第37話 見え隠れする闇

 父親が作った曲がまだ未発表のものだから世間の誰にも聞かれたくない。


 うーん……一見筋が通っているように思えるけれど、なにか妙に引っ掛かる。


「三澤さん。僕はあなたの真意が読めません。得体の知れない依頼は受けたくないというのが本音です」


「斯波さん……!?」


 斯波さんはこの依頼を拒否しようとしている。配信で登場しているモンスターの強さを考えれば断るのは妥当とも言える。


 俺が命を張るわけではない。所属配信者が命を賭けたくないと思うようなことを俺が強要することはできない。


「そうですか……残念です」


 意外とあっさり引き下がった? なんか妙だな。もし、俺が三澤さんの立場なら親の遺作はなんとしてでも欲しいと思う。


 だって、親が亡くなれば思い出はもう増えることはない。現世に残された数少ない思い出に縋って生きていくしかないんだ。


「では、依頼内容を変えましょう。指定の時刻にあの宝箱を開けてくれる。そして、曲が最後まで配信に乗せて私に聞かせる。それだけでかまいません」


「は……?」


 俺は思わず素っ頓狂な声が出た。なんだ? この違和感は。それだけでいいのなら、どうして最初に宝箱を持ち帰らせようとしたんだ。


「もちろん、依頼料は変わらず1000万円でけっこうです。懸賞サイトの方の依頼は取り下げておいて、正式にシャドウスターズの皆様だけの依頼にしたいのですが……」


 怪しい。そこは絶対に妥協できるラインじゃないだろ。なのに、あっさり引き下がってくるのは……


 もしかして、俺は誘導されているのか? 最初の箱を持ち帰るという依頼はフェイク? 本当は箱を開けるだけでも良かったのか?


 最初に断られる前提の要求をしておいて、次にその要求より難度を下げた本命の要求をして、本命の要求を通しやすくするテクニック。


 えーと……ドアインザフェイスって言うんだったか。そういう心理学のテクニックがあったような。


 いや、だったら箱を開けるだけの依頼を最初から出すはずだ。やっぱり、最初はどうしても箱を持ち帰らざるを得ない理由があったんだ。


 だから、三澤さんも今出しているのが妥協案ということか?


 斯波さんが俺にアイコンタクトを送ってくる。彼の言おうとしていることはなんとなく理解できた。


「そうですね。やはり、すぐに決めるというのは無理です。持ち帰って所属配信者と相談してから決めたいと思います。なにせ、こちらは命をかけてもらう立場なので、その場で即答はできません」


「そうですか。そうですよね。わかりました。では、お返事をお待ちしております」


 三澤さんとのビデオ通話を終えた。その後、斯波さんが俺に話しかけてきた。


「瑛人さん。もう1度、俺たちが件の箱を開けた時の配信。それを見てみましょう。確かめたいことがあります」


「確かめたいこと? まあ、そうですね。いいですよ」


 俺は斯波さんの言う通りにパソコンで配信のアーカイブを開いてみる。


「宝箱を開けるところまで後ばしましょう」


「はい」


 シークバーを動かして、宝箱を開けて音楽が鳴るところまで飛ばした。


 斯波さんが目を閉じてしっかりと音楽を聴いている。この音楽に一体何の意味があるんだろうか。


「……やっぱり。おかしい。これは作曲家が作った音楽なわけがない」


「え? どういうことですか?」


 俺は全くわからない。音楽に明るいわけではない。でも、斯波さんにはなにかピンとくるものがあるのだろうか。


「数か所音がズレているところがある。本当にわずかながら」


「全くわかりません。斯波さんって耳が良いんですか?」


 大悟さんは目に特殊能力を宿していて、池澤さんは特殊な喉を持っている。斯波さんは耳になにかあるのか?


「まあ、昔は音楽をやっていたもので……そんなことはどうでも良いんです。これは機器の故障とかではなくて、意図的に音をズラしているんですよ」


「そうなんですか?」


「ええ。ほら、ここ。僕が宝箱を覗いたところ……僕はこの宝箱の中のオルゴールを見てみました。パッとみた感じ特に不具合は見つかりませんでした」


 たしかに斯波さんが宝箱の中を覗いている。


「正直に言えば、僕はオルゴールの装置の故障なら修理に出せばいい音色を奏でる音楽として箱が売れるものだと思っていました」


 でも、斯波さんは箱を持ち帰らなかった。それはオルゴールの不調ではなくて、作曲された曲そのものに問題があったから。


「ハッキリ言えば、この曲に1000万も価値はないです。1000円でも高いくらい」


「そんなにですか?」


「いくら遺作でもこんな不出来なものを世に公表したら父親に祟られるレベルですね」


 斯波さんが何気に辛辣なことを言っている。だから、斯波さんはずっと三澤さんを疑っていたんだ。


「ただ、僕が気になるのはこのズレの周期。それに規則性があるんじゃないかと思うんです」


「規則性?」


「ええ。長い音と短い音を繰り返しているというか……ズレる瞬間の長さが2パターンしかないんですよ」


 長い音と短い音……それでパッと思いつくものが1つある。


「それってモールス信号じゃないんですか?」


「モールス信号……たしかに。その線は考えられる……」


「三澤さんはこれがモールス信号で暗号化された音楽だって気づいたんだ。だから、その暗号を解読するために宝箱を回収したかった」


 あるいは、暗号を解かれるのを阻止したかった? 持ち帰るのはそのため……いや、それなら配信に流す依頼に変えてくれって言われたことと矛盾する。


「……? あれ? もしかして、その両方か?」


「両方?」


 斯波さんが俺の発言を疑問を感じたようである。


「ああ、こっちの話です。だから、三澤さんは音楽の暗号を解きたかった。でも、同時にこの暗号を解かれたくない相手がいる……例えば、暗号を解読すれば宝の場所がわかるとか」


「それなら宝を先に見つけるために、宝箱を独占しようと考えるのは自然ですね」


「そして、その相手は不特定多数じゃない。特定の相手だ。配信に流す時間を指定したのは……聞かせたくない相手はその時間に配信をみることができない状況にある、そうすれば、自分だけが先に暗号を解くことができる……僕の推理はどうですか?」


「……概ね、筋は通ってますね。僕もその意見に賛成です」


 良かった。変に斯波さんにツッコまれて恥をかかなくて。


「僕は正直に言えばこの依頼は受けたくないです。なにか大変なことに加担してしまうような気がして」


「大変なこと……?」


「この宝箱の暗号には1000万を出す価値があるということ。なら、それによって得られるリターンは1000万じゃきかないと思うんです」


「たしかに……1000万円払ってでも自分が先に解きたい暗号。ロクなものじゃなさそうですね」


 なんだか闇バイトめいたものを感じてしまう。正直言ってこの一件には俺も関わりたくない。


「じゃあ、どうしますか? 断りますか?」


「ええ。依頼人のことを信頼できないと判断すれば断るのも正解かと。かと言って、依頼人を詮索しすぎるのも良くないですからね」


 それはそう。依頼人にも事情があるのかもしれないけれど、その事情に闇を感じたら関わらないのが吉だ。


 正直言えば、俺もこの音楽の暗号がなんなのか気になるところではある。


 三澤さんの目的も気になるし……でも、別に俺は三澤さんとは初対面なわけだし、無理に手伝うような義理もないんだよな。


「まあ、今すぐ断るのも角が立ちそうだし、熟考するような時間を置いてから断りましょうか」


「はい。その方が良いかと思います」


 依頼人からすれば、断るなら早く断ってくれと思うかもしれないけど、まあ、考えるてい。その時間、ポーズは必要だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る