第31話 覚醒の兆し
斯波さんがこいつらと戦う? 正気か?
斯波さんは冷静に物事を判断できる。こんなところで勝算のない戦いはしないと思う。
戦う選択を取ったんだったら、勝ち目があるとは思うけれど……
俺としてはここで撤退指示を出すべきなのだろうか、それとも斯波さんを信じるべきなのだろうか。
「えーと……たしか最初にやられたのは彼だね」
斯波さんは最初にゴールドジェルに襲われた男性に向かって手をかざした。
「ヒュドロ!」
斯波さんの手から水が放たれる。その水がゴールドジェルにかかる。
「水? スライムに水が有効なんですか?」
幸弥が斯波さんに質問をする。俺も幸弥とほぼ同意見である。
スライムは水分が多いイメージだし、水でどうこうできる相手ではないと思う。
それでも斯波さんは水を使うという選択した以上、なにかしらの意図があるんだと思うけれど、どうなのだろうか。
こ、これは……! 俺は画面にくぎ付けになった。
金色のスライムの色が徐々に色素が薄くなってきている。そして、段々と小さくなっていく。
:えええええ!
:スライムに水って有効なの?
:そんなイメージはないけど
:普通のスライムなら水を吸収して逆にでかくなると思うんだけど……
コメント欄もすごい勢いで流れている。誰もがこの流れを予想していなかった。
水の魔法でスライムが消える。一体どういう理屈なんだろうか。
「斯波君。これは一体なんなんだ」
大悟さんもよくわかっていない様子である。斯波さんは一体なにをしたんだ?
「大悟君。君も手伝ってくれ。僕は魔法タイプじゃないから、そんなに多くの回数魔法は撃てない」
ダンジョン配信者のタイプは大体2通りに分かれている。耐久力があってエネルギーが溜まりにくいタイプ。逆に耐久力はないけれどエネルギーが溜まりやすいタイプ。
斯波さんは前者の前衛アタッカーなので、魔法は使えるけれど連発には耐えられない。
「わかった。しかし、どうすればいいんだ? 普通の水ではないんだろう?」
「ああ。一か八か賭けてみたけれど、水の魔法にアルカリ性の性質を加えた。このスライムは酸の要素が強いと見た。だから、アルカリ性で中和できると思ったんだ」
小中学生の理科レベルの知識ではある。だが、このスライムの体が酸性でのみ維持できるとしたら、アルカリ性を加えたら体を維持できなくなる?
斯波さんはそのことに気づいていたのか?
「なるほど……ただの水じゃないってことか」
「大悟君ならそれくらいの性質変化はできるだろ?」
「もちろんさ。むしろ俺の得意分野だね」
大悟さんと斯波さんが協力して水の魔法を使ってゴールドジェルを攻撃していく。
ゴールドジェルはどんどん小さくなっていき、その被害は抑えられていく。
「お、おお! た、助かったぁ……」
取り巻きの男性たちが次々に助かっていく。その一方で……
「ちょ、ちょっと! 私も助けてよ! なんでそいつらを優先するの! 私は女の子だよ! レディファーストって言葉を知らないの?」
斯波さんと大悟さんはゴールドジェルにやられた順番に水をかけている。
レナたんは最後にゴールドジェルに襲われたのでその順番は後回しになってしまうのは仕方のないことだろう。
「ちょっと待っててくれ。こっちの彼の方が重傷だ。アンタはまだ余裕がある」
「そんなの知らないよ。あ、あづいい! 肩が溶けるぅ!」
:自分が助かりたくて必死で草
:こういう時に人間性って出るもんだな
:いや、誰だって死ぬのは怖いでしょ
:でもなあ、先に攻撃くらった人を差し置いて先になんとかしてくれはなあ
斯波さんと大悟さんはレナたんを無視している。それほどまでに、先に攻撃食らった取り巻きの人たちが重症なのだろう。
「ぐ、ぐす……どうして私を無視するの。私は誰にも愛されずに死んでいくんだ」
「レナたん。大丈夫。俺が助けてあげるから」
さっきまでゴールドジェルに取りつかれていた取り巻きの内の1人が、レナたんに近づく。
「え?」
「所詮は水魔法でしょ。俺でも使えるから」
「あ、ありがとう。助けて!」
「ふふ、わかったよ。レナたん。俺が今助けてあげるからね。ヒュドロ!」
