第8話 配信終了後

 斯波さんと幸弥の配信が終わった後、俺は幸弥と一緒にファミレスで飯を食うことにした。


 もちろん、俺のおごりと言うか打ち合わせ名目で経費で出すんだけど。


「いやー。悪いね。瑛人君。おごってもらっちゃって」


「まあ、その辺は大丈夫。経費でなんとかするというか。その代わりちゃんと打ち合わせはするぞ」


「はーい」


 幸弥はタッチパネルで料理を注文していく。その間に俺は今日の配信中に起こったことを振り返っていた。


 俺が今回の配信で最も印象に残っていたこと。それは幸弥がモンスターに止めを刺す時に躊躇していたことだ。


 俺だって、いきなり姿形がウサギのモンスターを狩れと言われたら躊躇してしまう。人間は誰しも加害性を秘めているとは言うが、それでも現代日本に生きている俺たちにとっては、残虐性を秘めた加害とは無関係に生きてきたものだ。


 いきなり哺乳類に近い生物の命をあやめるなんて俺は想像したくない。


「幸弥。その大丈夫か。飯食えるか?」


「え? なんで?」


「あー。いや、別に……幸弥が気にしていないって言うんだったら良いんだけど……お前、モンスターを結構な数殺しただろ」


 俺のその言葉に幸弥の指がピタっと止まった。そして、タッチパネルを置いて神妙な顔をする。


「あー。そのことか。うう、今思い出しても、ちょっと吐き気が……」


「お、おい。大丈夫か。幸弥」


「う、うん。飯食う前で良かった。食った後なら吐いていたかもしれない」


「わ、悪かった。嫌なことを思い出させてしまって」


 俺としては幸弥のメンタルケアのようなものをしたかったけれど、どうやら逆効果になってしまったようである。幸弥としてもできるだけ意識しないようにして、忘れようとしていたのに変に思い出させてしまったようだ。


「いや、大丈夫。瑛人君は悪くない。俺の精神が未熟なだけだ」


「うーん……それでも俺は余計なことを思い出させてしまったから……」


「平気平気。むしろ、ちょうどいい機会だ。ちゃんと慣れるためにも、忘れているフリをするんじゃなくて、きちんと向き合った上でなんとかしないと……ダンジョン攻略中に飯を食うなんて状況もあるし、その時に直前にモンスターを殺したから飯を食えませんなんて言えないからね」


「幸弥……お前その辺ちゃんと考えていたんだな」


 俺は素直に感心した。昔のイメージと言うか、こいつはいつも調子のいいこと言って考えが浅いところがあった。


 でも、幸弥もいつまでも子供じゃない。しっかりと大人になって、いっぱしの男になりつつあるんだ。


「すごいな……幸弥。最初はお前をそのままダンジョンに向かわせたら死ぬかと思っていたけれど、お前だったら最初から俺がいなくてもやっていけたかもしれない」


「い、いやいや。何言ってんの。瑛人君。俺だって、瑛人君が連れてきた斯波さんに助けられてんだよ。斯波さんがいなかったら、俺多分最初の配信でなにかやらかして退場していたかもしれない」


 まあ、それは否定できないかもしれない。それだけ斯波さんの安心感というか頼りになる大人という感じがすごい。


「お待たせしました。こちら鶏肉のシチューです」


「あ、ありがとうございます」


 幸弥は店員から運ばれてきた料理を受け取った。鶏肉のシチュー。切られたバゲットも添えられていて、見ているだけでうまそうだった。


「あ、俺も注文しないとな」


 俺はタッチパネルで料理を注文した。シチューに対抗して、俺はハンバーグステーキだ。


「ねえ、瑛人君。俺、この手に入れた素材をどうしよう」


「まあ、その素材は一旦こちらで預かる。幸弥の装備として使用できそうなら加工業者に装備に加工するように頼むし、そうでないなら素材をそのまま売却する。どうせ、幸弥はそういう販路とか持ってないだろ?」


