転移したら魔王城でした

リアム

第1話絶望の日常①

 この世界は地獄だ。

 俺天野あまの 神戸かみとはいつでもこの世の理不尽を感じている。


 それは生まれた時からで、俺の一番古い記憶は殴られている記憶だ。


 父は俺の泣き声が聞こえるとよく母に俺を黙らせるように怒鳴りつけた。


母は泣き止ませることが出来ないと赤子の俺を揺さぶったり、殴ったりを泣き止むまで続けた。


「うるせえんだよ! 泣いてんじゃねぇよカスがぁ!」


 この時、俺は泣いたら殺されると赤ん坊ながらに理解した。


 物心がつく頃には俺は泣くことがなくなり、この生活にも順応していった。


 父は日頃のストレスを俺や母を殴ることで解消し、母は父がいる時はビクビクして自室から出てくることはない。


だが、父が居なくなれば子供の俺が出来ない家事をするか、俺に暴力を振るうかのどちらかだった。


「あんたが殴られればいいのに、なんで私が殴られないといけないのよ!!」


 母はよく幼い俺に父に受けた倍以上の暴力を振るってはストレスを解消していた。


 そうした生活の中では自然と痛みに鈍感になっていき、体も丈夫になっていった。


 この頃は子供ながらに泣きもしないし、傷だらけなのに痛がらない俺に周りの子供や親は気味悪がって俺を避け続けた。


 そうして頼れる者もおらず孤立していた俺だが、この時の俺はこれが当たり前なんだと思って特になんとも思っていなかった。


 このまま只々生き地獄が続いていく、そう考えていた時俺達に転機が訪れる。


 それが俺の妹天野あまの 真由美まゆみの誕生だった。


その天使のような笑顔に父がにこやかに笑っていたのをよく覚えている。


 それから俺達家族の生活は一変した。


 父と母は妹を溺愛し、俺に対して手をあげることはキッパリとなくなったのだ。


 それどころか俺に対して一切の興味を失い、俺をいない者として扱うようになった。


 普通の人間なら「これで親から虐待されないしよかったじゃん」と思うかもしれないが、この時の俺はそうではなかった。


 いやというよりも“これまでの”俺はそうではなかったの方が正しいか。


 俺がこの時感じたのは幸福ではなく悲しみで、まるで幼い雛が野山に一匹で放置されたような孤独感を感じた。


 それまでは無意識であったが、これまでの歪みきった生活の中で、俺は親との繋がりを“暴力”によって感じていたのだ。


 というよりもそれ以外に繋がりというものが存在していなかった。


 その唯一の繋がりを無くした俺はこの日、生まれて初めて劣等感と孤独感、悲しみ、そして怒りの感情を知った。


 この時は訳もわからない感情に戸惑いながらも妹を殺そうかと本気で思った。


 だが、大人という圧倒的な強さを持った親を前に何をされるかわかったものではないから、結局は何も出来ずじまいに終わった。


 そうして親からの支配や暴力がなくなった俺はより一層孤独になり、周りの家族をただ眺めるようになっていく。


 ただ何気なくみていただけだったが、俺はここにきてようやく自分や家族の異常性に気がつくこととなる。


 俺は今まで気がついていなかった、親に甘えるや親から愛されるといった当たり前のことようやく知った。


 いや知ってしまったと言うべきか……。


 今まで暴力を受けすぎて余裕がなかった俺には他の子供が親に甘えて抱っこされていたり、親にお菓子をねだっているのが見えていなかったのだ。


 それに気がついた俺は更に嫉妬や怒りを爆発させ、暴走を始めることとなる。


 俺はその日から子供達の中で強そうな奴や親の影響で傲慢になっていた奴らを徹底的に痛めつけるようになった。


 幸いにも俺は親に暴力を振るわれたこともあってか、喧嘩は人一倍強かったので止められる者は誰もいなかった。


 そうしているうちにガキ大将となっていた奴らをボコっていると俺に一つの妙案が浮かんできた。


