第28話 姫プ配信者
今日はみんながオフの日である。
俺はたまっている事務仕事をせっせと片づけていた。
裏方のスタッフは俺しかいない状況だし、そういう仕事は全部俺にしわ寄せが寄ってきてしまう。
ダンジョン配信者として活躍する人材を発掘するのも良いけれど、裏方のスタッフもそろそろ何人か雇いたい気持ちはある。
しかし、まあ……まだ始まって間もない配信事務所に裏方のスタッフはあんまり来ないのである。
そもそも俺自体、社会経験が浅いから裏方のスタッフを育てるなんてことができない。
だから、どうしても経験者を取らざるを得ないのであるが、経験者は他にも引く手あまただから、わざわざこんな零細事務所を選ばないよな。
「ふー……」
一通りの事務仕事を終えて一旦は休憩に入るか。休憩時間に少し他の配信者の動向もチェックしておこう。
配信はトレンドが重要である。それはダンジョン配信者でも変わらない。
人気のダンジョンや、戦闘スタイルなども多種多様である。新たな戦術が開発されたりしているし、そのレクチャー動画とかもあるので、情報は常にキャッチしておきたい。
オススメ欄にあがっているのは……うわ、この配信は。
以前、俺が落としたレナたんとかいう女配信者が今、ダンジョン配信をしている。
大悟さんの目の情報ではレナたんは本人はダンジョンに適合するような人間ではない。
だから、レナたんは一緒に配信してくれる仲間を募集していたのだ。
その仲間にウチの期待の新人である池澤さんが狙われていたわけだけど、まあ、そんな話はどうでもいいか。
俺はこの配信を一応は見てみることにした。なにせ、ウチとやっていることは近いところがある。
複数の配信者が組んで一緒にダンジョンを攻略する。もしかしたら、新しい戦術や連携の参考になるかもしれない。
俺はレナたんの配信を開いた。
「みんながんばれー! モンスターなんてやっつけちゃえ!」
モンスターの大群と戦っているダンジョン配信者の男性たち。それを後方でレナたんが応援しているという謎の図であった。
「モンスターを1番倒してくれた人にはご褒美をあげちゃう」
レナたんが胸の谷間を強調するように腕を組んで配信者たちを誘惑している。
配信者たちはこの煽りを受けて我先にとモンスターを倒し始める。
「どけ! そいつは俺の獲物だ!」
「なんだと! せめて一撃くらい入れさせろよ」
「うるせえ! 素材泥棒が!」
一部の配信者たちがもめている。
ダンジョン内でモンスターに攻撃した者がその素材の権利を得られるというもの。それのせいで争いが起こっている。
さらにまた別の配信者たちも……
「おいこら! お前なに俺の獲物に止め刺してんだよ!」
「うるせえ! お前は一撃入れてんだから素材の権利は持ててんだからいいだろ!」
「んなの関係ねえよ! レナたんのご褒美は俺のもんだ!」
素材以外にもレナたんが煽ったせいで、みにくい争いが発生してしまっている。
:なんだこれ
:個々の戦闘能力は高いけどまるで連携が取れていない
:いいぞ……争え……もっと争え……
:こいつらバカすぎて草
この連携の悪さがある種、エンタメとして成立してしまっている。
プロレスが人気なのと同じようなものだろうか。人間は本能的に争っている人間を見ることで愉悦を感じてしまう部分はある。
まさか、レナたんはそれを計算しているのか?
「ふあーあ」
あくびしていて、スマホをいじっている。まるで囲いの戦闘に関心がない。
本当にこいつは……人間としてどうなんだ。自分のために人を戦わせている自覚はないのか?
