第11話 勧誘

 ダンジョン配信者の大悟。本名。柳瀬やなせ 大悟だいご。年齢は25歳。これは斯波さんと同じである。


 斯波さんは一応は魔法を使えるけれど、魔法の素質というものはないらしい。一方で大悟さんは魔法の素質がある。


 今後、魔法使いタイプの配信者を雇うなら、大悟さんみたいに能力がある人間が指標としていてくれると助かる。そういう意味でも彼を仲間に入れたいと俺は思っている。


 とりあえず、事務所を代表して先日の配信に出てきたことを理由に挨拶をしてみようか。


『大悟様。お世話になっております。ダンジョン配信者事務所「シャドウスターズ」の代表の影野と申します。先日は、弊社のダンジョン配信者と交流していただきありがとうございました』


 まあ、最初はこれくらい簡単な挨拶くらいでいいだろう。ダイレクトメッセージを送信。


 それから数時間後、メッセージに既読といいねマークがついた。それだけである。


「え。これで終わり……?」


 ずいぶんとあっさりとした対応である。普通、「こちらこそありがとうございました」ってメッセージくらい送ってもいいだろう。


 いや、それは俺の考えが傲慢すぎたかもしれない。相手は人気ダンジョン配信者。それに対してこちらはまだまだ駆け出しの零細事務所。偶然、一緒のダンジョンで配信していただけで利害関係にすらない。そんな対応してもらえるとは限らないか。


 しかし、勧誘するにしても、もう少しとっかかりが欲しいものである。斯波さんの場合は父さんと母さんと知り合いだったというとっかかりがあったけれど、今回の場合はそんなものがないからどうやって勧誘の話を切り出して良いのかわからない。


 関係を築かずに勧誘するのも無謀な気がしてならない。俺はどうすれば良いんだろう。この流れで勧誘するのはさすがに変だよな。


 そんなこんなで悩んでいると幸弥からメッセージが届いた。


『大悟さんの勧誘うまくいってる?』


 いってないんだな。しかし、ここで見栄をはってうまくいっていると嘘をついても仕方ない。幸弥には正直に話すか。


『全然。うまくいっていない』


 俺はこのレスポンスの後に、現状を説明した。大悟さんに送ったメッセージを原文ママで幸弥に見てもらった。その反応も添えて。すると幸弥からまたメッセージが届いた。


『あーあ。これ、完全にダメなやつの典型だ。瑛人君って女の子をデートに誘ったことあるの?』 


 なんか煽られているような気がする。


『そんなのあるわけないだろ。こちとら、高校時代は進学校の勉強についていくのに必死だったし、卒業してからはずっと引きこもっていたし』


『あー。姉貴はカウントしない感じね。了解』


 いや、美波はカウントするわけないだろ。単なる幼馴染だろ。


『というか、今はデートとかそういうのは関係ないだろ! 相手は男なんだぞ!』


『いや、まあね。気になっている女の子を会話を途切れさせないコツみたいなの? それってビジネスの場面でも有効かなって思ったわけなんだ』


『なんだそのコツって言うのは?』


 別に女の子を誘うとかそういうのに興味があるわけじゃないけれど、大悟さんを勧誘できるヒントになるなら聞いておきたい。


『それじゃあ、基本的なことを教えるね。会話の最後は疑問文で締めること。疑問形ならば相手は返信しなくちゃいけないから会話は続くでしょ?』 


『あ、確かに……言われてみればそうかもしれないな』


 なんだか急に幸弥が大人に見えてきた。なんかすごい悔しい。


『ってか、瑛人君って今20歳だっけ?』


『ああ。それがどうした?』


『20年生きてきて彼女いたことないんだね』


『うるせえ! 放っておけ!』


 しかし、メッセージを続かせるコツはわかったものの、どうやって疑問文に繋げようか。挨拶はもうやったしな。かと言って、ビジネスとしていておきたいことなんて言われても急に思いつかない。


 俺はあくまでも企業として連絡を取っているていだからプライベートなことを訊くわけにはいかないしな。


 とりあえず、ダンジョンに入る時間帯くらいは聞いておくか。同じ時間帯に配信時間が不用意に被ることもあるし、それを見越してこちらも配信スケジュールを立てるという名目ならば教えてくれるかもしれない。


『そういえば、大悟様はダンジョン配信のスケジュールはいかほどになっておりますでしょうか? わたくし達と同じダンジョンを攻略するということは配信時間が被る可能性もあります。こちらもそれを考慮してスケジュールを組みたいので不躾ながら教えていただけないでしょうか?』 


 送ってみた。さあ、どんな反応が返ってくるか。


 しばらく、待ってみると大悟さんから返信が来た。俺は震える手でそのメッセージを開いてみた。


『配信スケジュールには日時だけで、どのダンジョンに挑むのかは基本的に非公開にしています。公開することでそのダンジョンに入りこもうとする配信者が現れることが予想されるので、それを抑制するためですね』


 たしかに、大悟さんクラスの配信者ともなれば、ワンチャンその配信に映ろうとして無名の配信者や大悟さんのファンが寄ってくるかもしれない。なるほど。そのリスクを考えてあえて挑むダンジョンを公開してないのか。そういえば、斯波さんもどのダンジョンに挑むのかは非公開にしてくれって言っていたな。そういうことか。メッセージの続きを読んでみよう。


『ですが、御社を信用して配信スケジュールを公開いたします。先日、斯波君と出会ったダンジョンでは来週の日曜日にもう一度挑もうと思っています。このことはどうかご内密にお願いいたします』


 来週の日曜日の配信か。大悟さんがSNSに公開している配信スケジュールを見てみよう。えーと……あった。13時30分からの開始だ。


 この時間帯に大悟さんがダンジョンに挑むという情報を得られた。さて、ここからどうしようか。情報を提供してくれたことにお礼を言うべきなのであろうけど、お礼と共にもう1つ質問をぶち込んでみるか? できるだけメッセージを長引かせて関係というものを築きたいからな。


 俺が悩んでいると、あることに気づいてしまった。大悟さんのチャンネルのライブ配信のアーカイブのページ。その再生数を見てみると、斯波さんと遭遇した回が他よりも再生数が突出して多い。


 俺も自社の配信ページを確認してみた。そうすると、俺たちの方でも大悟さんと遭遇した回は再生数が伸びている。


 そうか。これは使えるかもしれない。


『教えてくださりありがとうございます。ところで、大悟様とうちとコラボのご提案をさせていただいてもよろしいでしょうか。以前、ダンジョンで偶然遭遇した回の再生数が他の回と比べて多かったです。これは弊社としてお互いにとってメリットがあると考えています。どうか、ご一考のほどよろしくお願いいたします』


 さあ。どんな返事が来る。相手も再生数は欲しいはずだ。コラボに乗ってくれれば関係を築ける。


『申し訳ございません。私は法律で義務付けられているから配信しているだけであって、再生数に興味があるわけではありません。チャンネルがここまで伸びたのは偶然と言いますか、生意気なことを言えば望んでできた数字ではないのです。ですから、コラボについては今のところ考えておりません』 


 フラれてしまったな。そうか。言われてみれば、ダンジョン配信者全員が数字を欲しているわけではないのか。ただ、ダンジョンを攻略したいからっていう勢力がいてもおかしくない。ダンジョンの素材を売るだけでも生活自体はできるからな。


 むしろ、できれば目立ちたくないと思っている人がいてもなんらおかしくはない。これは、配信者を集める上でも考えなきゃいけないことだなと気づかされた。

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