取り巻きがレナたんの右肩についているゴールドジェルに水をかけた。するとゴールドジェルの色がどんどん濃くなってぐにゅぐにゅと動き始めた。
「え、ええ! ちょ、ちょっとこれ! 逆に元気になってない!?」
「え、う、うそ!? そんなはずは……」
レナたんの右肩がどんどん削られていく。
「あ、ああああああ! 痛い! 痛い痛い! 熱いぃ!」
「お、俺……知らねえ!」
レナたんに水をかけた取り巻きは責任から逃れようとしてその場から逃げ出してしまった。
:うわあ……
:サイテーすぎる
:余計なことをして……
「な……なにしてんだアイツ……」
「こらああ! 逃げるなああ!」
取り巻きのした余計なことを幸弥と池澤さんが見ていた。池澤さんが大声で逃げた取り巻きを責めるも、もう彼は遠くへと行ってしまった。
「なっ……これは一体……こんなのどうすればいいんだ……」
斯波さんは絶望した様子でレナたんの右肩についているゴールドジェルを見ていた。
「大悟君。残ったみんなの治療を頼む。僕はこいつをなんとかする」
「わかった」
斯波さんはなんとかすると言っていたが……本当になんとかなるのか? さっきのゴールドジェルよりも大きくなってレナたんを包んでいる範囲が広がっていく。
「ヒュドロ!」
斯波さんはレナたんのゴールドジェルに水をかける。しかし、全く色素が薄くならない。焼石に水というのはまさにこのことだろう。
「くくく無駄だ……」
「え?」
:今の声誰?
:女の声?
:でもレナたんの声じゃないよね?
「この女の肉を吸収したお陰で、私は進化したぞ!」
ゴールドジェルがぐにぐにと動いて変形していく。ぴょんとレナたんの肩から飛び降りてどんどん大きくなっていく。身長としては池澤さんと同程度。
その大きさのスライムが女性の形へと変わっていく。
:ええええええ
:まさかの人型形態!?
:モン娘きたああああ!
「お前は一体何者だ」
斯波さんが槍を構えてゴールドジェルに話しかける。ゴールドジェルはくすくすと笑い、見下すような表情で斯波さんを見つめている。
「私はお前らがゴールドジェルと呼ぶもの。この女の肉を食らい、その遺伝子を取り込み、知性とこの姿を得た。いわば、この女の娘とも妹とも言える存在でもあるな」
「な、なによ! あんた。勝手に娘面しないで! 私はまだ独身だよ!」
そういう問題なのだろうか。
「私はもうさっきのような小細工は効かない。中和などそんな浅知恵で私を倒せると思うな!」
ゴールドジェルは体の一部を切り離してそれを弾丸のように飛ばしてくる。
「く……!」
斯波さんは槍を風車のように回す。その回転でスライムの弾丸を弾き飛ばしていく。
「ふふ。やるではないか」
ゴールドジェルは余裕そうな表情を浮かべている。斯波さんは額に汗を浮かべてはぁはぁと息を荒げている。
疲労するくらいに槍を高速回転しなければ防げなかった攻撃。斯波さんに汗をかかせるなんてこいつ強いぞ。
「カイト君! バフを頼む。こいつは僕1人で手に負える相手じゃない」
「は、はい! がんばれええええ!」
池澤さんが大声で叫ぶ。これで仲間全体にバフがかかったはずである。
「そのような応援がなんになる。気休め程度ではないか?」
「それはどうかな」
斯波さんが高速で動いてゴールドジェルの左腕を思い切り突いた。
「なっ……! 速いっ……!」
「俺も忘れんな!」
幸弥が刀でゴールドジェルの首部分を切り落とした。
:やったあ!!
:大将の首を取ったぞ!
:ナイス幸弥!
「いやまだだ」
斯波さんの言葉通りに、ひょこっとまたゴールドジェルから首が生えてきた。
「スライムの再生能力を甘く見てもらっては困るな」
切り落とした首ものそのそと動いてゴールドジェルの体内に取り込まれて完全回復されてしまった。
「……?」
幸弥がゴールドジェルから目を離して自分の刀に目を向けた。俺も幸弥の刀に目を向けてみる。
あれはなんだ……? 幸弥の刀からオーラのようなものが出ているぞ?
「幸弥君。よそ見をしないで」
「あ、はい!」
斯波さんは気づいていないようだ。でも、幸弥の刀が確実になにかを帯びている。
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