第43話 焼肉
「みんなで焼肉でも食べに行きますかね」
俺はふと事務所のみんなにそんな提案をしてみた。
親睦を深めるため、もしくは福利厚生の一環として良いかと思った。
「お、いいねえ。瑛人君。もちろん事務所の奢りだよね?」
「当たり前だろ。そんな事務所のみんなからお金を取るだなんてケチ臭いことは言うつもりはないさ」
幸弥は乗り気だった。他のみんなはどうだろうか。
「良いですね。影野さん。僕たちはお互いに命を預け合う仲です。信頼関係を構築するためにもこうした交流はやるべきだと思います」
「俺も斯波君と同じ意見です」
斯波さんと大悟さんも乗り気なようである。
「焼肉か。食いたいっすね。サッカーやってた時はコーチがよく奢ってくれたっすね」
池澤さんが思い出話を交えつつ肯定してくれた。
「よし、満場一致ということで行きましょうか」
こうして、シャドウスターズのメンバーで焼肉に行くことになった。
◇
焼肉店につき、俺たちはテーブル席へと座った。店員にテーブル中央にあるコンロに火を付けてもらった。
網が温まるまで待っている間、タッチパネルで焼肉を注文する。
「とりあえず、適当に頼んじゃって良いですかね」
俺はみんなに確認を取る。
「最初はそんなもので良いと思います」
大悟さんが許可してくれたので、俺は肉を適当に頼んだ。成人男性が5人もいれば結構食べるだろう。
そう思って、俺は肉を少し多めに注文する。定番のカルビ、ロース、ハラミ、タン当たりを中心に注文する。この辺りを頼んでおけば外しはしないだろう。
「飲み物はどうしますか?」
「じゃあ、俺はウーロン茶」
「僕はコーラでお願いします」
「レモンスカッシュください」
「自分はカルピスで」
それぞれの注文をタッチパネルで入力する。後は注文された品が届くのを待つだけである。
「とりあえず、焼肉とドリンクは頼んだので、他にサイドメニューで欲しいものがあったら、各自注文してください」
「はーい」
しばらく待っていると猫の配膳ロボが焼肉を届けに来た。
「おー。来た来た。それじゃあ焼いていきますね」
とりあえず来た肉から順番に焼いていく。
「ところで前から気になっていたことがあったんだけど、訊いても良いですか?」
肉を焼いている時間に幸弥が改まって話を切り出してきた。
「斯波さんって目が赤いじゃないですか。これってダンジョンの影響ですよね」
「うん。別に寝不足やプールで赤くなったわけじゃないから」
斯波さんが小粋なジョークを挟みだした。このジョークは置いといて、幸弥が話を進める。
「もしかしたら、俺もダンジョンにずっといることで何かしらの体に変化が起きるのかなって思ったりするわけですよ」
「ダンジョンの魔力による影響は人それぞれかな。俺もダンジョンの魔力のせいで黒髪から金髪に変わったし」
「え? 大悟さんのそれって染めていたんじゃなかったんですか?」
幸弥が大悟さんの髪色の衝撃の事実を聞いて驚いている。
大悟さんと言えば、目も変化していてその人のダンジョン配信者としての才能が見れるんだったな。
「ダンジョン配信者を長くやっていても、こうした体に変化が起きる人もいれば、起きない人もいる」
斯波さんは目が赤くなり、大悟さんは金髪になり、それぞれ体に何かしらの変化が起きている。
池澤さんも喉に変化が起きて、声に魔法を込められる特殊能力に目覚めたんだよな。
「うーん……大悟さんは特殊な目を持っているし、カイト君は特殊な喉を持っている」
幸弥が斯波さんの方をチラっと見た。
「斯波さんってなにか特殊な体質みたいなものとかあるんですか?」
そういえば、斯波さんが特殊能力を披露したところを見たことがない。
幸弥も固有の力である刀魔法を吸収させる能力を持っている。
斯波さんは戦闘面でもその他のサポートでも、固有の何かを使っているのを見たことがない。
