第27話 幸弥の悩み
「ふう……こんなもんかな」
俺はみんなの状態を確認しつつ仮の配信スケジュールを立てた。これをみんなに見せて、予定があえばスケジュールを確定して公開する流れとなっている。
スケジュールをみんなに送る。斯波さん、大悟さん、池澤さんの3人は俺が立てた配信スケジュール通りに動けるということで特に問題はなさそうだな。
そう思っていたら最後に幸弥からとんでもない連絡がきた。
『瑛人君。もっと配信を増やせない? 俺のソロ配信だけでも良い。俺はもっとダンジョンを探索してモンスターを倒して強くならないといけないんだ』
メールの文面から幸弥はかなり焦っているように思える。
池澤さんが才能を開花させた時も幸弥はどこか浮かない顔をしていたような気がしたけれど。
とりあえず幸弥を説得するか。
『幸弥。ダンジョン配信は命がけなんだ。しっかりと休養を取ることも必要。焦っていると怪我じゃすまないことになるぞ』
ダンジョン内の魔力は人間にかなりの力を与えてくれる。それだけに、長時間ダンジョンに潜るのはかなりの負担がかかってしまう。
その負担を与えられた分、休み時間というものも必要なもので……特に幸弥はまだダンジョンの魔力に慣れているとも言い難い。
管理をする立場としてはここは絶対に無理はさせられない。
『俺は今のままだとまだ弱い。なにか一芸に秀でたわけでもないし……それはわかっている。だからこそ人一倍努力しないといけないんだ』
これはかなり重症のようだな。メールだけでケアできるとは思えない。
『幸弥。わかった。1度会って話そう』
そして、俺は自宅に幸弥を呼び出すことにした。幸弥はどこか浮かない顔をしている。
最初にダンジョン配信者になるんだと意気込んでいたころとはまるで別人のようである。
「幸弥。なにがそんなに不満なんだ? お前はよくやってくれている」
「俺は斯波さんみたいに強くないし、大悟さんみたいに多彩な魔法を使えるわけでもない。カイト君のようになにか特別な力だってないんだ。あの中で俺が1番弱いって俺自身がよくわかっていることなんだ」
1番弱いか。別にそんなことはないと思うけどなあ。
「幸弥。聞いてくれ。別に俺はお前が弱いとは思っていないぞ。幸弥だってちゃんと戦力になっているじゃないか。大悟さんを助けられたのも幸弥。お前が行動してくれたおかげだ」
斯波さんは1人で大悟さんを助けにいくつもりだった。その時に幸弥が自分もついていくと言わなかったら雑魚相手に斯波さんの時間を削られるところだった。
そうしたら、大悟さんの救出に間に合わなかった可能性もある。
「でも、斯波さんはあの時、俺を置いていこうとした。斯波さんにとってあの時の俺は足手まといにしかならなかった」
「まあ、そりゃマーダーマシン戦を想定した場合はそうだけど……」
そうか。あの時、幸弥は斯波さんに置いていかれそうになってかなり精神的にダメージをおってしまったんだな。
そうは見えないように振る舞っていたけれど、そこで幸弥は自分は足手まといだと心の中で思ってしまっていたのか。
斯波さんの立場からしたら、大悟さんですら苦戦をする強敵相手に幸弥を連れていけないって判断するのはわかる。でも、それが幸弥を戦力外だと言っているようなものだと感じてしまったんだ。
「斯波さんと比較して見劣りするっていうのも酷な話だ。斯波さんだって長年ダンジョン配信者として活動してきたキャリアがある。そう簡単に追いつける相手じゃない」
「それはわかっている。けれど、俺はこのままのペースで本当に斯波さんに追い付けない……間近で見ているとわかるんだ斯波さんの凄さが」
たしかに幸弥は1番近いところで斯波さんの活躍を見ている。だからこそ、俺には伝わり切っていない斯波さんの凄さもわかるんだろう。