面接で落として正解だと思ってしまう。
しかし、こんな人を扱うような器ですらない人間でも美人だからと言いように使われてしまうやつもいるわけで世の中の不公平さを感じてしまう。
この配信はまるで参考にならないな。こんな風なやり方はウチでは絶対にやらない。
ある意味で反面教師としては優秀なんだろうけど、それ以外で学ぶところはなにもないな。
本当に池澤さんがここに引き抜かれなくて良かったと思う。彼にはこういう環境はあいそうにもないな。
なにせ、一生懸命がんばっている男性陣がいる中で配信で目立っているのはなにもしてないレナたんなのである。
:レナたんのあくびかわいー
:今度はもっと露出高い服着てきて
:レナたん。弱ったモンスターがいるよ。トドメ刺して素材をもらっちゃおうよ
池澤さんががんばっていて、これより目立てない状況になったら間違いなく彼は病むだろうな。
さて、こんな配信をいつまで見ていてもしょうがない。俺は残りの仕事をさっさと片づけて飯でも食いにいくか。
俺は集中して仕事に取り組んでノルマ分の仕事を終わらせた。丁度夕食時だったので近くの定食屋に向かい、そこで夕食を食べることにした。
「いらっしゃいませー」
定食屋に入るとカウンター席に見知った顔がいた。
「あ! 池澤さん」
「影野さん。こんにちは」
池澤さんがメニューを見ていた。せっかくだから、俺は池澤さんの隣に座ることにした。
「影野さん。今日も仕事ですか?」
「まあ、過労死しない程度にはがんばっていますよ」
池澤さんはトンカツ定食。俺はアジフライ定食を頼み、それぞれの注文の品が届くのを待った。
「池澤さん。今日、あのレナたんとかいう配信者がダンジョン配信していたので見てたんですよ」
「おお、どうでしたか?」
「まるでダメですね。囲いの連携がまるで取れていない。しかも、レナたんはなにもしていない。ただ、一撃入れて素材をかっさらうようなことをしていたのは見ましたけどね」
完全にネトゲで言うところの姫プ状態である。まさかリアルのダンジョン配信でもこういう光景をみるとは思わなかった。
「うわあ、それはひどいですね。自分、コラボの誘いを断って正解でした。やっぱりシャドウスターズが1番です」
「ありがとうございます。そう言っていただけると事務所を立ち上げたかいがあります」
注文していたトンカツ定食とアジフライ定食が提供された。アジフライ定食は大きなアジフライにキャベツが添えられていてとみそ汁とお新香と白米がセットで付いてきている。
みそ汁の具は豆腐とワカメとシンプルながらも王道のものである。
俺はアツアツのアジフライをかじりながら池澤さんと会話を続けた。
「池澤さん。そう言えば、どうしてそんなに目立つことにこだわるんですか?」
「え?」
池澤さんは予想外の質問を食らったような反応を見せていた。
「あ、別に答えにくいなら答えなくても大丈夫ですよ」
ただ会話のとっかかりが欲しいから訊いてみただけである。
「あー。まあ、ちょっと情けない話ですが、一応はきっかけがあるんですよね」
「なんですか? その情けない話って?」
そういう風に切り出されると気になってしまう。
「自分は小学生の頃に好きな子がいたんすよ。小4くらいの時だったかな。同じクラスにいた子で、よく笑う笑顔が素敵な良い子でしった。その子は転校しちゃったんですよね」
「あー。それは辛いやつですね」
「それで、その子のお別れ会をやったんですけど、その最後に「わたしはみんなのこと忘れないから」って言ってくれたんですよ」
「ほうほう」
ここまでは、まあよくある話である。情けない要素はなにもない。
「それで、中学になった時、その好きだった子に再会したんですよ。小学生の時は学区は違ったけど中学になって学区が同じになってね」
「あー。あるある」
「それで嬉しくてついその子に話しかけたんですよね。もう完全に久しぶりの再会を喜ぶテンションで行ったんですよ。そうしたら「え? 誰ですか?」って言われて……」
「忘れられてんじゃないですか」
「みんなのこと忘れないから」という言葉はなんだったんだろうか。
「そうなんですよ。当時の自分はクラスでもそこまで目立つ存在じゃなかったんで、まあ影が薄いやつでした。だから忘れられても仕方なかったというか、でも、それはそれとして、もうショックで……」
「あー。辛いなあ」
「だから、そんな自分を変えなきゃいけないと思って。声を大きく出すようにしたんですよ。声が大きい人は目立ちますからね」
「なるほど。そういう事情があったんですか」
知り合いに「誰ですか?」って言われるのは割ときついよな。それが好きな子だったらなおさら。それがトラウマになっている部分があったのか。
池澤さんのことを詳しく知れたような気がした。
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