第9話 初めての魔法
幸弥と飯を食った後に俺は自宅へと戻った再び、募集要項を考え始めた。
「んー……やっぱり、自由と責任。安定と浪漫。その比重って人それぞれだと思うんだよな」
ダンジョン配信者をやっている人間も絶対的に100パーセント自由と浪漫を求めるかと言えばそうではないと思う。中には、一般的な企業勤めとダンジョン配信者の中間くらいの自由と浪漫を求めているけれど、ないから仕方なくダンジョン配信者をやっている人間もいるかもしれない。
そうした人間にほどよいバランスを与えてやると飛びつく……可能性はあるな。
「しかし、それをどうやってアピールするか。それが問題だな」
俺は頭を悩ませた。とりあえず、色々と画策してみるけれど、ダメだったらダメでしょうがない。とにかく、今は少しでも可能性がある方に賭けたい。
いつまでも、幸弥と斯波さんの2人にばかり負担をかけるわけにはいかない。もう少し人員を集めて、ダンジョン配信者の事務所として力を付けて強くならなければ。
◇
「というわけで、また配信の時間がやってまいりました。シャドウスターズ所属の幸弥です」
「シャドウスターズ所属の斯波です」
「本日はこの前のダンジョンの続きを攻略していきたいと思います! 今回は俺、幸弥が主導してダンジョン内を進んでいきます」
「僕はその補佐をするという感じだね。できるだけ口出しはしないようにするけれど、もし危ないと感じたらすぐに止める準備だけはしておく」
本当に大丈夫なのだろうか。幸弥が自分が主導で動いてみたいなんて無謀なことを言い出したし。斯波さんがついているから無茶なことにはならないだろうけれど、それでもやっぱり心配だ。しばらくは斯波さん主導でいいだろとは思う。
でも、斯波さんもいい経験になるかもしれないとノリノリだったから、俺からはなにも言えなかった。
「それじゃあ幸弥君。この印に触って、そして前回、途中でつけた印の位置。そこを思い浮かべるんだ」
「はい。いきますよ……」
「どう? 幸弥君。なにか見えるかな?」
「はい。ダンジョンの様子が見えます」
「うん。周囲にモンスターはいないみたい。今が転送のチャンスだ。いくよ」
「はい」
斯波さんと幸弥はダンジョンの中に入っていった。2人の後を追うかのように撮影機材の自律カメラも消えて飛ばされていった。
「よし、後は配信画面で確認だ」
俺はスマホで配信画面を開く。そうすると2人はダンジョンの中にいた。
「またやってきましたね!」
「ああ。それじゃあ、ここを拠点にして、周囲を探索しようか」
「はい!」
斯波さんと幸弥はダンジョンの拠点付近の探索を始めた。印が近くにあるためにすぐに帰還できるという状況。あまり遠くに行かなければそんなに危険はないのか?
「そうだ! 斯波さん。俺に魔法を教えてくださいよ!」
「魔法か……この前も言ったけれど幸弥君は魔法を使えるタイプじゃないかな。魔力の流れを見ていればなんとなくわかる」
「それでも斯波さんだって魔法が使えるんでしょ」
「ん-。まあ、僕の場合は
「それでも、俺は魔法を使いたいんです!」
幸弥の目は真剣だった。それほどまでに斯波さんの魔法というやつに心を奪われてしまったのであろうか。
「わかった。それじゃあ、簡単な魔法を教える。ダンジョンから摂取している魔力。それを腕に集めるイメージをして」
「えっと……魔力の感覚がよくわかんないけどとりあえずやってみます」
「うんうん。こういうのは習うより慣れた方が早い」
幸弥は深呼吸をして集中している。その状態で斯波さんが幸弥の腕に手を触れた。
「ここの上腕二頭筋に集まったエネルギーを一気に爆発するイメージをして」
「はい!」
幸弥の腕がぶくっと膨れた。
「お、おおお! これは一体!」
「これがシュラリキの魔法。筋力を一時的に増大させる魔法だよ」
「えー。もっと派手な魔法の方が良かったな。炎とか雷とかバンバン撃つような」
「その魔法は難しいから一朝一夕で身に付くようなものじゃない。もっと、練習が必要かな」
「そうなんですねえ」
幸弥は唇を尖らせている。どうも斯波さんが使っていた魔法が使いたかったようである。
:すげえ。いきなりシュラリキを成功させるなんて
「え? ちょ、コメント見たんですけど、いきなり魔法を成功させるのってもしかして凄いことなんですか?」
「そうみたいだね……」
:すごいなんてもんじゃない。普通は何十回って試行錯誤が必要なのに
:俺なんてまだシュラリキの魔法を使えないというのに
「へー。そうなんだ」
斯波さんはコメントを見て目を丸くして驚いている。
「え? 斯波さん。知らなかったんですか?」
「いや、僕も一発で魔法を成功させていたから……てっきり、それが普通かと思っていた」
しれっととんでもないことをぶっこんできた斯波さん。確かに斯波さんは地域でも最強のダンジョン配信者だからそれでもおかしくない。
でも、意外なのは幸弥だ。斯波さんと同じく一発で魔法を成功させている。もしかして、こいつ……斯波さん並の才能があるんじゃないのか?
