第一章(十六)
靴屋に来てかれこれ一時間は経過しただろうか。
アリアはほとほと疲れていた。
「今ってこういう靴が流行なのかな」「わ、なんかきぐるみみたいなのあるね」「アリアって、鮮やかな青系の似合いそうだね」「これも似合いそう」などとサガミが大はしゃぎなのだ。
最初は選んでくれるサガミに少しばかりドキドキしていたのだが、あれもこれも履いてほしいと持ってこられては履いて脱いでの繰り返し。
その様子に店員はこれは上客が来たと瞳を輝かせ、同じく進めてくるものだからたまったものではない。
げっそりとするアリアに、ようやっとサガミは気づいたのか顔を覗き込んできた。
すまなそうな顔だ。
ただ、
この近さにはまだ慣れてないアリアは、さっと体を後退させた。
(もう、近いのよね! こっちの心臓が保たないじゃないっ)
よくよくサガミを見れば、中性的な顔立ちをしていてきれいな顔をしている。
すっと通った鼻筋に、大きなあめ色した黄金の瞳に淡いハニーブラウン色したボブヘア。
きれいと可愛いの中間だ。
そんな人から顔を近づけられるなんて、アリアには今まで経験はない。
というよりも、普通の人はこんな距離の詰め方はしない。
(サガミって、ちょっと距離感おかしいのかしら)
ちらりとサガミを見ると、しゅんっとなっているからコホンっと咳をつく。
「えーっと、ほら、さっきいっぱい走ったから汗かいてるのよね、私。だから汗臭いと思うのよ」
「そんなことはないと思うけど」
「いいえ、あるの! っていうより、サガミ? まさか誰に対してもその距離感なの?」
「え? よくわからないけど、どうだろ」
「そう、いい? サガミ。こう、むやみやたらに人に近づきすぎちゃだめよっ。びっくりしちゃうわ」
「うーん、そういうもの?」
「そう」
「アリアも?」
「え?」
すかさず顔を覗き込んで、にっこり笑うサガミに、ずさっと音が鳴りそうなくらいまた下がる。
すると少しばかりサガミが頬を膨らました。
一体何歳だと言いたくなるアリアである。
「ちょっと傷つくんだけどなあ」
「わ、悪いなとは思うけど! 思うけど、これはサガミが悪いのよ?!」
「えぇ」
「えぇ、じゃないわよ! もう。ほかの人、特に女性にむやみやたらに近づくのは禁止!」
「わかった。なんだろ、アリアってワカサみたいなこと言うんだね」
「ワカサに言われてたのね」
「えーっと……それより、これどうかな?」
さっと話題を変えるサガミに、アリアはため息ついた。
これはわたしがちゃんとサガミを抑えなくちゃと、変な使命感にかられたのだ。
と、サガミが差し出してきたものに、疲れた表情をする。
「どうって、それパンプスじゃない。さすがにこの服には合わないわ」
腰に手を当て、自分の格好を見下ろしてからサガミをじとりと睨む。
サガミが選んで差し出してきたのは、とても可愛らしい小さな黒のリボンが中央に付いた鮮やかな青のパンプス。きらきらとスパンコールが靴のふちを彩っている。可愛らしい。
実はとてもアリア好みではある。
あるのだが、この服——男物のシャツとズボンというアリアの格好には全くもって似合わないのだ。
サガミは「そっかぁ」と残念そうに呟いたが、すぐにひらめいたという顔で
「なら、ドレスには合うよね。ドレスも買おうよ」
「それは」
「アリアなら、きっとどんなドレス似合うと思う」
「……」
似合うと言われて、嬉しくはない。
けれど。
(私のこれからの旅に、不要だもの。かわいいきれいなドレスは、靴は)
顔を俯かせるアリアに、サガミは「じゃあ」と言葉を続ける。
「お願いしてもいいかな」
「なにを」
「僕がアリアを連れていくのに、メリットあるといいなって。まあ、お願いだけど」
「メリット」
おうむ返しに呟くアリアに、サガミがにっこり笑う。
「アリアのドレス姿見たいって、お願いかな。取引って思ってもらうとよいのかな」
「それ、サガミにメリットあるの?」
「あるけど、か「いい、聞かないでおくわ」聞かないの?」
「ええ、でも」
ありがとうって、言っとくわ。
「どういたしまして」
サガミが笑顔で応える。
化粧箱へときれいに収められ、ラッピングされ手渡されたパンプスを抱きしめて照れくさそうにわらうアリアの姿とほほ笑むサガミの姿に。
なぜか店員さんがグーサイン出して、写メしていたのだった。
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