第48話 特定不能の病原菌

 幸弥がまだ復帰してないけれど、これからのことを話しあうために斯波さん、大悟さん、池澤さんに集まってもらった。


「幸弥君がいないのは心配だな」


 斯波さんが寂しそうに宙を見つめている。


 俺を除けば幸弥と最も付き合いが長いのは斯波さんである。同じく前衛で戦っている相棒だからこそ思うところがあるのかもしれない。


「とりあえず、幸弥君がいない間も配信をしていかないといけない。3人でもできることはしよう」


 ソロで活動してきた大悟さんにとっては幸弥が1人欠けても十分活動できるつもりでいるのだろう。


 事実、斯波さんと大悟さんがいればそんなにダンジョンで苦戦するようなこともないのだけれど。


「そのことだけど、今は牧田さんを正式採用するために色々と手続きをしている最中なんです。次の配信までに手続きを済ませる予定です」


 これまでゲスト枠としていた牧田さん。彼の強さは本物である。


 ちょっと扱いに困るところはあるものの、斯波さんのことを慕ってはいるみたいだし、それを利用してなんとかできるはず。


 逆にうちで引き取らないとあの狂犬は他のところでやっていけるような気がしない。


 そこが採用の決め手になったとでも言うべきだろうか。


「なるほど。ジンさんですか……戦力としては申し分ないですね。戦力としては」


 斯波さんはなにやら含みを持たせている。まあ、気持ちはわかる。


 牧田さんに指示を出せるのは斯波さんくらいだろう。斯波さんの心労が増えてしまうかもしれない。


「斯波さん。俺も牧田さんとはうまくコミュニケーション取っていくつもりです。斯波さんだけに負担を強いることはしませんから」


 あの人は一応は認めた人の言うことは聞くからな。なら、俺も牧田さんに認められるようにがんばるしかない。


「なんにせよ仲間が増えるのは心強いですね。自分にも後輩ができるんですね」


 池澤さんが嬉しそうにしている。一応は牧田さんの方が活動歴は長いけど、事務所に所属した順番では池澤さんの方が先輩か。


 その辺が少しややこしいな。


「これで幸弥君が戻ってくれれば5人でダンジョンに挑めるようになるんですね。戦略の幅が広がりそうです」


 池澤さんは全体バフの使い手だから単純に仲間が増えるのは嬉しいことだろう。


 能力的には池澤さんと牧田さんは相性が良さそうである。


 パワー、スピード、ディフェンスと言った基礎スペックが高い牧田さんを更に強化できるのだから。


「まあ、牧田さんを含めた戦術についてはこれから考えていきましょう……ん?」


 俺のスマホが鳴る。幸弥から電話が来たようだ。


「もしもし。幸弥? 調子はどうだ?」


「あ、瑛人君。その……病院に行ったんだ」


「あー。ほうほう。んで? どうだった?」


「まだしばらく復帰できないみたい」


 幸弥の声色が少し暗いようである。俺は嫌な予感がした。


 いくらなんでも単なる風邪で復帰できないなんてことはないだろう。


「幸弥。お前なにか隠してないか?」


 俺はこの言葉を発した時、後悔した。この問いの答え。それを聞くのが急に恐ろしく感じた。


 俺の背筋がぶるぶると震える。たった数秒の時間なのに数分にも及ぶ長さに感じられた。


 ある種のゾーンに入った俺の耳に幸弥の声が通る。


「実は……俺はなんか正体不明の病原菌に感染しているみたいなんだ」


「え……? どういうことだ?」


「俺もよくわからないんだ……ただ、ダンジョンで起こったことを先生にありのまま話したら検査をすることになって……」


 俺は頭が真っ白になった。幸弥の言っている言葉は頭の中に入ってくるけれど、それを思考回路が理解することを拒否している。


「熱が下がらない原因はもしかしたらモンスターが何かしらの病原菌を持っていた可能性があるとか……」


「そ、そんな……それは……」


 治るのか? その質問が俺にはできなかった。


 原因不明の病原菌。そんなもの治るのかどうかもわからない。


 少し考えればわかることではあるが、俺の脳が思考することを拒んでいた。


