第一章(十五)
「ただですねえ、女性ものの靴ばかりは用意できないんでアリアさんと買いに行ってきてください」
「あー、そっか。そうだよね」
「……」
その理由に納得とばかりのサガミと比べ、イチにしてはまともなことを言ってやがるなと、まだ胡散臭げな眼で見るワカサ。
(なに、そんなにこのイチって子は、信用ならないのかしら)
アリアがサガミを不安げにみると、その視線に気づいたサガミがニコッと笑った。
そしてすっとアリアの耳元に顔を寄せてきた。
(イチのやること、気にしたら負けだからね)
(え)
くすぐったくなるような小声でささやいてくるものだから、アリアの頬が赤くなった。
それにサガミが目を丸くする。
(どうしたの、なんかあつい? 顔が)
(なんんでもないっ! なんでもないわよっ! あああもう! 天然ってやつでしょ貴方!)
(? 天然って魚とかそういう感じ?)
(あああああっもう!)
なんか、あれだな。何も食べてねえのにあめえなと思ったワカサだったが。
ふと。
そんな二人の様子に、うふふふふっと笑いながらイチが通信携帯で音無し連写しまくっていたのを見てしまい、そっと見えてないふりをした。
と。
連写し続けて満足したのか「ふううっ」と息をつき、イチはよい笑顔で二人に声をかけた。
「もう、サガミさんもアリアさんも、話をすすめていいですかね?」
「あっ、うん。なんだっけ」
「えええええ、ええ! えっと、なんだったかしら」
「……」
ワカサがふっと顔を両手で覆ったのに、サガミとアリアが不思議そうな顔をした。どんどんいうことやることシンクロする二人に、イチはさらに笑みが深くなっている。
「ほら靴ですよ、靴。実は最近なんですけど、この近くに新しい靴屋ができたんです」
「ちょうどここを出て右に曲がったところの、すぐ近くで」「ええ、細い子道をちょっと行った先なんですけどね」「だからといってほら、アリアさん一人で行かせるのは危ないでしょう? サガミさんも行ってきてくださいよ、一緒に」と口早にまくしたてるイチ。
ワカサは顔をあげて、目を皿にしている。
アリアを見れば、なぜかまた顔が真っ赤だ。初心だな、このアリアって子。 なんて、ワカサが思っているとも気づかずに、あわあわしている。
(いいいいいっしょに、くつや? 男性と?! いえ、相手はサガミだから別にその)
「うん? うん、それはもちろん、靴ないと困るし近いなら助かるけど」
イチが楽しそうに長々とそう言うものだから、サガミはやや困惑してるが、ワカサはだんまりを決め込むことにしたらしい。というより、明後日の方へ視線を逸らし、口笛を吹きだした。
「たのしんで買い物にいってらっしゃいませ。そうだ、ついでにサガミさんに選んでもらって買ってもらうといいですよ! えぇ、この人何気にお金持ってますから。サガミさん、ちゃんとアリアさんに合う靴選んでくださいね! ほら、プレゼントですよ、プレゼント! いやあ、アリアさんよかったですねぇ。サガミさんって、女性に贈り物することないから、レアですよー」
ひたすら喋り、嬉々とした表情。
これはもう、うきうきと何かを期待する目だ。
そう、とっても、面倒な。
(この子、な、なんだかわたしたちで楽しんでない?! なによっ、ただ靴選んでらうだけなら別にやましいことないし? 今まで男性に買ってもらうとか選んでもらうとかしてもらったことないけど! ないけど別に)
(お手紙とか、お花なら……ちょっとは、でも、丁重にお断りしたけれど)
(あれ? 待って、それじゃあこれって、特別なことなのかしら?)
そうやってどんどん思考をぐるり巡らせ、頬を朱に染めてしまっているところが、イチの思惑通りになってると気付かないアリアであった。
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