強いて言うならば跳躍力が高いとこくらいか? でも、あれは槍を使って棒高跳びの要領でジャンプしているだけだし。
「うーん……まあ、今のところ僕にそういうものはないよ」
「え? ないんですか? ずっとダンジョンに潜っているのに?」
「おい、幸弥失礼だぞ」
俺は流石に幸宥に突っ込んだ。斯波さんはハハハと笑っている。
「いや、大丈夫。僕は別に気にしてないよ。そんな特殊能力がなくても僕は十分強いし」
最早、王者の貫禄すら見える斯波さんの余裕っぷり。これが大人か。
「それに、特殊能力がまだ目覚めてないってことは、いつか目覚めるかもしれない。伸びしろしかないってことだ」
余裕がある上にポジティブな性格。見習いたいというか、こういう大人を目指したいとすら思う。
身近にこういう規範となる大人がいるって実は幸せなことなのかもしれないと思う。
「斯波さんはもし特殊能力に目覚めるんだったら、どんな能力が良いですか?」
幸弥が何気なく斯波さんに尋ねてみる。斯波さんは少し考えた後に答えを出す。
「過去をやり直せる能力……かな」
「え?」
斯波さんが急に声のトーンを変えてきた。それがちょっと不気味に感じる。
斯波さんのやり直したい過去。それに触れてはいけない空気が流れた。
「なーんて、誰にだってやり直したい過去の1つや2つあるでしょ? 僕だって過去をやり直せるんだったら、いくらでもお馬さんに稼いでもらうよ」
斯波さんがニコっと笑う。たしかに過去をやり直せるなら、いくらでも競馬で儲けることができるけれども。
「大悟さんの能力で斯波さんが目覚める予定の能力とか見ることができないんすか?」
池澤さんが大悟さんに疑問をぶつける。
「俺の能力は特殊能力には対応していないんだ。ただ、その人がどういう方向に能力が伸びやすいのかを見ることができるだけ」
「そうっすか。そう都合よくいかないっすね」
実際、大悟さんも池澤さんのバッファーとしての才能を見抜いてはいたけれど、声に魔法を込める能力のことまでは見抜けなかった。
「例えば、能力的な伸びはイマイチだったとしても、強力な特殊能力で補うことができる。そういう人材を俺は見逃しちゃうからね」
それは良い人材を確保する時に困るな。
ただ、現状だと特殊能力がなくても基礎的なスペックが高いからなくても戦える斯波さんみたいな人材が大安定すぎる。
幸弥や池澤さんも基礎的な能力はまだ未熟でも特殊能力で補えているタイプもいるし。
まあ、最終的には自力でビジネスパートナーは見極めろってことか。
「ところで気になったことがあるけど、良いですか?」
「なんだよ。幸弥。お前気になることだらけだな」
「良いじゃないか。瑛人君、何事も疑問を持つことが新たなる発見の堕一歩となるんだから」
「それはそう」
幸弥のくせに真理を突くじゃないか。
「大悟さんって見た人のダンジョン適正を見ることができるんですよね? それじゃあ、瑛人君がもしダンジョン配信者になった時。どれだけやれるかわかるってことですか?」
「あ、確かに。その発想はなかった。俺がどれだけやれるかなんて気にも留めてなかった」
俺は裏方に徹していてダンジョンに潜る気がなかった。だから気にしたことなんて全然なかった。
もしかしたら、俺にはとんでもなく強く秘められた才能があるかもしれない。
そうしたら、困るな。現場でも通用するんだったら、裏方をやめて現場仕事にコンバートすることも考えないと……
「瑛人君の素質は……レナたんと同程度だね」
「ええ……」
今年で最もショックを受けた言葉を食らった。俺、ダンジョン配信者としての才能がなかった。
いや、良いんだけど。ダンジョンに行く予定とか全然なかったし、才能があってもなくても変わらないから。
そう心の中で言い訳するも現実は才能がないよりあった方が良いということだ。それが現実。
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