第一章(八)
「こっちはリンゴたっぷりのパイに、洋梨と蜂蜜のコンポート。パイには生クリームたっぷり添えてるからつけて食べるのもありだよ。で、こっちはまろやかなミルクのシチューに焼き立てのパン、さあ召し上がれ」
あっという間に用意された美味しそうな食事に、思わずアリアのお腹が「ぐぅ」と鳴る。しまった! と、アリアは恐る恐る横を見ると
「お腹、空くよねえ」
「……う、うう」
それはもう楽しそうな笑顔を浮かべながら、アリアを見て微笑むサガミがいた。
気恥ずかしさからロープのフードで顔を隠すアリアに、やはり誤解してるらしいイチが「くふっ、なんからぶらぶー」と冷やかしの言葉を言うのが聞こえる。
「イチ、こんなにありがとう。遠慮なくいただくね」
「どうぞどうぞ、サガミさんには色々と助けてもらった恩がありますから! 日頃のお礼も込めてってことで。さぁ、お嬢さんも座って食べてくださいな」
「……ありがとう」
一度感じた空腹には逆らえない。渋々と座るアリアにつづいて、サガミも横に座る。ちらりと、アリアは伏せていた目を周囲に向けると、お客が一人もいないことに気づく。薄暗い狭い店内をぼんやりと橙色のランプが照らしているだけだ。
(ここ、ホントに大丈夫かしら)
その寂しい雰囲気に不安を覚える。
思えば外観も古ぼけたテントに、薄汚れた灰色の煉瓦で寂れた雰囲気たっぷりだったのだから、お客が来るとは到底思えない。
「どうしたの、食べないの? いらないなら、食べちゃうよ」
「た、食べるわ! い、いただきます!」
サガミがそう言ってくるので、思わず目の前のシチューを両腕で囲むようにして睨む。そんなアリアの姿に、サガミは目を丸くして驚いた様子だったが、すぐに笑った。
「アリアって、けっこう食い意地はってるんだね。お淑やかにするのとか苦手でしょう」
「わるかったわね、私は思いっきり食べたり、笑ったりする方が好きなの。そうよ、おしとやかに、黙々と食べたりするの苦手なのよ」
ばつが悪そうな顔を一瞬浮かべたアリアだったが、すぐに開き直ったように言うと、傍にあったスプーンを勢いよくとり、シチューを一口掬って口に運ぶ。昨日今日と食べる気が起きず、ろくに食事をとっていなかったのだ。今は逃げるためにも、ちゃんと食べておかないといけないわよねと思いながら咀嚼する。
途端、目を大きく見開き、ごくんと飲みこむとシューを見つめる。
「……おいしい」
ぽつりと、漏らされた言葉だった。アリアの感嘆した声に、イチが嬉しそうに相好を崩す。
「それはよかった、おかわりもありますんで、よければ食べてくださいね」
「……うん、食べる」
ほろりと口の中で崩れるじゃがいも、微かな甘みとコクのあるミルクのシチューは、お腹の中を優しく満たしてくれる。あっという間に平らげる様子に「いい食べっぷりですねぇ」とイチは嬉しそうに声を弾ませて、おかわりを用意してくれた。そんなアリアの様子をちょっと驚いたように、感心したようにサガミが口を開いた。
「……なんていうか、よく食べるね」
「い、いいじゃない。おいしいんだもの」
「そうですよ、サガミさん。いっぱい頬張ってくれたら、作り甲斐あるってもんです」
「まぁ、そうだよね。イチの料理はやっぱり美味しいし」
でも、うちのワカサの料理も負けてないけどねと続いた言葉に、アリアは耳聡くピクリと反応する。もちろん、その瞬間を見逃すイチではない。
むふふとお盆で口元を隠しながら笑っている。
それに気づいたアリアは、慌ててシチューを食べることに専念する。
(べ、べつに、ちょっと気になっただけよ。ってか、私、コイツのこと何も知らないのよね)
ゆっくりと紅茶を飲むサガミを横目で見て、再び視線をシチューに戻した。
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