第一章(十七)



 イチから借りた、少し大きめな男物のシャツにズボン。

 サガミが貸してくれたキャスケット。

 先程、靴屋から買ったスニーカーをはいて。

 準備万端とばかりに、アリアが腰に手を当てサガミ達を見る。


 アリアの姿をサガミはしげしげと見つめると、にこっと微笑んだ。


「似合う似合う。男装も似合うね」

「そんな似合うって言われても、まあ、いいけど」

「いやあ、かわいいですよ。似合ってますよ、アリアさん」

「……」


 「あっ、写真撮りたいかも」「それいいですねえ、サガミさん。うふふふ」なんて、おかしなこと言いだしたサガミとイチに、アリアは何言ってるのかしらこの二人と頭が痛くなった。

 

 しかし、なぜか。

 その二人の言葉を聞いて、ワカサが顔色を悪くしている。


「写真、いいですよねえ。ね、ワカサさん」

「俺に振るな、会話に入れるな」

 絞り出すような声で言うワカサに「ええっ、ワカサも話そうよ」とサガミが声を上げる。

 なんだかアリアは恥ずかしくなってきた。

 ただ恰好を変えただけで、何でこんなに騒がしくなるのか。

「写真なんて御免だからねって、サガミそんな悲しそうな顔しないで。調子狂うわね、まったく」

 はあっと、盛大にため息ついた。

 サガミとイチ、二人を混ぜると危険。

 心にメモをした。

「そんな怒らなくても、アリア、似合ってるから撮りたいなあって思っただけなのに」

 そう言いながらにこにこするサガミ。

 もうその笑顔に耐えることができなかったアリアは、顔を真っ赤にし地団太を踏んだ。

(あああ! あの顔にまたっ、また負けた気がする! 悔しい!)

「とらない、撮らないし似合ってる似合ってないの話は終わり! え、だから何で落ち込むのよサガミ。わ、悪かったわ似合うなら嬉しいって、イチは笑わないで! ちょっとワカサなんとかしてくれないかしらっ」

「……俺は壁、俺は壁。聞こえてない聞こえてない」

「聞こえてるでしょ! ワカサったら。ああ、もう。それより! この後って」

 どうするのと聞くアリアに、サガミがうーんと唸るも、すっと天井を指さした。

「まあ、とりあえず、上かな」

「うえ?」

「ああ、ですよねえ」

「……」

 アリア以外はそれだけで分かったようだった。

 イチはそうだろうなあっと呟き、ワカサは渋面の顔をしている。

「アリアは初めてかな。だったら、反応が楽しみだね」

「サガミさん、サガミさん。アリアさんが上の意味わからずに、ぽかんと間抜けにも口開けてますから説明説明」

「イチ、それわざと言ってるわよね」

「……俺は先に戻るぞ」

 ワカサがそう言って疲れたように席を立つと、店のドアへ向かい歩き出した。

 ——と、振り返る。

「サガミ、そいつ……アリアへ一度でも手を差し伸べたんだ」


 導くなら、覚悟決めろよ。


 そう、言葉を落とすと。


 一度——アリアを見てからサガミを見、背を向けひらひら手を振り出ていこうとする。

 そのワカサの背に、サガミが声をかけた。

「それって、いいってことかな? ワカサ」

 ぐっと渋面の顔でワカサが振り返る。

「……俺が止めてお前、止まるか? 止まらないだろ。ってか、同じ巻き込まれも悪くないし」

「え? まきこまれ?」

「ははは、ワカサさん、ナイスな回答! いえてるいえてるー」

「巻き込んだんじゃないんだけどね。って、ワカサってば聞きたこと、聞けてないんじゃない?」

「もういい、聞いたところでどうにもならないだろどうせ。じゃ、先行って待ってるぞ。あと、あー、アリアだったな」


「?」


「サガミ、よろしく」

 そう言うと諦めたように肩をすくめ、今度こそ店から出ていった。

 アリアはワカサからかけられた言葉に呆気にとられ、口をぽかんとさせてその背を見送る。

 その様子を見ていたサガミが「あっ、ほんとだ、間抜けな感じだ」と呟くのだから、キッとそちらを睨んだ。

「もう、出て言っちゃったじゃない、仲間なんでしょう? 一緒に行動とかしないの?」

「うーん、待ってるっていってたし大丈夫」

「だから、待ってるってどこでなのよ」

「上」

 簡潔な答えだ。

 サガミの人差し指は、ただ上を指す。

 そこに、あるのは。

(天井じゃない、え? 上って、上ってそら、ソラ?)

(空、そら、まさかでも)

 アリアがサガミを不安そうに見つめると、サガミはにっこりほほ笑んだ。


「行こうか、ソラに」






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