第36話 依頼主とコンタクト

 俺は宝箱に400万円の懸賞金をかけた人物のことについて調べようとした。


 その人物にコンタクトを取ろうとしても、中々返事が来ない。その間にこの懸賞金騒動に変化が起きた。


 最初はただ箱を持ち帰るだけの簡単な作業で400万円もらえるかと思っていた配信者たち。


 しかし、その箱を守っている骸骨のモンスターがあまりにも強すぎて、その情報が出回ると誰も挑戦しなくなる。


 いわば、普段のダンジョン攻略にお小遣い感覚で箱を持ち帰るだけのお仕事かと思ったら、難易度と比べて報酬が少ないことが判明したのだ。


 その状態でこの箱チャレンジに挑む者は誰もいなくなり、結果的に箱を狙うライバルは減ったわけではあるが……


「ん?」


 俺の元に1通のメールが届いた。差出人は……三澤 充という名前だ。


『初めまして。影野様。

 私は三澤 充と申します。

 先日、とあるサイトにて宝箱に懸賞金をかけた者です。

 影野様。不躾なお願いですが、私と直接お会いして

 お話することはできますでしょうか?

 もし、それが難しければリモートでの対応も可能です。

 どうか、ご検討のほどよろしくお願いいたします。』


 なんと相手の方からこちらに連絡がきた。しかし、妙だな。俺から連絡を入れたはずなのに、そのことに対するリアクションがない。


 俺の連絡は届いていないのか?


