第一章(十九)

 


 なにやら上機嫌で前を行くサガミの後を追いながら、アリアは先程言われた「ソラ」という言葉にただただ、考えを巡らせていた。

 

(ソラって、空のことかしら。まさかでも、それじゃ)


 自分の導き出した答えに、アリアはぶんぶんと顔を横に振る。


(ん? そういえば、サガミって)


「そういえば、サガミって……何者なのよ」

 ぽつりとひとりごととして呟いた言葉は、しっかりばっちり彼に届いていた。

 サガミがピタッと足を止め「え?」っと振り返る。

「あれ? 言ってなかったっけ」

「言ってない!」

「そうだったかなぁ」

 小首を傾げるサガミにアリアはむっと頬を膨らます。

 まさかすっとぼけるつもりじゃないでしょうね? とばかりに睨めば「ごめんごめん」とサガミが謝ってきた。

「えーっと、怪しい者じゃないよ?」

「それ、怪しいっていてるようなものじゃないの」

「ええ、心外だよ。恰好で分からない、よね。今は仕事着じゃないしなぁ」

 「まぁ、あれはある意味私服みたいなものだけどと」とぶつぶつ呟くサガミに、ふっと更にアリアは頬が膨らむ。

「サガミ」

「ごめんって。でもほら、この星へは休暇できたようなものだったから」

「星へって、休暇? サガミってその、やっぱりどこか別の星の人なの?」

「そうだね、僕はB011――っていう惑星の出だけど、ワカサはまた違うし」

「B011――ブルーソピアー!? あの、清き緑と青に恵まれたといわれたところ!? 別名、碧の惑星っ。すごいっ、いつかいけたらなって思ってた惑星だわっ! よいところって有名で」

「そうなんだ? でも、僕は少ししかいなかったからね、残念ながらあまり惑星の良さは分からないかな」

 困ったように笑うサガミに、アリアははっと慌てて謝る。

「あっ、ごめんなさい、興奮しちゃって。どうしても、外の世界に憧れちゃうのよね。ほら、宇宙って広いから、どんな感じなんだろうって夢見ちゃうの」

 そう言って顔を俯かせ、足元にあった小石をはしたないと思いながらも蹴る。

 執事のトヅカや侍女が周りにいたら咎めるだろうだが、サガミは何も言わない。

 アリアの言葉に、うんと頷いてくれた。

「分からないでもないよ、僕もそうだったしね。まあ、今は外に出過ぎちゃってるから、こうやってたまにはね一つのところに留まりたくなるんだけど」

「そうなんだ」

 止まっていた足を再び動かし、歩き出した彼の後をアリアは慌てて追いかける。

「ただあれなんだよね。なんていうか、今回の休暇は余計なものがついてるから」

 「ワカサはそれに気付いて、怒って追ってきたんだろうけど」と続ける言葉に、アリアはなにそれ? と困惑気な顔をする。

「休暇に余計なものなんてあるの?」

「まあね、ちょっと」

「ちょっと?」

「やっかい付きってこと、かな――」

 そう言いながらアリアを片手で引き寄せる。

 サガミがいた側へ――アリアを抱えながら前方へ大きく跳躍した。

 それはあきらかに。

 普通の人間の反応とは思えない動きだった。


 ―—どんっ!!!


 アリアたちが先ほどいた場所へ、大きな衝撃音と共に人影が降り立つ。人影が降り立った中心から周囲は大きく抉れていて、壁は派手に崩れ、木々がなぎ倒されている。人通りが少ない道だったのは幸いだった。人がいれば、衝撃波や壁や木々の巻き添えを食らっていただろう。

「なん、なんなの?!」

「……」

 アリアを片手で抱きしめたまま、サガミは何も言わなかった。

 ただ、じっとそれの人影の行動を待っているようだった。

 

 土煙の中、人影がゆっくりと立ち上がる。


「あらあ、こんなに動きがいいなんて聞いてないわよ。まったく、面倒なんだから。そのままでいてくれたら仕事終わりだったのに」

 その人影が、なんとも穏やかな声で物騒なことを言ってくるものだから、アリアはたまらず叫ぶ。

「い、いたら、ぺしゃんこかつぶれてるじゃない!」

「アリア」

「うふふ、そのつもりだったもの、お嬢さん」

 土煙が収まり、人影がやっと姿を現す。

 それは、灰褐色の軍服に身を包んでいる長身の女だ。

 細い赤みがかった紫の瞳、右顔に大きな傷。

 青いソバージュヘアを腰まで揺らした。


「さあ、今度は逃げないでちょうだいね」




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cosmic blue 文月 想(ふみづき そう) @aon8312a7

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