第39話 あーあ、視聴者(おまえら)のせいです
「うぃーす! どうもジンっす。今日もダンジョン配信やっていくっすよ!」
牧田さんが配信の挨拶をする。例の宝箱があるダンジョンの配信ということで視聴者もかなり集まっている。
:今更あの宝箱に挑戦するの?
:やめとけやめとけ。ジンでもあのモンスターに敵わないだろ
:まだ依頼は残っているけど、もう誰もあの宝箱の回収に挑戦してないだろ
やはり、一時期話題になったダンジョンということで牧田さんの目的が宝箱を持ち帰ることだと思われているようだ。
グレイブガーディアンが手強いということで、400万円のもの価値がないと判断されてみんな早々にこの宝箱を持ち帰るのを諦めている。
一応、牧田さんには宝箱を開封するだけという目的を言わないようにしているけれど、どうなるんだろうか。
:っつーか、今更あの宝箱持ち帰ろうとするのバカだろ
「あ? 誰がバカだっつった? おまえ、オレのこと舐めてんのか? オレがあんなチンケなモンスターにやられると思っているのか?」
まずい。牧田さんのスイッチが入った。これだから煽り耐性がない人は困る。
俺は斯波さんに目配せをした。牧田さんは斯波さんの言うことなら聞くから、今回は斯波さんに指示役を頼んでいる。
「ジンさん。乗らないで。ここは抑えて宝箱のところに向かいましょう」
「……チッ。命拾いしたな視聴者Aよ。今日のオレはいつもよりも寛大だ」
牧田さんは斯波さんの指示を受けてなんとか怒りを抑えたようだ。先が思いやられるけど、牧田さんの実力は本物である。
斯波さんの指示通りに動いてくれれば、なんの問題もなく任務を遂行できるはずだ。
動いてくれれば……の話だけど。
そんなことをしている内に牧田さんの周囲にモンスターたちが集まってきた。牧田さんはニヤリと笑ってモンスターの群に突進をする。
「お、おい! ジンさん! そっちは宝箱と反対方向……!」
斯波さんが牧田さんに忠告を促すも時すでに遅し、牧田さんはモンスターに拳を叩き込んでいた。
「オラァッ! 強そうなモンスターで腕が鳴るぜ!」
:これを見に来た
:すげえ、パンチ1発でモンスターが沈んでる
:この血の気の多さがジンの魅力よ
牧田さんの視聴者層もバトルマニアなのか、この光景を見て盛り上がっている。コメント欄の流れも加速していて、止められない状況である。
「とりゃ!」
牧田さんが回し蹴りでモンスターを倒す。もう完全にやりたい放題である。
「ジンさん! その辺にして宝箱のところに向かって」
「モンスター全部倒すまで終われるわけねえだろ!」
:さすがジン! 俺たちがやらないようなことを平然とやってのける!
:この非効率さがおもしろいんだよな
:このダンジョンに挑戦するやつは宝箱にまっすぐ向かいすぎているからおもんなかったけど、これは見ていて楽しい
視聴者を沸かしているという意味では配信者としての華はあるのだろう。
しかし、探索という面においては非効率なことこの上ない。
ついには斯波さんの言うことも無視してモンスターと戦いだしたし、このままどうなってしまうのだろうか。
「これで最後だ!」
牧田さんが最後のモンスターに拳を叩きつけて倒した。戦闘時間は6分12秒。まあまあ無駄な時間だった。
この人、モンスターを倒すという目的なら心強いけれど、それ以外だといくらなんでも手に余りすぎる。
これがあるから、正式採用に躊躇しちゃうんだよな。
「さてと……んで、オレはどっちに行けばいいんだ」
「ジンさん。そのまま回れ右してからまっすぐです」
斯波さんの指示に従って牧田さんは今向いている方の反対方向に歩き出した。
反対方向に向かうと意外とあっさりと宝箱が見つかった。他のモンスターと遭遇しなくて良かった。
「よし、それじゃあ、開けるぞ」
この宝箱の罠は既に池澤さんが解除済である。恐らくは罠の解除技術がない牧田さんでも難なく開けることができるだろう。
パカっと宝箱が開く。すると音楽が聞こえてくる。
「よし、僕はこれから音楽に集中する。外れているところを抜きだすから、ジンさんに指示ができなくなるけど……」
「まあ、もう目的は達成したので大丈夫でしょう」
ここまで来ればもう気を緩めても大丈夫だろう。一応、斯波さんが装着していたインカムを俺が装着していつでも指示を出せるようにしておこう。
俺の言うことを聞いてくれるかはわからないけれど、まあ、指示を出すようなこともないだろうしな。
:あれ? 宝箱を開封するだけ?
