第12話 大悟の配信

 日曜日。大悟さんの配信がある日に、俺と斯波さんと幸弥は俺の家に集まって大悟さんの配信を見ることになった。


 たまにはこういう息抜きも必要というか、配信スケジュールをぎちぎちに詰めても配信者が疲弊するだけである。休憩も兼ねて他の配信者の動向を探りつつ、勉強するのは重要なことである。


 俺の家のリビングにある大画面のテレビに大悟さんの配信を映す。幸弥がのんきにソファにどさっと座ってテーブルの上にあるクッキーをバリバリと食べている。さすがは幼馴染というか、お互いの家に行き来していただけあって、くつろぎ具合が板についている。それに対して斯波さんは遠慮しがちに座っている。


「それにしても瑛人さんの家はすごいですね」


「そーそー。瑛人君の家はすげえ金持ちで、俺滅茶苦茶羨ましかったんですよ」


「俺がすごいんじゃなくて、父さんと母さんがすごいんですよ」


 2人とも医者だったし、それなりに給料は多くもらっていた。ダンジョンに応急手当の施設を作る前の話ではあるけれども。


「お、そろそろ大悟さんの配信が始まりますよ」


 幸弥がクッキーを食べる手を置いて画面に注目している。大悟さんがダンジョンに入ったところで配信がスタートした。


「今日もダンジョン配信をやっていきます。今日はレアな素材が取れると良いですね」


 大悟さんが爽やかな笑顔を配信画面に向ける。こうして見ると本当に華やかで品があるというか、人気が出るのもわかる気がする。でも本人はそこまで人気になることに固執してないのはもったいない気がする。


 本気で人気を狙いに行けば大悟さんならもっと多くの視聴者を獲得できるであろうと思う……と、まだまだこの業界に入って日が浅い俺の見立てではあるけれども。


「さて……早速、モンスターのお出ましだ。これはジャイアントバットだね」


 小学校低学年くらいの子供くらいの大きさがある巨大なコウモリが天井にぶら下がっていた。そのコウモリが飛んできて、大悟さんを襲おうとする。大悟さんは杖を持って、コウモリの攻撃をいなしている。


「大悟さん。どうして魔法を使わないんだろう」


 幸弥がオレンジジュースを飲みながらそんなことをつぶやく。


「使わないんじゃなくて使えないんだ。この前も説明したと思うけど、人間はダンジョンに漂っている魔力を吸収して魔法を撃つんだ。ダンジョンに入ったばかりではまだ魔力の吸収が不十分だから魔法を使えない。いくら、吸収効率が良い大悟君でもダンジョンに入りたての状況だと魔法を使うエネルギーが足りないんだ」


「あー。そうなんですね。いわゆるMPってやつは、持ち越せないってやつですか」


「その通り。ダンジョンに入りたての状況では魔力吸収効率が良くて、脆いタイプは立ち回りがキツいからね。頭を使いながらなんとか計画的に立ち回らなきゃ辛いタイプだ」


 魔力吸収効率が悪くて硬いタイプは序盤、中盤にかけてそこまで戦闘スタイルが変わるわけでもなくて安定しているのか。


「幸弥。良かったな。魔力吸収効率が悪くて硬いタイプで」


 幸弥はそこまで頭が良くないから、大悟さんのようにうまく立ち回るなんてことはできないだろう。


「ん? なんで? 魔法使えたほうがかっこいいじゃん」


 嫌味を言われたことに気づいていない。そういうとこだぞ。お前本当に。


 幸弥に構っている間に大悟さんがジャイアントバットと激闘を繰り広げていた。空を飛ぶ相手に攻撃が当たらずに苦戦しながらも確実に杖で攻撃を防いでいく。


「でいや!」


 敵が攻撃を仕掛けるそのタイミング。そこで大悟さんがジャイアントバットの頭に杖をぶち込んだ。ゴツンと激しい音が鳴る。そのままジャイアントバットは地面へと叩き落されてしまった。


「止めだ!」


 大悟さんが杖でジャイアントバットを思い切り強打した。この一撃でモンスターは消滅して、素材としてコウモリの羽のようなものを落とした。


「あー。大悟さんの魔法見たかったのに、普通に杖だけで倒してる」


「この程度のモンスター相手に魔法を使うような人じゃないよ。大悟君は」


 斯波さんはこの状況を冷静に分析している。大悟さんのことをよく知っているのか、この戦いの結果は完全に予想の範囲内と言わんばかりの表情をしている。


:すごい!