幸弥はかなり自信をなくしてしまっているようである。初心者だったはずの池澤さんがいきなり強くなったのも影響しているだろうな。
同期に天才がいたからこそ感じる苦悩ってやつだろうか。幸弥と同じくらいの実力の人間がいれば、まだ話は変わってくるだろうけど。
「とにかく俺は強くなりたい。ダンジョンに潜れないって言うんだったら、1人だって特訓して見せる」
「特訓? どうやって?」
「そりゃ……素振りとか? 俺は刀を使っているし」
随分と漠然としているな。まあ、やらないよりかは良いのかもしれないな。
「とにかく幸弥。この事務所が設立した経緯を思い出せ。俺はお前に死んでほしくない。美波だって同じ気持ちだ。だから、俺はお前を死なせないためにこの事務所を立ち上げた」
幸弥が黙り込む。でも、俺は続ける。
「そんなお前が功を焦って死んだら、俺はどうすればいいんだ? お前はある意味で俺の生きる希望になってくれた男だ」
両親が亡くなって、俺は死んだも同然の生活を送っていた。生きることは前に進むこと。それを教えてくれたのは間違いなくこいつだ。
幸弥がいなかったら、俺はまだ部屋に引きこもって両親の遺産を食いつぶす生活をしていたかもしれない。
「幸弥。俺はお前のことを足手まといだとは思っていない。お前も立派な戦力だ。お前がいなくなったら困るんだよ」
「う、うーん……でも……俺だって自分だけのなにかを見つけたい。じゃないと、俺がみんなの中にいる資格がないように思うんだ」
結局のところ、幸弥の考え方次第というわけか。斯波さんも大悟さんも池澤さんも、幸弥のことを嫌っているわけがない。
少なくとも俺の目には人間関係が悪いようなメンバーには思えない。
でも、幸弥が弱い自分のことを嫌っているんだ。だから、今こうして悩みを抱えてしまっている。
自分だけにできること。オンリーワンの資質。それがあれば自信につながるというのは正しい。
みんなが秀でたものや特別ななにかを持っている集団の中で、自分だけが何もない状況って言うのも辛いものがあるだろう。
幸弥が今感じている焦燥感もそこから来ているんだ。
これは周りがいくら励ましたところで、本人が変わらない限りはどうしようもない。マインドが変わるか、特別な何かを身に着けるか。
だから、言ってしまえば俺にできることは何もないってことだな。なんとも歯がゆい。
気休め程度に励ますことはできても、結局自分を変えられるのは自分だけだ。他人に自分を変えてもらうなんてことはできない。
でも……俺は……
「俺は信じているぞ幸弥」
「え?」
「お前なら、きっと強くなれる。そして、自分だけの強みも身に付けられると」
俺には仲間を信じることしかできない。ダンジョンに一緒に潜ることはできないけれど、それ以外のサポートだったら惜しまないつもりだ。
「そうだ。幸弥。こういう時こそ他人の配信を見てみるのも良いんじゃないのか?」
「え?」
「よく言うだろ。見て覚えるっていうか。例えば幸弥と同じく刀使いの配信者の動きを参考にするとなにか見えてくるものがあるかもしれない」
俺は思いつきのことを言ってみた。特に深い考えがあったわけでもない。しかし、幸弥の顔がみるみる内に明るくなる。
「あ、確かに。それだ! さすが瑛人君! 頭良い! 天才! それだ!」
幸弥のテンションがやけに上がってきた。まるでどうしようもなく行き詰った状況で、天から救済の蜘蛛の糸が垂れてきたかのように。
「ダンジョンに潜ってない時でもやれることはあるな。ありがとう。瑛人君に相談して良かった」
幸弥は俺の手をがしっと握ってきた。
「お、おう。まあ、お前の役に立ててなら良かったよ」
これで幸弥がなにかを見出してくれると良いんだけど、どうなるかな。
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