 それは父が母に暴行をして言うことを聞かせていることから着想を得たもので、そいつらを召使のように使うことだ。


 この時、普通の人間なら「何故そういった子供だけターゲットにしたのか」と疑問に思うことだろう。


「結局は良心があたんだろう」と思う者も居るかもしれないが、俺の考えはそうではなかった。


 俺の狙いはそういう子を狙った時の対応の差だった。


 俺の親は俺が小学校で問題を起こしたとなると俺が被害者にもかかわらず、話を聞かずに叱りつけて暴力を振るったことがあった。


 そのため俺は殴っても問題にならなそうな、日頃から暴力を振るっている奴らをターゲットに置いたのだ。


 そいつらが殴られていたところで先生達はいつも喧嘩している子達だからとあまり大事にはしない。


 それにそういう奴らに限って変なプライドがあるから親に喧嘩で負けたなどは絶対に言わない。


 そして他の子達はそれを見てざまみろとか、またやってるよーとか見て見ぬふりをするばかりで、特に何もしてこない。


 そのため俺の行為を咎める者は誰もいなかった。


 だがそんな俺も恐怖に怯えた奴らの顔を見ると、途端に親から受けたトラウマが刺激され、気分が一気に下がることがしばしばあった。


 そのため、誰も大怪我を負うようなことはなく問題になることもなかった。


 そうして俺は半グレのような生活をして、近くの公園で親子が遊んでいるのを見てまた気分が下がる日々を淡々とすごしていった。


 そんなある日、小学生になったばかりの妹と幸せそうな親が大量の荷物と共に家に帰ってきた。


そして俺はそんな家族を部屋の端から見つめていた。


父は母が運んでいた荷物を下ろさせ、冷蔵庫に食糧を詰め込んでいく。


「あっ! それ、まゆみのおかし!」

「ああ、そうだったな。 はい、じゃあこれ、後で父さんと一緒に食べような」

「うん!」


 父は俺には決して見せることのない微笑みを向けながら、そっと真由美にお菓子を手渡した。


 それはカラフルな色のキャンディーで、親からお菓子を貰ったことのない俺には宝物のように見えたのをよく覚えている。


 その時、俺はさっきの子供が親が持っていた食べ物を一口分けて貰って喜んでいたことを思い出す。


 この時の俺は好奇心と憧れに突き動かされ、無邪気に父が手にしていたもう一つのキャンディー奪い取った。


 この時が俺の最初で最後の我儘だった。


「と、父さんの一つ、ちょ、ちょうだ––––」


 次の瞬間、激しい耳鳴りと共に視界が暗転し、気がついた時には床に倒れ込んでいた。


 何が起こったか分からず、痛む頭を触ってみると手に赤黒い血がついた。


「このゴミカスガァ! なに俺のものに触れてんだ! これは真由美が選んだ大事な物なんだよ! お前みてぇなごみが触っていいもんじゃねぇよ」


 そう話している間にも父は俺を踏みつけ、殴り続けて血だらけの俺は意識を手放した。


 この時に俺は気づくべきだったんだ。


 妹の顔が歪んでいたことに……。


 

 そして目覚めたのは夜ごろで、俺は部屋隅で寝ていた。


 床には血溜まりができており、引きずった跡のようなものが部屋の外までついていた。


 俺の服には血がたんまりついており、血がつくはずのないズボンの裾まで赤く染まっていた。


 俺がよろよろと立って跡を辿っていくと冷蔵庫の前にたどり着いた。


(大方俺を使って血の跡を吐きながら邪魔な俺を運んだんだろうな)


 俺は洗面台の横に引っかかっていたタオルを取った。


 そしてこの前のテレビでやっていた応急処置の方法を真似して、最低限の部分だけ隠れないようにして頭に巻き付ける。


 俺はこの日、いつぶりかはわからない涙を流した。


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