:よく勝ったね

:大悟があんなコウモリに負けるわけないだろ


 コメント欄も大悟さんの勝利で勢いが増している。そのコメントの直後、ギィギィとなにかがきしむ音が聞こえてくる。


「なんだ? この音は?」


 幸弥も音に反応している。配信画面から聞こえてくるきしむ音。その正体が画面に現れた。


「ピィーガーガーガー……」


 成人男性ほどの大きさの人型の機械のモンスターが現れた。赤いフルメタルのボディのモンスターはさび付いている大きな斧を持っていて、それを大悟さんに向かって大きく振りかぶってきた。


「うわっ……!」


 大悟さんは大きな斧の一撃を避けた。斧は地面に突き刺さると地面をえぐり、岩を飛ばす。


「な、なんだよ! このモンスター! 強いじゃないか!」


「これはまずいな。このダンジョンにこんな強いモンスターが現れるなんて」


 斯波さんの表情が歪んでいる。ジュースのコップを持つ手が震えていてかなり渋い表情をしていた。


「斯波さん。そんなにこのモンスターはやばいんですか?」


 斯波さんは俺の問いにコクリと頷いた。


「ああ。このモンスターはマーダーマシンと呼ばれるモンスターだ。こいつの最大の特徴は……」


「ライゲキ!」


 大悟さんが杖から魔法を出す。その雷がマーダーマシンに命中するもマシンは全く効いている様子はなかった。


「ダメか……」


 大悟さんは冷や汗をかいている。斯波さんも頭を抱えていた。


「こいつの特徴は……魔法に耐性があることだ。全く効かないわけじゃない。でも、魔法が効きにくい特殊な体をしているんだ」


「そ、そんな! なんとかならないんですか! 斯波さん!」


 幸弥が斯波さんに詰め寄っている。しかし、斯波さんは幸弥から視線を反らした。


「ダメだな。大悟は魔法攻撃に主体を置いている。マーダーマシンはそれなりに強くて、あんな物理攻撃に向いていない杖じゃ倒しきれるとは限らない」


:あれ? これやばいんじゃね?

:終わったかもしれない

:こんな凶悪なモンスターが出るダンジョンにいるの!?


 そうか。コメント欄のみんなは大悟さんがどのダンジョンにいるのか知らないんだ。だから、普段はそこまで強いモンスターが出るダンジョンじゃないって知らないんだ。


「……瑛人君。大悟さんは俺たちがいつも行っているダンジョンにいるんだよね?」


「ああ。そうだ。俺が大悟さんに直接聞いたことだ」


 配信スケジュールは公開しているけれど、どこのダンジョンに潜っているのかまでは言っていない大悟さん。その大悟さんが潜っているダンジョンを伝えたのは俺しかいない。


「斯波さん! 行きましょう! 俺たちが直接行って大悟さんを助けるんです」


「幸弥君……君は残れ。行くなら僕1人で良い」


「そ、そんな……どうしてですか! 斯波さん」


「マーダーマシンは強い。大悟君ですら苦戦する相手だ。幸弥君がどうにかできる相手とは思えない」


「でも、俺だって斯波さんとチームを組んでいるんですよ! 一緒に連れて行ってくださいよ」


 幸弥は真剣な眼差しで斯波さんを見ている。いつものふざけた感じじゃない。幸弥は本気で命を賭けようとしているんだ。


「瑛人さん。幸弥君に言ってやって下さい。事務所の社長として冷静な判断とやらをお願いします」


「瑛人君! 斯波さんを説得してくれよ。俺だってダンジョン配信者なんだ!」


 なんか板挟みになってしまった。ここは冷静に考えたいところだけど……


 俺は、チラリと画面を見た。


「ぐっ……!」


 大悟さんが肩に斧の一撃を受けて苦しそうに悶えている。ダンジョンの影響で人間は硬くなるけれど、大悟さんはその影響が小さい。この猛攻にいつまでも耐えられるわけがない。


 ここで迷っている時間はない。俺が決めた答えは――


「斯波さん! 幸弥! 業務命令だ! 2人で大悟さんの救助に向かって欲しい」


「瑛人君ナイス!」


「な、なにを言っているんだ。瑛人さん!」


 俺は考えを整理するために一呼吸置いた。


「斯波さんの言うこともわかる。だから、幸弥はマーダーマシンとの戦いには極力参加しないようにするんだ。ただ、マーダーマシンのところに向かうまでの道中。モンスターと遭遇することもある。その時は、幸弥。お前がモンスターを引き付けて、斯波さんを先に行かせるんだ」


「お、俺1人で!?」


「……確かに。道中のモンスターのことまでは考えてなかった。瑛人さんの冷静な判断に助けられたか」


 幸弥の手が震えている。今まで斯波さんに頼りきりだったから1人でどうにかしなきゃいけなかもしれない状況。怖くなっても仕方ないかもしれない。


「幸弥君。大丈夫。保証する。君はその辺の雑魚モンスターには負けないくらい強い」


「そ、そうですか……?」


「時間が惜しい。斯波さん。幸弥。早くダンジョンに向かって」


「ああ。行くぞ! 幸弥君」


「ええい、こうなったらヤケだ! やってやる!」


 幸弥……頼む。死ぬなよ……!

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