:持ち帰りはしないの?
:へいへーい。ジン、ビビってんのか?
:なんだ。あのクソつよモンスターと戦ってくれると期待していたのは俺だけだったか
:ジンさん。丸くなりましたね
「あ……? てめえら。好き放題言ってくれるじゃねえの」
え? なんで、コメント欄見てスイッチ入っているのこの人。
「牧田さん! コメント欄の挑発に乗らないで」
くそ。こんなことならコメントできない設定にさせてから送り込めば良かった。これは牧田さんのアカウントでの配信だから、俺側からコメントを封鎖することもできない。
:俺の知っているジンならこんなところで日和らねえぞ
:だっさw
「て、てめえら……!」
っつか、視聴者が煽ってくるとか民度悪すぎだろ。どうすんだよ。これ。いや、これはこれでプロレスとしての側面はあるのか?
「いいだろう。こんな宝箱くらい持ち上げてやるよ」
まずい。それだけは阻止しないと……
「牧田さん! やめて! そんなことしたら、やつが来る……!」
「もうどうなろうと知ったことか!」
牧田さんが宝箱を持ち上げて、それを持ち帰る仕草を見せる。あーあ。これでグレイブガーディアンの出現条件を満たしてしまった。
煽るコメント欄のせいです。どうしてくれるんだよ。本当に。
どこからともなくダンジョンの暗がりから骸骨のモンスターがやってきた。間違いない。グレイブガーディアンだ。
「へへ、来やがったな」
牧田さんは宝箱を下に置いて、グレイブガーディアンのところへと向かう。
「瑛人君。これどうすればいいの? 流石にジンさんを放置するわけにはいかないよね?」
幸弥が牧田さんを心配している。牧田さんを助けるためにはシャドウスターズのメンバーを送り込むのが手っ取り早いだろう。
「いや。幸弥君。その必要はないと思うよ。ジンさんもこれを覚悟の上で宝箱を持ち上げた。指示に従わなかった責任は自分で取るしかない。ダンジョンは基本的に自己責任なのだから」
大悟さんは冷静に判断した。冷たいように聞こえるかもしれないけれど、牧田さんに至ってはこのような状況になったのは完全に自業自得だしなあ。
「これはオレの獲物だァ!」
「それに、ジンさんも他の人に手を出して欲しくなさそうだし」
大悟さんが付け加える。確かに、救援を向かわせると逆に恨まれるまでありそうだ。
「食らえ!」
牧田さんがグレイブガーディアンの顔面に拳を叩きつけようとする。しかし、グレイブガーディアンは手で牧田さんの拳を受け止めた。
「なに!」
攻撃を回避されて牧田さんは驚いている。そのまま牧田さんはすぐに蹴りをグレイブガーディアンに食らわせて、後方へと突き飛ばした。
「ふう。あぶねえ。拳を掴まれるなんて思わなかった」
牧田さんは手首をぶらぶらとさせている。
「すげえ握力だ。あの骨野郎にオレの骨の方が砕かれるかと思った」
牧田さんは魔法が使えない代わりに体がかなり硬い体質である。その牧田さんが骨を砕かれるかと思うくらいに、グレイブガーディアンの握力はやばいようである。
そりゃ、まともな人間なら掴まれただけで負けが確定するくらいの強さではあるな。
一方で斯波さんの方は順調にモールス信号を書き出しているようである。戦闘が始まったせいで雑音とかもあるのにすごい集中力だ。
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