第24話 才能の片鱗

 結局、池澤さんの素質と性格の不一致な問題は解決しないまま、次のダンジョン配信の時間になった。


 今日もいつも通り、幸弥、斯波さん、大悟さん、池澤さんのレギュラーメンバー4人でダンジョンに挑むことになった。


 配信がスタートして、いつも通り挨拶をしてからみんながダンジョンの探索し始める。


「今日こそは目立ってみせる!」


 池澤さんはやはりそう意気込んでいる。しかし、補助魔法で目立つような活躍はできるのだろうか。それとも、目立たなくても納得してもらえればそれでも良いんだけれど……


「モンスターが来たぞ!」


 大型の狼のモンスターがやってきた。対抗は幸弥の背と同じくらいでかなりでかい。銀色の毛を逆立てて狼が吼える。


「こいつはクロムロボという名前のモンスターだ。かなり手強いぞ」


 斯波さんが槍を構えてクロムロボと応戦しようとする。


「幸弥君。こいつの牙と爪はかなり殺傷能力が高い。油断するんじゃないぞ」


「はい!」


 幸弥も刀を抜いてクロムロボに立ち向かおうとする。


 クロムロボが爪で2人を引っ掻こうとする。2人はその攻撃を避けた。


 ガギィと爪がダンジョンの床を削る。


「うわ、岩を削りやがった。相当なパワーですね。でも、先手必勝!」


 幸弥が刀を振るいクロムロボに攻撃を仕掛ける。クロムロボの左前脚に幸弥の刀による一撃が入る。


:やった!

:前脚を封じれば爪での攻撃も防げる!


 クロムロボは後方に後ずさりをする。幸弥の一撃で怯んでいるようである。攻撃を受けてぐるううと唸り声をあげて幸弥を睨みつけている。


「うわ。こいつ……俺を狙いに来ているのか?」


 幸弥がクロムロボの視線に気づくとクロムロボは一気に幸弥に飛び掛かってきた。


「う、うわあ……!」


 幸弥はクロムロボに押し倒されてしまう。ゴツンと幸弥がダンジョンの床に頭をぶつける。


「い、いてえ……」


「幸弥君!」


 斯波さんが幸弥を心配して声をかける。すぐさま斯波さんは槍を構えて突進をした。クロムロボの胴体に槍を突き刺そうとする。


 クロムロボはそれに気づいてサッと飛びのいて斯波さんの攻撃をかわす。そして、かわすついでに斯波さんに向かって引っ掻き攻撃をくらわせた。


「うぐぅ……」


 斯波さんは右腕を引っ掻かれて負傷してしまった。腕を抑えてかなり痛そうにしている。


:うわあ

:相手のスピードがかなり速いね

:斯波さんと幸弥君のコンビでも倒せないの?


 コメント欄もざわつき始めている。ここまで強いモンスターがこのダンジョンに潜んでいるとは完全に俺の中では想定外であった。


「斯波さん。こいつかなり強いですね。でも、名前がついているってことは目撃情報があるってことですよね」


「ああ、そうだな」


「ってことは、誰かに倒された経験があるってことですか?」


「いや……仮に配信者がやられたとしてもモンスターの映像は残る。だから、誰にも倒されていないモンスターでも名前は付けられることはある」


 斯波さんのその言葉に幸弥の顔がみるみる内に蒼くなる。


「え。それじゃあこれは」


「今まで倒された実例がないモンスターだ」


:ええええ!

:知らなかった

:そんなのがこのダンジョンに潜んでいるの?


 なんてことだ。どうする。ここで撤退指示を出すべきか? しかし、相手は素早い。撤退の隙を与えてくれるかもわからない。


「カイト君。君に1つお願いがある」


 大悟さんが池澤さんに諭すように語り始めた。


「あの2人に補助魔法をかけてやってほしい。かけて欲しい魔法は走力を上げる魔法。イダテンさ」


「え。そ、そんな。自分そんな魔法撃ったことないです」


「君ならぶっつけ本番でもできる。シュラリキだって成功させられたんだからね」


 大悟さんは池澤さんに割と無茶なお願いをしている。でも、今回ばかりは無茶を通さないとかなり厳しいかもしれない。


「頼む。カイト君の力が必要なんだ」


「う、うぅ……」


 池澤さんはなにやら悩んでいる様子である。こんな時になっても自分が目立つことを考えているのか?