「うん。そうだね」


「お前、それでよくダンジョン配信者になるとか言い出したな。素材の販路をどうするつもりだったんだよ」


 と言っても、俺も斯波さんに紹介してもらっただけで、まだ直接的なコネはできていない。これから、俺独自のコネも育てていったり、作っていったりしなくてはならない。


 新規のダンジョン配信者もそういう業者とのコネを獲得するのに苦労すると言われている。俺が事務所単位で強固なコネを作ることができれば、ダンジョン配信者にとってもそれはプラスになることであろう。


「それじゃあ、素材を渡しておくね」


 幸弥は俺に素材を渡してきた。モンスターを倒して手に入れた素材だ。宝箱の素材は斯波さんが持っている。これも後で彼から素材をどうするか相談しておかないとな。なにせ、もう彼も個人勢ではない。事務所所属なので素材の扱いも自由にはできなくなる。


 そう考えると斯波さんには悪いことをしたなと思ってしまう。彼の自由な行動を奪ってしまったんだ。


 斯波さんは既に十分ダンジョン配信者として活躍している。俺の支援なんか必要としてないくらいだ。むしろ、俺たちが支援をしてもらっている立場だ。


「はあ……」


「ん? どうしたの? 瑛人君」


「なんか落ち込むなって。俺はまだ斯波さんになんのメリットも与えられていない。今のところ、俺の存在が斯波さんの枷になっているというか」


「それは仕方ないんじゃない? 瑛人君だって、社会人経験とかないわけだし、誰かのお世話にならないと成長できないよ」


「まあ、それはそうなんだけどさ。せっかく、事務所を立ち上げたのにそこに所属している配信者におんぶにだっこというのも気が引けるというか……」


「斯波さんはそういうの気にしそうにないと思うけどな」


「うん。いつまでも斯波さんの優しさに甘え続けるつもりはない。俺だって、いつかは斯波さんのサポートができるようにがんばらないと」


 俺は決意を新たにまっすぐ目を見開いた。目標は斯波さんにおんぶにだっこじじゃなくて、俺が、シャドウスターズの事務所が斯波さんの強みになることだ。


 そうすれば、きっと斯波さんに対しても恩返しができるというものだ。お互いがお互いを支え合うような関係じゃないといつか破綻はたんするのは目に見えているからな。


「お待たせしました。こちらハンバーグステーキです」


「ありがとうございます」


 アツアツの鉄板にハンバーグステーキが乗っている。付け合わせのにんじんとポテトもうまそうだ。


「ところで、瑛人君」


「ん?」


「しばらくは俺と斯波さんの2人体制でやっていくの?」


「あー。それなんだけどねえ。俺も新しい配信者を探してはいるんだけど、中々良い人材というか、事務所に入っても良いって配信者が見つからなくてね」


「んー。わかる。俺も正直、瑛人君だから付き合ったようなものの、自由になりたいからダンジョン配信者をやっているのに事務所所属だとなんか窮屈かなって」


「おいおい。正直にぶっこんできたな」


「えー。でも、ダンジョン配信者って基本的にそういう考えの人多いと思うよ。自由気ままに行きたいからこの仕事始めた人もいるし、一攫千金を狙っている人もいる。安定を求めてやる人は少ないんじゃないかな」


「まあなあ。事務所に入るとある意味で安定だけど自由は奪われてしまう」


「まあ、その辺のバランスだよねー」


 幸弥はわかった風な口を利いている。でも、今回ばかりは実際にダンジョン配信者を目指して始めた幸弥の意見は参考になる。


「じゃあ、幸弥だったらどういう事務所だったら入ってみたいと思う?」


「んー。やっぱり、俺は自由気ままに行きたいから、自由にやらせてくれるところがいいな」


「事務所は組織なんだぞ。組織である以上は自由に制限がかかるのは仕方のないことだ」


「あー。自由と責任ってやつ。そう考えるといざって時に責任取ってくれる後ろ盾があると心強いってのはあるかも」


「あー。個人だと責任が全部個人にのしかかるからな。そこの視点は抜けていたな」


 意外に参考になる意見が出てきた。自由と責任の比重。それを明確にしてアピールすると結構良いのかもしれないな。

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