幸弥のとんでもない才能の片鱗が見えたところでコメント欄がざわつきはじめる。
:もしかして、幸弥も斯波並に将来的に強くなるんじゃね?
:期待の新人ってやつか?
:そりゃそうだろ。わざわざ斯波さんが教えているくらいだ。才能を見出しからに決まっているだろ
才能を見出したというか、本当に偶然だった。幸弥はスカウトされた立場じゃなくて、立ち上げ人の1人なのだ。才能を見出すもなにもない。
その時だった。ゴロゴロと雷のような音が配信画面に響いた。
「な、なんだ。この音は……」
幸弥が音に反応して石斧を構えている。斯波さんは冷静に周囲を見回して状況を把握しようとしている。
「こっちから聞こえてくる。どうする? 幸弥君。怖いのなら帰るか?」
「冗談言わないでください。音がする方に行きましょう」
斯波さんと幸弥は音がする方向に向かって行った。
:なんだろう。気になる
:これは配信から目が離せない
視聴者というものは勝手なもので、配信者の危険よりも好奇心の方が勝ってしまう。ここでもし、斯波さんたちが逃げ出す選択をしていたら視聴者は離れていたことだろう。やっぱり、こういう時に見たい光景を見せられるかどうかで配信者としての格は決まってしまうのかもしれない。
ダンジョンの通路の突き当り。そこを右に曲がった先に大広間にでる。大広間には、1人の金髪の青年が巨大な四足歩行のトカゲと対峙していた。
トカゲの体高は2メートルほどでかなり大きくて爬虫類が苦手な人からしたら卒倒する光景であることには間違いない。
「う、うわ! ドラゴンだ!」
「いや、違うよ。幸弥君。あれはただのトカゲのモンスター。ドラゴンはこんな生易しいもんじゃない」
青年は斯波さんたちには目もくれずに杖を持ち、その杖でトカゲを叩く。しかし、トカゲのモンスターはまるで効いていない。
トカゲのモンスターは反撃と言わんばかりに前足を振り下ろす。青年はその攻撃を避けた。
トカゲの前足はダンジョンの床にぶつかる。グギャンと音と共に地面が割れる。この前足の一撃を食らったらタダじゃすまない。そう思った時、配信を見ている俺に緊張が入った。
「くっ……ならば。もう1度。俺の雷を食らってもらおうか!」
青年の杖から雷が発生してトカゲのモンスターにぶち当てる。先ほどのゴロゴロとした音と全く同じ音が配信画面から聞こえてくる。
「ぐぎゃあああ!」
トカゲのモンスターは黒焦げになり、その場に倒れてしまった。倒れる際にドスンと大きな音を立てる。トカゲは白目を剥いてもう動かない。しばらくするとトカゲは消滅していって、素材としてウロコを落とした。
「つ、つええ……」
幸弥はただ呆然と立っているだけだった。
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