第49話 奇病の正体

 俺のスマホが鳴った。俺に電話をかけてきたのは美波だった。


 このタイミングで美波から電話がかかってくるのは嫌な予感しかしない。


「もしもし。美波。久しぶり」


 俺は自分でも声色が落ち込んでいるのがわかった。美波も電話の向こうからなにか鼻をすすっているように聞こえる。


「あ、瑛人……その幸弥の体調が急変して入院したの……」


「は? そ、それは本当なのか」


 美波は嘘を言うようなタイプじゃない。特に人の生き死にに関わるようなタチの悪い冗談は言わない。


「うん。えっと……病原菌の特定ができないからまだ面会謝絶みたい。私も濃厚接触者だからしばらく隔離されるみたい」


「そうなんだ。一応、事務所のみんなにも伝えておいた方がいいかな」


 幸弥がどのタイミングで謎の病原菌に感染したのかはわからない。


 もしかしたら、事務所のみんなにも感染しているかもしれない。


「どうしよう……その私は……幸弥がこのままだと……」


「落ち着け美波。幸弥はきっと大丈夫だ……」


 きっと……不確定的なことしか俺には言えない。


 なにが大丈夫なものか。現代医学でも特定できてない病原菌なんだぞ。


 俺はただそう言うことしか言えない無力さを嘆くことしかできない。


「私……不安でどうしよう」


 美波と会おうにも隔離されている状況では会うこともできない。こうして電話で話すことしかできない。


「もしかしたらダンジョンでなにかに感染したかもしれない。俺は俺で調べてみる」


「うん。わかった……」


 医学に関しては素人同然の俺が調べたところでどうにかなる問題でもないと思う。


 でも、なにか行動をしなければならない気がしてきた。


 もし、ダンジョンに行ったことが原因なら、ダンジョンに関する情報を集めていけば何かしらの情報にたどり着くかもしれない。


「とりあえず……怪しいのはウェアウルフだな」


 ウェアウルフ。あの攻撃を受けて傷ついてから幸弥が感染したんだ。だとすればそこを疑うのはセオリーだろう。


 とりあえず、ダンジョン配信の情報が集められている公的機関のデータベースにアクセスしよう。


 ウェアウルフとの戦闘が入っているデータを集めてそれを見ていこう。


 ウェアウルフと戦っているダンジョン配信者たち。中にはそこで傷を負う配信者もいた。


 その配信者の情報を調べてみよう。うーん……生存している人もいれば死亡している人もいる。


 ダンジョン配信者の死亡率は高い。公的機関の情報ではなにが原因で死亡したかまではわからない。


 そこはプライバシーにかかることだから仕方ない。だが、この情報社会。調べる方法は他にもある。


 死亡した人物のSNSを見てみよう。


「これか!」


 俺は思わずそんな声が出た。SNSに家族からの訃報のポストが投稿されていた。


 そのポストによると原因不明の高熱により死亡したとのことだった。


 だとすると、ウェアウルフの攻撃を受けた時に一定の確率で病気に感染するということか?


 いや、保菌者とそうでないウェアウルフがいるということか。


 幸弥は運悪く保菌者のウェアウルフから攻撃を受けてしまった。だから、感染してしまった可能性がある。


 だとすると一体どう対処すればいいんだ? ウェアウルフのそういう病原菌の情報を調べてみればいいのか。



 ダメだ。いくら調べてみても、ウェアウルフの病原菌に関する情報は出てこない。


 でも、代わりにある情報を手に入れることができた。


 それは、ダンジョンのモンスターが持っている病原菌について研究している人物がいるとのことだった。


 その第一人者となる人物は現在亡くなっているものの、そういう研究をしている人がいるという情報は大きい。


 その人の周囲を探ってみるか。えーと……その第一人者は……


「え?」


 俺は目を丸くして驚いた。


 そこには俺の母さんの名前が書いてあった。


 頭が混乱して追い付かない。どうしてここに獣医師である母さんの名前が……


 いや、そういえば母さんは言っていた。獣医師は動物の怪我や病気を治すだけでなく、人間にも感染する感染症も研究しているとか。


 まさか母さんがダンジョンに行ったのって、ただ単に父さんの付き添いで行っただけじゃない。


 ダンジョンのモンスターが持っている感染症に至る病原気の研究をするためだったのか?


