第一章(十二)

 


 悪漢。

 まあ、あれは見る人から見ればそう見えるだろう。

 アリアは頷きそうになるも、やはり説明が大雑把すぎる。

 ワカサの眉間にしわが寄ったのに、慌ててアリアは言葉をつけ足した。

「サガミには助けてもらったの! その、ある人たちから追われているところから。家出、と言われてもしかたないわ。実際……そうなのだから」

「ふうん、なんであんた、アリアはそんなことをしたんだよ」

 アリアの言葉に訝しげな顔をしたワカサに、顔を俯かせる。

 言えば、きっと笑われるかもしれない。


(——だめよ。勇気出して、ここまで出てきたんじゃないの、アリア!)


 今更がら怖気ついてどうするのと自分を心の中で叱咤する。

 そんなアリアの様子にサガミが「大丈夫だよ」と言うものだから、思わず俯いたまま体がびくりと反応する。

「大丈夫、ワカサはこう見えて懐広いんだから」

 「ねっ」とふふっと笑う。やはり、アリアからの説明を待っているようだ。サガミはそれ以上話そうとしない。

 ワカサが呆れたように「お前な」と呟いた。

 アリアはぐっと膝の上に拳を作った。


(聞いてもらえるんだから、言わなくちゃ)


 ぎゅっと目をつぶり開くと、意を決し顔をあげた。


「私は家の束縛から逃げるために、サガミに逃がしてとお願いした。私の家から、キャンベル家から自由になるために」


 さあ、どんな言葉が返ってくるか。

 不自由ないお嬢様生活をしてるくせにと言われるか。

 ただのおてんば娘と言われるか。


「ふうん、なんだ、厳しい家なのか?」

「え?」

「やっぱり、自由ではないんじゃないかな。家の仕来りやらで縛られるだろうし」

「ええっと」

「キャンベル家と言えば、ここらで結構でかい領地治める家ですよ。名前聞いた時あれって思いましたけど」

 やっとしゃべったイチがそう言って、サガミとワカサに説明する。

 「へー」「そうなんだー」と、どうでもよさげな言葉が聞こえる。

 ほんとうに。

「そっ、ちょっ」

 三者三様の言葉に、アリアはぽかんとした表情を浮かべた。


(そそそそそれだけ?! えっ、もっとなんかこう、いうことないの?)


「え? えっ、それだけなの?! 他に、何言ってんだとか! こうあの」

 アリアが言い募ろうとすると、ワカサが瞳を細めて何言ってんだという表情をする。

「別に、人の行動でとやかく言うつもりはねぇよ。なによりあんた、すげぇ思いつめた顔してるしな、それなりの覚悟があって出てきたんだろ」

 そんな風に言われるとは思ってもみなかった。


 きっと馬鹿にされる、そう思っていたのだから。


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