第一章(九)



 

 サガミ・エデル・ラスティ。


 突然、アリアの目の前に降りてきた少年。

 ほぼ巻き込まれる形ながらも、あの場から連れ出し一緒に逃げてくれた。

 お人好しというのか、流されやすい性格とでもいうのか。

 出会ったのはほんの十数分前で顔見知りでもなんでもない通りすがりの人物。


(どうしてサガミは助けてくれたのかしら。なんて、私がお願いしたからだろうけど)


 それにしたって、お人好しすぎやしないだろうか。

 明らかにただ事ではないだろう場面の中心にいた少女へ、手を差し伸べるなんて。 

 見知らぬ者なら驚いて逃げるかもしれない状況だ。

「……」

 それにあのふしぎな赤い瞳は光の円はなんだったのか。

 アリアが口いっぱい頬張りながら考え込んでると、イチがアリアを見てにこっとほほ笑んだ。

 なんとなく、いやな笑顔だ。

 身構えるアリアを気にすることなく、イチはサガミへと視線を向けた。

「サガミさん、サガミさん。そういえば、ワカサさんの料理おいしいですよねぇ」

「うん? うん、特にミートパイが」

「————」


(……だから、さっきからワカサって誰よ?)

 

 ワカサ。

 

 考えていたことが霧散する。

 ごきゅっとシチューのジャガイモを大きく呑み込んでしまった。

 なぜだろう、なんだかいろんな意味でイラっと来る。

 特にこのイチって子に。


「また、ワカサさんの手料理をここでふるまってほしいなあ」

「いってみるね、イチにはお世話になってるし」

「————」


(落ち着くのよアリア、あれよ、あれ)


 ここのところ精神的に不安定だからよね。

 そうだ、そうよと一人納得しながら乱暴気味に食べ続けるアリア。

 その様子にイチは「ふふふふうっ」と吹き出しそうになるのを抑え、慌ててコホンっと咳をした。

「ワカサさんって」

「?」

「————」

「男なのに主婦と化してますよねえ。まあ、今の時代にどちらがやってもおかしくないですけど」

「みんな、ワカサのことおかんって呼んでるからね。凄く怒るけど、そうなんだから仕方ないし」

「は? お、おとこ?」

「んん、あれ? もしかしてアリアさん、ワカサさんのこと女性だと思ってました?!」

「えっ」

「ち、ちが、だっ」

 ぽかんと驚いた表情から、一瞬で顔を真っ赤にする。


(このイチって子、なんなのっ! なんかすごく腹立つわ!)


 料理は純粋においしいが、性格は一癖ふた癖もある面倒な少年のようだ。

「ワカサはちょっと怒ると恐いからね。アリアには後で会った時、フォローしてもらえると助かるんだけど」

「ははは、もっと怒ったりして」

「……ワカサさん、って人、どこにいんのよ」

 ふて腐れたように言うアリアに、サガミは困ったよな笑みを浮かべて、すっと上を指さす。

「えーっと、ずっと上……ソラかな。たぶん、怒って降りてきてなきゃね」

「はっ?」

 再びぽかんと口を開けて、アリアは固まった。


「ほー、怒られると自覚してんなら、さっさと帰って来いっての! このバカサガミが!」


 同時に、店内に大きな怒声が響き渡った。

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