「まあ、そんな大したことないって。病原菌の特定ができないだけで不治の病だとか死ぬとか限らないし」


「そ、そうは言うけど」


 幸弥が無理して明るく振舞っているのが伝わって俺は居たたまれない気持ちになった。


 本当に不安なのは幸弥本人なのに。それなのに幸弥は俺を不安にさせまいとしているのが……


「まあ、またなにかあったら連絡するから。すぐに復帰できるように俺もがんばるからさ」


「幸弥……その。こっちのことは気にしなくても良い。しっかり休んで……その謎の病原菌とやらを直してくれ」


 人間には免疫があり、それで病気を治療することができる。


 その免疫機能で病気が治ってくれるのが1番良い。


 本当にそうなのか?


 ダンジョンはまだまだ未知の存在。そこにいるモンスターだってどんな病原菌を持っているのかわからない。


 新種の病気の対処法なんて誰が知っているんだ。


「まあ、そんな落ち込まないでよ。瑛人君。俺は俺でこの機会にじっくりと休むからさ。ちょうど見たいドラマが溜まっていて、それを見る良い機会だよ」


「ああ……そうだな」


 幸弥の強がりがどうしても痛々しく聞こえる。


「それじゃあ、そろそろ切るね。あんまり電話しすぎるのも悪いし」


「わかった……」


 幸弥と通話を終えた俺はわかりやすくこうべを垂れて落ち込んでしまう。その様子を見てみんなが心配そうにしている。


「幸弥。原因不明の病原菌に感染しているようです」


「原因不明……それって恐らくはダンジョンの外部にはない病原菌の可能性があるってことですか?」


「そうですね。斯波さん……恐らくはあのウェアウルフとの戦闘の時に感染したと思われるかと」


「ど、どうして。幸弥君はあの時病院に行ったはずでは……その時はなんともなかったんじゃないんですか」


 池澤さんが取り乱している。気持ちはわかる。俺だって叫びたい気持ちでいっぱいだ。


「その時は幸弥も症状を訴えてなかったから検査も甘かったんだと思います。モンスターから攻撃を受けたからと言って一々精密検査をしていたら医療現場もパンクしてしまいますから」


 ダンジョンから帰還して病院に行く例は珍しくともなんともない。


 大抵の場合は変な病原菌に感染することもない。


 患者がなにかしらの症状を訴えているなら話は別ではあるが、あの時の幸弥はまだ症状があらわれていなかったのだろう。


「時間差で発症するというやつか。保菌していても発症するまで検査に出ないという例もあるし医者を責めることはできないかな」


 斯波さんが冷静に判断している。


「影野さん……これはある程度覚悟しておいた方が良いかもしれませんね」


 斯波さんの言葉が冷たく感じる。この状況での覚悟。それは恐らく……


「幸弥君も医者から説明されていると思います。ダンジョンで受けた傷から謎の感染症を引き起こして死亡する例は珍しくない」


 ダンジョン配信者として長く活動している斯波さんだからこそのその言葉に重みを感じてしまう。


「今回の幸弥君はまだ病原菌が特定できていないから致死性かどうかはわかりません。しかし……」


 斯波さんは拳を握りしめた。奥歯を噛みしめて悔しそうに震えている。


「あの時……僕が幸弥君にきちんと作戦を共有出来ていればあんな無茶なことをしなかったかもしれないのに……」


 ウェアウルフはスタミナ切れを狙うのが定石。斯波さんはそれを伝達していなかったとして自分の落ち度として感じているようだ。


 斯波さんも素早いウェアウルフから攻撃を受けないように慎重に立ち回っていた。いわばウェアウルフの動きに気を取られていた状態だ。


 その状態で幸弥が無茶なことをすることを想定して動く。そんなことはできたのだろうか。


「斯波さん。自分を責めるのはやめましょう。後から言っても結果論にすぎませんから……」


 俺はそう言うことしかできなかった。俺の言葉は気休めにもならないのはわかっている。けれど……言うしかないんだ。


 斯波さんが思いつめないように……

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