思ったのは魔法だ。
この世界には、生活魔法というものがある。どうやって使えるようになるのかは分からないが、なんとなく口伝で伝わっているようだ。
一方、俗に言う魔法使いのような人も、この世界には「いるにはいる」らしい。ただこんな辺境の農村には、そんな人はいない。たまに冒険者が迷い込んできたりするくらい。遠くの大きな街には、回復魔法が使える神官などもいるようだ。彼らがどうやって魔法を習得しているのかは分からない。
とりあえず、生活魔法から始めよう。3歳の俺は、まだ生活魔法を教わったことはないが、大人たちが使っているのを見たことはある。これもなんとなく、見よう見まねで生えてくるんじゃないだろうか。
「ファイア」
薪に火をつける、着火の魔法だ。これは大体どの大人も使えるっぽい。もちろん、俺がファイアと唱えても、火が灯る兆しはない。どうやって習得するんだろう。
生まれる前の世界で、こういった異世界の物語でまことしやかに描かれていたのは、魔力操作だ。大体臍か心臓の辺りに、魔力を溜め込んでいる場所があり、そこから魔力を身体中に循環させるっていう。臍か、臍なのか。よく分からないけど、この辺に何かエネルギーがあるんだろうか。温かい感じとか、光とか言うけど、どんなもんなんだろう。手のひらまで持ってきたら、手のひらが光ったりするんだろうか。
などと想像していると、手のひらが光った。ファイアよりも先に、「ライト」を習得してしまったようだ。
何これ超アバウト。魔力って結局何だったんだろう。魔力操作の循環がうまくいって、3日目にはファイアーボールが出て、「普通3ヶ月かかるところをわずか3日で、坊っちゃまは天才ですか」とか家庭教師の魔術師に驚かれるんじゃないのか。
とにかく、魔力とはどういうものなのかが分からないまま、生活魔法のライトを覚えてしまった。もしかしてこの調子なら、魔力が手のひらで光に変換されるんだから、火にだって変換されるんじゃないの。
ええ、指先に火が灯るイメージをしたら、火が出てきましたよ。まるでチャッ○マン。これが着火の生活魔法「ファイア」、そのまんま。
じゃあ水は?「ウォーター」、じゃあ風は?「ウィンド」、できちゃいました。てへっ。土に関しては、手から一握りの土がパラパラッと出てきただけで、何の役にも立ちそうになかった。ステータス画面で見ると「ソイル」って書いてあった。
そういえば、光があるなら闇もあるんじゃないかと思ったんだけど、手のひらに小さく影ができた。「ダークネス」というらしい。こちらも使える場面が想像できないが、飛行機や新幹線の中で寝る時に目元を暗くしたら、眠りやすいかもしれない。
もうヒコウキやシンカンセンが何なのか、疑問に思うのを諦めよう。
大体、村の大人が使っているのを見るのは、ファイアとライト、たまにウォーターくらいのもので、多分ソイルやウィンド、ダークネスという生活魔法は、誰も知らないと思う。もっともここは辺境なので、他の街の事情までは分からないけど。
そういえば、異世界物語の中だと、生活魔法といえばクリーンなんかが有名だけど、クリーンって存在しないんだろうか。身の回りを洗浄するっていったら、水で汚れを落とし、風で汚れを吹き飛ばし、水を乾かして…風で乾かすだけだと寒いから、火も使うんだろうか。そして光で浄化っていうか除菌っていうか…
などと、手を眺めながら妄想していたら、その通りになった。眺めていた手のひらだけ綺麗だ。そしてステータスにはちゃっかり「クリーン」が生えていた。
今起こったことが飲み込めず、試しにもう一度足にクリーンを掛けて観察してみると、想像していた通りのことが起こっていた。水と光の細かい粒が足を覆った後、温かい風がヒュッと足を撫でて、後にはツヤピカの足が現れた。いつも泥まみれの農村育ちの俺の足が、こんなに綺麗だったことはない。手足の異様な綺麗さが不気味なほどだ。バレないように、土で適当に汚しておいた。
それにしても、風呂に入る習慣のない俺ん家なので、皮膚にこびりついた汚れとか垢とか、相当だったと思うんだが、あの汚れはどこに行ったのだろう。深く考えてはいけないような気がする。
クリーンが使えるようになった俺は、早速敷き藁にクリーンを掛けてみた。この世界に来て、虫刺され、擦り傷、かぶれなんて慣れっこな俺でも、記憶の曖昧な前世の俺が、衛生的な生活がどんなに快適かを告げている。野生的な農村生活で、多少免疫がついて、丈夫に育ったという自負はあっても、清潔で心地よく暮らせる手段があるのに、それを最初から放棄する手はない。
とはいえ、自分だけ異様に綺麗でも、他の村人が今まで通りだと、浮くしな。だからこっそり敷き藁だけでも…
と思っていたら、あっさりと母親にバレてしまった。汚し直したと思っていた草履が、微妙に綺麗だったっぽい。
両親に、生活魔法の真似をしていたら偶然できてしまったこと、いくつかまとめて使ってみたら体が綺麗になったことを白状すると、てっきり叱られるかと思ったら、ことのほか喜ばれた。そしてほんの短期間で、あれよあれよと村全体に広まっていった。
村の大人たちに、光で除菌、火と風で乾燥など、細かく説明する必要などなかった。目の前で披露してみると、彼らは感覚で真似して、すぐにマスターした。この世界は識字率も低く、教育の機会などほぼ無いに等しいが、人としてのスペックは元いた世界のそれと変わらない。みんな地頭はいいのだ。むしろ、自然と共に逞しく暮らす彼らの方が、文明社会を生きていた以前の俺たちよりも、感覚的に優れているかもしれない。
ともあれ、何の変哲もない辺境の農村が、住民も家屋も世界随一を誇る清潔な村に変貌を遂げたと思われる。それはとても喜ばしいことなのだが、どっかの貴族とか何かにバレたら、ややこしい話になるかもしれないなと、一抹の不安を覚えたのだった。
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