第一章(十八)


 先に戻ったワカサは、とある一室で正座を強いられていた。

 既に時間は三十分経過中である。

 もじっと足を動かすものの、立つことはできない。

 何故なら、目の前に眼光鋭く睨んでくる人物がそれを許さないからである。

「それで?」

「いや、だからだな」

「サガミをほったらかしにして、のこのこ帰ってきたと? 収穫せずに?」

「いや、なんだその言い方、収穫って」

 アイツはいもかカボチャかとぼやいたワカサへ、シェルーの冷たい目が突き刺さり、口を噤む。

 暫く瞳を細めて見てきたシェルーだったが、あきらめたように、ふっと小さく息を吐いた。

 さらっと淡い薄紫の長い髪が揺れる。

 彼の眉間には深いしわだ。

「やはり前から思っていたが、ワカサはサガミに甘すぎる。母親だったら最後まで面倒見てこい」

 「だねぇ、おかんだもんねー」と横にいたレイチェルが同意とばかりにうんうん頷く。

 「はあ?!」っと、ワカサはたまらずこめかみに怒りマークを浮かべて吠えた。

「ああ!? べつに甘くねーよ! って、だれがおかんだ母親だっ。しょうがねーだろ、アイツがやることは結局どうにもできねーんだし」

 お前たちだって身をもって体験してるだろ!? と言い募るワカサにシェルーとレイチェルはすっと顔を逸らす。

 当たりだからだ。

 ほら見ろと言わんばかりのワカサのジト目に、シェルーがわざとらしく咳ばらいをした。

「まぁ、そこは置いておこう。それよりも問題はまた拾ったというだ」

「お前のその言い方さあ、拾ったって、ものじゃねえぞ」

 人間だ、人間。ワカサが呆れた顔をするがシェルーは訂正するつもりはないらしい。

 顎に手を添え、わざとらしい困ったとばかりのポーズをとる。

 レイチェルはワカサの方へ身を乗り出し、目をキラキラさせて言葉を放つ。

「その子、アリアだっけ? クルーになるのかな?! 女の子なんて楽しみだなあ」

 などとうきうきのほんとしたレイチェルに、ワカサは呆れた表情をした。

「……お前、のんきだなあ」

「だが、レイチェルの言ったようになるのだろう? この調子なら、そのアリア嬢はこちらに来ることになる」

「だろうな、サガミは一度決めたら変えないだろーよ」

 疲れたように言うワカサを見てから、シェルーは何か考えるように黙り込む。

 そんな二人の様子に「いいじゃない」とレイチェルは笑顔だ。

「いいじゃん、いいじゃん。うち、女の子少ないしいると華やぐよ! どんな子かなあ、あっ、お嬢様? なら上品な大人しい子かな?」

 「だったら気を付けて声をかけなきゃだよね」と言うレイチェルに、ワカサが目を半眼にした。

「確かにお嬢様だが……そこは、夢見ない方がいいぞ」

「なんだ、気難しい女性なのか?」

「えっ、どうしよう」

 喋り方とか、挨拶とか、気を付けないとかなあと言うレイチェルにワカサは首を横に振った。

「いや、そうじゃない、そうじゃないけどな」

 あのぎゃんぎゃんと子犬のように騒ぐアリアを思い出す。

(まあ、レイチェルたちの想像するお嬢様像とかけ離れた現実を突きつけるのもいいな)

 にやりと悪い笑みを浮かべるワカサ。

 それにシェルーが何か言いたそうにしたが、諦めたようだった。

「レイチェル、そこは来れば分かるだろう。問題は今回の休暇について何も収穫がないことだ」

「えー、ただの休暇なんだよね? だよね?」

「……休暇でいいんだろ」

 そう言ってから、三人は沈黙する。

 否、絶対に違うと心の中で呟く声に蓋をする。

「とりあえず、各自防災グッズと保険は確認しておくように」

「え、まだそれ言う?!」

「防災グッズって、意味あんのか? ここで」

 ワカサの呟きに、シェルーがにやりと笑って踵を返す。

「戦艦に用意する防災グッズ、装備見直しだ」

「やー、もう、やめようよシェルー。悪い方に考えるの」

「……グッズって、言い方なんとかならねーの」

 「ってーか、なんだよ。やっぱ何かあると思ってんじゃねぇか」と呟くワカサに、レイチェルが「ねえ休暇って、こんなに心落ち着かないものなんだねえ」とか汗をだらだらかいて言う。


 三人は思う。


 ぽっとくれた休暇ほど、何があるか分からない。恐いものはない。


 ―—と。

 立ち上がってしびれた足で追おうとするワカサに、シェルーが振り返って「二時間だ」と言葉を放つ。

「あと、二時間は正座だワカサ」

「わははっ」

「なんでだよ!」


 など、憤るワカサだが渋々正座に戻る。

 シェルーは一瞥を。

 レイチェルは「またねえ、ワカサ」と手を振って自動ドアから出ていく。


 二人が出て行ったあと、部屋の窓から見える景色を暫く見つめること数分。

 ああと頭を抱えた。

 彼の頭の中に、何かが遅く警報を鳴らしたからだ。


「あー、毎回この“感”が告げるの遅すぎるって。やな予感しかしねえじゃん」


 はあと独り言ちる。


「今から戻っても、間に合わねえか」





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