第一章・夢見た自由と、伸ばされた手

第一章(一)






 『ならば行こう、その先にあるのが光無きソラだとしても』


                       

 知らない、こんな先が待っていたなんて知りたくなかった。


「アリア様、そろそろお支度の時間でございます」

「……」

「では貴方たち、アリア様のお支度を」

「はい」

「かしこまりました」

 当たり前のように支度に取り掛かる侍女たちを鏡越しに見て、少女、アリア・オズ・キャンベルは小さく溜め息つく。

 なんの返事をすることのないアリアを気にすることなく、侍女長の言葉に控えていた侍女たちが煌びやかなドレスを取り出して、幾つもの化粧品が乗った台車を押して近づいてくる。

 されるがままコルセットを身につけ、くらい深紫色のドレスに身を通すと、さらりと腰元まで流れるピンクブラウンの髪を櫛でやさしく梳かれる。一層艶やかになった髪は後ろで一纏めにくくられ、唇には淡い朱色のリップがほんのりと塗られる。

 今は、暗く青ざめているが、真っ白な肌に明るさを増す控えめのチークと ナチュラルに施された化粧はアリアの容姿を一層華やかに、可憐に輝かせるには十分だった。

「アリア様、奥方様がこの日のために用意してくださったドレスですよ」

「色白のアリア様にぴったりの、シックな紫のドレスですわ」

「アリア様にとてもお似合いです」

 次々に笑顔で世辞を言う侍女に、アリアは大声で喚きたくなる。

 こんな形でオシャレをして、綺麗なドレスを着ても嬉しくもない。例えば、これがいつもと変わらぬ日常であれば、アリアだって喜んだだろう。普段、少々ガサツなアリアでも、女の子らしく可愛く着飾りたいという気持ちはあるのだから。

 けれど、今回は着飾る意味が違う。

 ちらりと壁の時計を見つめる。

「……っ」

 もう迷っている時間はない。

 このまま行動に出ず従えば、一生後悔するだろう。「さあ、アリア。考えて、動かなきゃ」言い聞かせるように心の中で呟く。

 そんなアリアの考えなど気づくことなく、侍女たちは声を弾ませる。

「まぁ、やっぱり! アリア様にぴったりですね」

「綺麗、とっても素敵ですわアリア様」

 うっすら施された化粧と、深紫色のイブニングドレスの上に白のショールを羽織ったアリアを見つめながら、うっとりとした表情で言う侍女たちから目を逸らす。

 彼女たちは知っているのだろうか、これがアリアの今後を縛るものになるということに。

(私はこんなくらい色よりも淡い空色や桃色、瑞々しい深緑色や群青色が好きだわ)

 後妻であるコニーが用意したドレスは、キャンベル家が契約を交わした証。先方とキャンベル家の文様が刺繍されたドレス。

 ドレスの色は嫁ぎ先である、先方の好みから選ばれたものである。

 それはまるで、アリアの世界を染めてなくすようなくらい色だ。

「……」

 なんとかしなくてはならい。

 そうアリアが焦りを募らせていた時、部屋にノックの音が響いた。


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