第一章(十三)



『夢見たことを言っていないで現実を見ろ』

『お前の行動でどれだけの人に迷惑がかかる』

『いつまでも子供のような考えでは困りますよ』

『すべてはお家のため一族のため』


 そんな言葉しか、言われたことがなかった。


 それでも、それでもアリアは――


「わた、わたし」


「諦めたくなかった、んだよね。あんなに必死に逃げてきてたんだ、その覚悟を笑うことも馬鹿にすることも、誰もできないよ」

 サガミがそっとアリアの顔を覗き込むように優しく言うものだから、思わず目がぼやけてくるのにぐっと、拳で拭う。

 こんな、あって間もないのにどうして、どうしてそんな言葉をかけてくれるのだろう。

 分からなかった、分からないけれど。

 それが嘘か本当かは分からなくとも今は、嬉しい。

 アリアはぐすりと、鼻をすする。

「あーあ、サガミさんが泣かしちゃった」

「べ、べつに、泣いてない! これは、ちょっと目にゴミがっ」

「いや、無理あるだろ、それ」

「え、そうなの? 泣かしちゃったかと思ったから、大丈夫? 痛いかな」

 サガミだけが真に受けて、心配そうになおも顔を覗き込んでアリアの頬に手を添えてくるものだから、意地っ張りな虚勢がすぐに崩れ、顔が真っ赤になる。

 あわあわと慌て言葉も出なくなったアリアに、イチがなにやらにやにやし、ワカサはどこか目を皿にして明後日の方へ視線を向けた。一応、気を使っているようだ。

(あぁ、もう、変な気を使われてる! うっ、なにこれ、凄い恥ずかしい!)

 なんだろう、先ほどまでの重い気持ちは吹き飛んだが居た堪れない。

 サガミだけが、ただ心配そうにアリアを見ている。

 お願いだから、どうかやめてほしいと願うアリアである。 

(おちついて、そう、おちついて)

 なんとか平常心を取り戻してサガミの手から慌てて離れると、やっとの思いで声を出す。

「だい、だいじょうぶ! もう、ゴミなくなったし! そ、それより、私あの」


 ついてってもよいの?


 そう、言いたかったのが視線で分かったのだろう。サガミがにこりとほほ笑んだ。


「もちろん」


 ダメと言われても、ついていきたいと思っていた。

 だって認めてくれたから。

 気にかけてくれたから。

 連れてきてくれたから。

 だから、絶対に――


 あぁ。

 やっと、やっと一歩踏み出せる。それも一人じゃない。

 アリアは小さいふるえる声で「ありがと」と呟いた。



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