 なにか俺の中で合点がいかなかったこと。点と点が線で繋がった気分だ。そして、その線は俺に一筋の希望を与えてくれた。


「そうだ! 母さんの研究成果は直近で発見されたばかりじゃないか!」


 ダンジョンに潜っている時に偶然発見したもの。暗号化されたオルゴールで母さんは研究成果のある場所を指し示していた。


 その研究成果は息子である俺に相続されたけど、俺が持っていても仕方ないということで母さんの出身大学に寄贈したんだっけ。


 もしかしたら……母さんの研究成果をみればなにかわかるかもしれない。


 俺は早速、件の大学に連絡をすることにした。もしかしたら幸弥には時間がないかもしれない。とにかく急がなければ。


「私はシャドウスターズ代表の影野 瑛人と申します」


「影野さん……ああ。あの研究成果を寄贈してくださった方ですね」


「ええ。実はその研究成果についてお聞きしたいことがあるんです」


 俺は大学の人に事情をは話した。所属している配信者がウェアウルフの攻撃を受けてから高熱を出してしまったことを。


 そうしたら、大学の研究者はなにやら唸っている。


「うーん。それはウェアウルフから感染症をうつされている可能性はありますね」


「本当ですか?」


 正体不明の病原菌。その正体がわかりかけた。これは大きな前進だ。もしかしたら幸弥は助かるかもしれない。


「とにかく1度検査をしてみましょう。影野さんの研究成果があれば病原菌の特定が可能かもしれません」


 特定は可能……しかし、それに対する治療法はあるのだろうか。


 ダンジョンはまだまだ未知の存在。治す方法がない感染症があっても不思議ではない。



 検査の結果。幸弥はやはりウェアウルフ特有の新種の感染症に感染していた。


 そして、俺たちは良いニュースと悪いニュースを受けることになった。


 良いニュース。それはこの感染症は治す方法がある。


 そして、悪いニュース。この感染症は自然治癒しなくて放っておけば死に至るということだ。


「治療薬を作るためには同じく感染しているウェアウルフの爪が必要です。患者に残された時間はわかりません。しかしできるだけ早く持ってきた方が良いですね」


 大学の研究員はそう連絡してくれていた。


 俺たちは自宅兼事務所でウェアウルフの爪が売ってないかを探してみた。ダンジョンに武具として持ち込む場合ではないので、誰が所有者になっていようが関係ない。


 数件、素材としてウェアウルフの爪は売られていたがそのどれもが感染しているものではなかった。


「うーん……感染しているウェアウルフの爪ないな」


 俺はパソコンで素材販売サイトを見ながらため息をついた。


 あったとしても既に武器として加工されているかもしれない。まあ、ウェアウルフ自体結構強いモンスターなので、その素材は貴重だ。


 強い装備の材料になるかもしれないととっておくという思考の配信者もいるだろう。


「なんだ。売ってねえなら話は早いな。これからダンジョンに行って治療薬となる爪をへし折ってくればいいんだろ」


 牧田さんが拳をポキポキと鳴らしながら脳筋的な答えを導きだした。


「たしかにそうだけど……またあの病原菌に感染しているウェアウルフと戦わなければならないんですよ」


 俺はみんなにリスクを話した。ただ単にウェアウルフを倒すだけではない。傷を負えば感染するかもしれないウェアウルフを相手にしなければならないのだ。


「影野さん。僕も牧田さんの意見に賛成です。出品を待っているよりダンジョンに潜った方が早いです」


「俺も斯波君の意見に賛成ですね」


 斯波さんと大悟さんもやる気が十分のようだ。


「わかりました。では、みんな……お願いします。幸弥を助けてあげてください……!」

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