 俺はこのことで斯波さんに相談してみることにした。


 斯波さんに事の顛末を話すと斯波さんはうんうんと頷いていた。


「とりあえず、その話については僕も聞きたいところではありますね。直接会うのは少しリスクがあると思うのでリモートで対応した方が良さそうですね」


「あ、やっぱり斯波さんもリモートでの対応が良いと思いますか? 実は俺もあの箱に400万円も出す意味がわからなくてちょっと怖く感じているんですよね」


 あの骸骨のモンスターに襲われることを承知の上で400万もの懸賞金をかけたとしたら、それは悪質であるだろう。


 そのせいで、かなりの人数がダンジョンにて消息を絶っている。


 ただ、まあその線は薄いだろうな。俺たちの配信ではあの骸骨は出てこなかったわけだし、知らないのに依頼したって方が正しいだろう。


 俺はリモートで斯波さんと一緒にコンタクトを取ることを条件に出して先方にメールを送った。


 すると三澤さんも了承してくれて、件の日にリモートで話をすることになった。


 リモート通話のアプリを起動すると、既に三澤さんが待機していた。


 三澤さんはスーツ姿の20代後半くらの女性でそこそこ顔立ちが整っている。


「こんにちは。影野です」


「斯波です」


 俺と斯波さんはトークルームに入り三澤さんに挨拶をする。すると三澤さんも反応してくれる。


「影野様。こんにちは。私が三澤みさわ みつるです。よろしくお願いします」


 三澤さんの声からは気品の良さが感じられる。きっとどこかのお嬢様なのかもしれない。


「えっと……三澤さん。私たちになにかお話があって連絡を取ってくれたのですか?」


 俺はとりあえず、連絡を取った真意について訊いてみる。三澤さんは眉を下げながら回答をしてくれた。


「ええ。私はどうしてもあの宝箱から流れる音楽。それを回収したいのです」


「なにかワケがあるようですね」


 初対面の相手にそれを訊くのは少し失礼かもしれない。けれど、ここは訊いておかないといけないような気がする。


「はい。私には作曲家の父がいました。今は亡くなっていますが、父が生前に遺した未発表の楽譜。それが何者かによって盗まれたのです」


 楽譜が盗まれた話とダンジョンにある音楽が出る宝箱。話の繋がりが見えないけれど、楽譜と音楽という繋がりは見えた。


「警察に連絡をして指紋から犯人を特定しました。犯人はダンジョン配信者の男でした。その男は前科があったのですぐに特定できたのです」


 ダンジョン配信者は特に資格がなくても誰にでもできる。何らかの事情で就職が難しい人間にとって、最後の稼げるチャンスなのである。


 だから、就職が難しい前科者の比率が他業種に比べて多いとも言われている。


「しかし、そのダンジョン配信者の男は父の家から楽譜を含めた色々な物を盗んでから数日も経たない内にダンジョン内で死亡しました」


 楽譜を盗んだ男がダンジョン内で死亡した……それが今回の件と関係がありそうだ。


「警察は男の家を調査しましたが、盗まれたものの中で楽譜だけが見つかりませんでした。私は……父の遺作を取り戻せないことに落胆しました」


 親の形見。それが取り戻せないことはどれだけ辛いか……


「心中お察しします」


 俺も両親を亡くしている。その想い出の品を奪われることを想像すると身が引き裂かれそうだ。


「私は父の遺作を取り戻すことを諦めてました。しかし、先日あなたたちの配信をみたところ……その父が最後に作曲したあの曲が流れてきたのです」


「それがあの宝箱から鳴った音楽……?」


 にわかには信じられない話である。ダンジョンから作られたものの中に、ダンジョン外の人間が作曲した曲がある? そんなことありえるのか?


「1つ確認したいことがあるのですが、いいですか?」


 斯波さんが話に入ってきた。


「あなたはどうして、僕たちの配信で流れてきたあの音楽が、お父様の作曲したものだとわかったのですか?」


 確かに。未発表の楽譜を盗まれただけでその音楽の内容がわかるものなのだろうか。それに楽譜の内容を知っているのであれば取り返す必要はないのでは?


「実は父に作曲途中の音楽を聴かされていました。冒頭の部分だけですが……その冒頭の部分とあの宝箱から流れている音楽が一致したのです」


「……僕たちはあの音楽を最後まで聞いたわけではありません。もしかしたら、音楽が途中で途切れている可能性もあります。それでも宝箱の回収を依頼したいのですか?」


「ええ。わずかながらでも可能性があるとするならば、それに縋りたくなるのは人情というものでしょう。あの音楽を最後まで聞くためにあの宝箱をどうしても回収したいのです。そして、私が父の楽譜を再現して世間に発表したいのです」


 三澤さんの目が潤んでいる。涙をこらえているのだろう。しかし、三澤さんの表情はそれと同時に辛そうにしている。なにかこう父親絡みのことだけではない、なにかが三澤さんの中にあるのだろうか。


「三澤さん。実は私はあなたにコンタクトを取っていたのです。懸賞サイトの連絡先当てにメッセージを送ったのですが、気づかなかったのですか?」


「申し訳ありません。実は……あの懸賞のせいで多くの人の命が失われてしまいました。そのせいで、私のところに誹謗中傷のメッセージが多数届いたので……メッセージは怖くて見られなかったのです」


「なるほど。そういうことでしたか。辛いことを聞いて申し訳ございません」


 ダンジョンで死ぬのは基本的に自己責任である。しかし、世の中にはそういう割り切りができない人物だっている。そうなると、大切の人が死ぬきっかけを作った人に怒りの矛先が向かうのはよくあることである。


 それがその人に非がない八つ当たりだとしても。当人にとっては正義の怒りなのである。


 誹謗中傷を受ける側にしてみたら迷惑な話ではあるが、世の中は理論だけでは動いていない。推しのダンジョン配信者が死ぬことで悲しむ人や、家族・友人・恋人をダンジョンで亡くす人だっている。


 実はシャドウスターズにもそういうメッセージが届いたこともある。先日のゴールドジェル戦でのこと。俺たちがきちんとしてないから、レナたんが一生ものの障害を負ったというメッセージが届いた。


 俺たちからしたらやれることのことはやったし、、むしろ助けた側である。しかし、それでも理不尽な怒られ方をしてくる奴は一定数いるのだ。


「そこで、シャドウスターズの皆様にお願いがあります。1000万円お支払いしますので、どうか宝箱を回収していただけないでしょうか?」


 400万から1000万に増額か。まあ、状況が変わったからな。宝箱を守る謎のモンスター。あいつがいるせいでこの依頼の何度が跳ね上がっているわけだし。


 しかし、斯波さんは三澤さんに対して懐疑的な目を向けている。


「三澤さん。ちょっと良いですか? 音楽を聴きたいだけなら配信で十分なはず。宝箱を持ち帰らずにその場で開けるだけで良いのでは?」


 斯波さんの言っていることもその通りである。


「……父の作品はまだ未発表のものです。なので世間の人たちに聞かれたくないのです」

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