第44話 覚悟とルーティン
「そろそろ肉が焼けてきたな。みんな適当に取って食べちゃってください。足りなければ後で注文するんで」
適当に会話をしていると肉が焼けてきたので、各自が肉を取り食べ始める。
「うめえ! 瑛人君。このカルビうめえぞ」
「ふーん。そんなにうまいのか……」
俺は幸弥の言ったカルビを回収して食べる。
「本当だうめえ」
そう言えば、焼肉に行くのも何年ぶりだろうか。
両親が亡くなってからは行く機会もなかったからな。
ずっと独りで引きこもっていた時は焼肉なんて行く気にはなれなかった。
こうして事務所を作って仲間ができたからこそ、みんなと焼肉を食べることができる。
みんなで食べるこのカルビのうまさも家に引きこもったままでは味わうことができなかった。
「影野さん。どうしました?」
斯波さんが心配そうに俺を見つめている。ちょっと表情が暗かったのがバレてしまったのだろうか。
「あ、いえ。ちょっと考え事をしていただけです。焼肉を食べたのも何年ぶりかってレベルだったので」
「え? 影野さんって焼肉年単位で食べてなかったんすか? その若さで?」
池澤さんが驚いている。まあ、運動部に所属していた彼にとっては焼肉はまさにスタミナをつけるのに必要不可欠なものだっただろう。
それに池澤さんは俺がずっと引きこもっていたなんて事情を知らない。
20歳の若者が普通に暮らしていて友人や家族と焼肉を食べにいかないのも珍しい話かもしれない。
「ははは、まあ色々とあってね」
「色々ねえ。まあ、若くして社長になる人には色々とありますからね」
池澤さんの中で俺は一体どういうイメージなのだろうか。一応、両親が亡くなっていることは先日の宝箱の一件で知っているはずだ。
まあ、変に気を遣われるよりかはやりやすいから良いか。
父さんと母さんが亡くなった時はたしかにショックだったし、2年も引きこもるくらいには何もする気が起きなかった。
でも、今は違う。この事務所のみんなと一緒に活動しているのが楽しい。
俺は裏方でみんなと一緒にダンジョンに潜ることはしていない。
けれど、この事務所をもっと大きくして、もっと色んなダンジョンを攻略したいという気持ちはある。
そして、ここにいる誰も死なせたくないという気持ちも……
「影野さん。肉がなくなったので追加注文良いですか?」
「あ、はい。どうぞ」
俺は大悟さんにタッチパネルを渡した。大悟さんは肉をいくつかチョイスして注文をする。
「あ、言っておくけど俺は食べ物に関しては遠慮しないですよ」
「ええ、遠慮してもらっても困ります」
どうしても奢られるのは気を遣って苦手という人もいるだろう。
でも、ここのみんなはそういうことはなさそうで安心している。
「やっぱり、ダンジョン配信者をやっているといつ死ぬかわからないですからね。何が最後の晩餐になるかもわからない。だから、俺は食える時に好きなものを食うように決めているんです」
大悟さんが小皿の上に乗ってある肉を食べる。
「特にダンジョンに潜る前の食事には気を付けていますね」
いつ死んでも良い覚悟か。別にダンジョン配信者に限らず人間はいつ死ぬかわからない。
どこかのビジネスマンが言っていたけれど、今日死んだ時に後悔しない生き方をしろとかなんとか。
まさに大悟さんはそれを地で言っているのかもしれない。
「へー。具体的にどう気を付けているんですか」
幸弥がその話題を広げようとしている。別に広げないでいい話題だろ。
「んー。そうだね。例えば、究極の2択。人生最後の日に食べる料理は、いつもの食事か、普段食べられない高級な食事かっていうの。これに正解はないけど、みんなはどっちを選ぶ?」
「うーん。俺はキャビアとか食ってみたいと思いますね」
幸弥が真っ先に答える。
「自分は行きつけの定食屋のB定食を食いたいっすね」
「僕は別にこだわりはないけど、強いて言うならいつも通りの食事をするかな」