「じ、自分がもし失敗したら……2人はどうなるんですか?」


「まあ、死ぬだろうね」


「え?」


「それがダンジョン配信者の宿命なんだよ。俺だってマーダーマシン戦で斯波君に命を助けてもらわなかったら死んでいたかもしれない」


 大悟さんは淡々と語っている。池澤さんは死という概念が身近に迫ってきて震えだしていた。


「そ、そんな……」


「ダンジョン配信は遊びじゃないんだ。みんな命がけで挑んでいる……まずい! フウジン!」


 大悟さんが魔法を使った。大きな風の塊を飛ばしてそれをクロムロボにぶつけた。


「ぐるう」


「あ、危なかった……」


 幸弥は喉元を噛まれそうになっていた。もし、大悟さんのアシストが間に合わなかったら幸弥は今頃無事では済まなかった。


:あぶねえ

:大悟さんがいなかったらやられてたな


「2人共、相手の速さに対応できていない。だから、補助魔法が必要なんだ」


「プレッシャーとか言っている場合じゃないですよね。わかりました。自分やります」


 池澤さんは決意をしてクロムロボをまっすぐと見据えた。


「イダテン!」


 そして、魔法を使おうとする……しかし。


「う、うわ。自分の脚が速くなってしまいました」


「失敗か。でも良い。魔法自体は成功している。それを1人ずつかけるんだ」


「2人いっぺんにはかけられないんですか?」


 池澤さんの質問に大悟さんは首を横に振った。


「残念ながら今のところ全員に補助魔法をかける方法は見つかっていない。他人にかける場合は1人ずつにしか無理なんだ」


「あ、だから失敗したのか。さっき、自分は2人同時にかけようとしました」


 むむ、肝心なところで意思疎通が取れてなかった。これで無駄に魔法のエネルギーや手数をロスしてしまった。


 一方でクロムロボはなにやら唸りながら構えている。


「危ない! 2人共! 避けろぉおおお!」


 池澤さんが大声で叫んだ。もう音割れするくらいに。それと同時に池澤さんの目が光る。そして、次の瞬間。クロムロボが飛び掛かってきた。その飛び掛かりの攻撃を幸弥と斯波さんがとてつもないスピードで避けた。


「!? え、え?」


「なんだこのスピードは!?」


 幸弥と斯波さんも驚いている。2人共自分の力以上の力を出せているのか? 一体どうなっている?


「い、今のはイダテン……? いや、違う。2人同時にイダテンをかけられるわけがない」


 大悟さんも驚いている。そして、池澤さんは……


「やった! できた! 無我夢中で叫んだら2人にイダテンをかけられた。よし! 2人共、このままの勢いでやってしまえ!!!!」


 また池澤さんが叫ぶ。そして、目が光った。


「食らえ!」


 斯波さんが槍でクロムロボを突いた。そうしたら、クロムロボの胴体に風穴が開いた。


「え……?」


 なぜか攻撃したはずの斯波さんが驚いている。


:斯波さんつえええ!

:斯波さんってこんなに強かったの?


「違う。これは僕の力じゃない。誰かがシュラリキをかけたんだ、でも、誰が」


 斯波さんがその場に固まってしまっている。一方で幸弥がトドメとばかりに刀を振るった。


「食らえ!」


 ザシュッ。クロムロボは斬られてその場で倒れてしまった。先ほどの幸弥が与えた一撃とは比べ物にならないほどの大ダメージである。


「俺は補助魔法なんてかけていない。ということは、カイト君が補助魔法をかけたのか?」


「え? ああ、そうみたいですね。でも、自分かけた自覚はないですよ?」


 この場の誰もが混乱している。魔法をかけられた人物もかけた当人も、まだそのカラクリに気づいていなかった。


「自分はただ無我夢中で叫んだだけで……それだけで魔法ってかけられるんですか?」


「叫ぶ……? もしかして、原因はそれかもしれない」


 大悟さんが池澤さんと視線を合わせた。

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