池澤さんと斯波さんも答える。この2人はいつもの食事派か。
「なるほど。まあ、俺も普段から食べていて慣れ親しんでいる好きなものを食べるかな。下手に普段食べられないものを食べて、それがハズレだったら嫌だからね」
大悟さんの言っていることもわかる。死ぬ前に後悔しないのはいつもの食事かもしれない。
「いや、でも俺は死ぬ前にキャビアだけは食うって決めているんで、キャビア食わないまま死ぬ方が嫌です。俺は夢に生きる男なんで」
幸弥らしい答えである。こいつは夢に生きすぎていて家族を心配させてでもダンジョン配信者になりやがったからな。
「なるほど。そういう考え方もあるのか。でも、俺はダンジョンに潜る前はいつも決まった食事をとっている。いわゆる勝負飯ってやつかな」
勝負飯。なるほど。アスリートとかでも、大事な試合の前にルーティンを重視するとかあるけど、大悟さんの場合は食事がそれなのか。
「直前にとった食事はモチベーションに関わってくるからね。モチベが下がればパフォーマンスも下がる」
すごい。なんか一流の人っぽい。いや、実際大悟さんは一流なんだけど、改めてそう思ったというか。
「へー。ちなみに大悟さんはダンジョンに潜る前は何を食べてるんですか? キャビアとか食ってんすか?」
幸弥。お前はキャビアから離れろ。
「ビーフカレーだよ。なんとなくこれを食べると調子が良くなる気がするんだよね」
「へー良いっすねえ。自分もなにかそういう勝負飯を作ろうかな」
池澤さんも乗り気なようである。これで池澤さんのパフォーマンスが上がったりしないかな。
こうした交流が良い方に影響してくれると良いな。
「斯波さんはなにかそういうダンジョンを潜る前に必ずしていることはあるんすか?」
幸弥が斯波さんに話を振る。
「あー。僕はそうだな。強いて言えばきちんと睡眠をとること以外はしてないかな。僕は昔から寝るのが好きだったからね」
寝る子は育つとは言うけれど、斯波さんの高い身長を作り上げたのは睡眠なのだろうか。
「睡眠は大事ですからね。みんなはちゃんと眠れていますか?」
俺はみんなに話を振る。一応、俺も事務所の代表としてみんなを管理する立場にある。
きちんと睡眠が取れなくて仕事に支障をきたすわけにはいかないからな。
最悪の場合命に関わらるし。
「俺は斯波君と同じようにちゃんと睡眠はとるようにしている」
「あー。俺はちょっと怪しいかも。ゲームやっていて寝るの遅くなるとかあるし」
「幸弥、お前何やってんだよ。ゲームと命どっちが大事なんだよ」
「そこまで!?」
「幸弥君。悪いことは言わない。この仕事で長生きしたかったら休養することも重要だ」
「はい。斯波さんが言うならそうします」
流石にベテランの斯波さんの言うことには逆らわないか。
これで生活習慣が改善してくれると良いけどな。
「そうだ。瑛人君。俺も大悟さんみたいに勝負飯をやろうと思っているんだけど良いかな?」
「好きにすればいいだろ」
「そこで相談なんだけど、俺はキャビアを勝負飯にしたいから、経費でキャビアを……」
「却下」
こいつはなにを言い出すんだ。
「えー。良いじゃないか、瑛人君」
「たまに焼肉奢るくらいなら良いけど、毎回キャビア食わせてたらこっちの財政が破綻するわ!」
◇
そんなこんなでみんな焼肉をたらふく食ったところで解散する流れになった。
「それじゃあ、会計は俺が支払っておきますんでみんなは外に出といてください」
「はーい」
とりあえず、領収書を切ってもらって会計を済ませる。
今日は楽しかったな。みんなの色んな話を聞けたし。
それにしても、やっぱりダンジョン配信者は命がけでみんなそれを覚悟していると大悟さんの話を聞いていて思った。
俺も安全な裏方であぐらをかかずに、命がけでみんなをサポートしようと改めて感じる1日だった。
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