第7話 チュートリアル

 先ほどまでウサギのモンスターがいた地点に毛皮が落ちていた。


「これは……なんですか?」


「ダンジョンウサギの毛皮。素材の1つだ。この素材の所有者はこのモンスターを倒した幸弥君にある。遠慮なく拾うと良い」


 幸弥は堕ちている毛皮を拾ってそれをポーチの中に入れた。


「これって止めを刺した人がその素材の所有者になるんですか?」


「いいや。そんなことはない。そのモンスターに一撃でも入れていれば、その人にも所有権はある。実は所有権は複数人持つことができるんだ」


「え? そうなんですか? てっきり、1人だけのものかと思っていました」


「所有権が複数になっている素材は、その全員が共有して使うことができる。複数人でダンジョンに潜る時はできるだけ素材は共有状態にしておくと良いかもしれない」


「じゃあ、この毛皮を使って装備を作ったら、本来なら俺しかその装備をダンジョンに持ち込めない。けれど、もし、さっき斯波さんが一撃でも与えていたら、俺と斯波さん。2人に装備を持ち込む権利があるってことですか?」


「そういうこと」


 幸弥がうんうんをうなずいていて、きちんと斯波さんの言うことを理解している様子だ。


「それじゃあ、先に進もうか」


「はい」


 斯波さんと幸弥はダンジョンを進んでいく。そうすると目の前に宝箱があった。


「斯波さん! 宝箱があります」


「ああ。ちょっと待って。この宝箱は……罠は仕掛けられていないようだな。宝箱の中にも素材は入っている。原則として宝箱を開けた人間にその所有権はある。しかし……幸弥君。宝箱に触ってみて。開けなくていいから」


「あ、はい」


 幸弥は宝箱に触れる。その状態で斯波さんが宝箱を開けた。


「こうやって開けた瞬間に宝箱に触れていた人間にも素材の所有権を得ることができる」


 斯波さんは宝箱の中にある小瓶を手に取った。その小瓶の中には砂が入っている。


「これは……天の砂だね。中々にレアな素材だ。幸弥君が持っていてくれ」


「は、はい」


 天の砂。それが斯波さんと幸弥が共有して所有権を持っている。コメント欄も見てみようか。


:宝箱の仕様ってそうだったの?

:モンスターの所有権は知っていたけど、宝箱は知らんかった

:えー。勉強になるなー


 斯波さんの教えは幸弥だけでなく、視聴者にも役立っているようである。これは良い傾向だ。こうして、役に立つ攻略情報を流すことでシャドウスターズの視聴者数が増えるかもしれない。


 狼のモンスターが配信画面に映し出された。それに気づいた斯波さんが幸弥の前に手を差し出した。


「あのモンスターは強い。その石斧では心もとない。だから、僕がやる」


 斯波さんは槍を手にして狼のモンスターに近づいていく。狼のモンスターも斯波さんに飛び掛かり、戦闘が始まる。


「ハァ!」


 斯波さんが槍で飛び掛かってきた狼を払う。狼は後方に吹き飛んでしまう。しかし、華麗に着地を決めて「ぐるうう」と低い唸り声をあげる。


「行くぞ!」


 斯波さんが槍で狼の頭をゴツンと叩いた。狼はその一撃で怯んで足取りがおぼつかなくなる。その瞬間に斯波さんは狼に向かって槍を突き刺した。


「ぐるわぁあああ!」


 狼はそのまま、消滅してしまい、素材である牙を残すだけだった。


「す、すげえ……斯波さんつええ」


 幸弥は斯波さんの実力を目の当たりにして呆然としている。ライブ配信の画面越しで見ている俺ですら圧倒されてしまうほどの実力。生で見ている幸弥ならその迫力をよりリアルに感じているはずだ。


:斯波つええ!

:これを見に来た

:やっぱり、上級者の動きを見るのが1番面白い


 コメント欄も斯波さんの活躍に盛り上がっている。やはり、というか斯波さんは人気というか華がある。実力もそうだけど、ビジュアルも良い方だし。


 斯波さんは狼が落とした牙を拾い上げて、目を凝らしてみている。


「牙の質は……ハズレだな」


「ハズレ?」


「同じモンスターでも取れる素材に差がある。質の良い上位素材と質が悪い下位素材があるんだ。これは下位素材というわけ」


「なるほど……」


 その後も斯波さんと幸弥のダンジョン探索は続いた。


 基本的に弱いモンスターは幸弥が処理をして、幸弥じゃどうしようもないモンスターが出た時は斯波さんが対処する形となっている。


 斯波さんが強力なモンスターと対峙している時、斯波さんの左手が赤く光った。


「し、斯波さん。その手は一体……」


「幸弥君。よく見ておくと良い。ダンジョン内に溢れている魔力。人間はダンジョンに入った瞬間から、少しずつそれを取り込んでいる。その取り込んだ魔力をこうして一か所に集中して放つと魔法が使えるんだ!」


 斯波さんの手から炎の玉が出た。その玉がモンスターに命中して焼き尽くす。モンスターは消滅して素材を残した。


「す、すげえ。斯波さん! 強すぎですって! 必殺技みたいでかっこいいです。俺も使ってみたいです!」


「必殺技か。さっき言った魔力の取り込む吸収効率は人によって差がある。僕も君も吸収効率はそんなに良い方じゃないんだ。だから、僕たちは頻繁に魔法を使えるタイプではないね」


「そうなんですか?」


「ああ。今の魔法だってダンジョンに入ってからかなり経過していたから使えるようになっただけ。魔法使いタイプならもう少し早い段階で撃てただろうけどね」


「なんか悲しいです。俺も魔法バンバン撃ってみたかったです」


 幸弥が落ち込んでしまっている。しかし、斯波さんは幸弥に微笑みかけた。


「大丈夫。実は、魔力の吸収効率が低い方がダンジョン内で体が頑丈になりやすいんだ。だから、敵の攻撃をより多く受けても大丈夫。だから、僕は君にモンスターの攻撃を受けさせていたりしていたんだ」


「そうなんですか。でも体が頑丈になるより、派手な魔法を使ってみたかったです」


:魔法が苦手な戦士は頑丈で、魔法使いは脆いみたいな感じなんかな

:斯波さんは魔法タイプじゃないのに、魔法の威力がすごいのもヤバイところなのよ

:まあ、吸収効率と魔法の威力の“直接的な”相関はないからね


「さて、今日はこれくらいにして、そろそろ戻ろうか」


「はい」


 斯波さんはダンジョンの床になにやらチョークのようなもので印をつけている。


「なにしているんですか?」


「チェックポイントを作っているんだ。これをしておくと次回の印で転送される時にここに転送されるようになる。ほら、幸弥君もこの印に触って」


「はい」


 幸弥が斯波さんが描いた印に触れる。すると印が青白く光った。


「これで幸弥君も登録完了だ。この印は描いた本人にしか消すことはできない。誰かがイタズラで消すなんてことはない」


「それは安心ですね」


「次回の探索はここからだ。それじゃあ、今度こそ戻ろうか。この印にもう1度触れてみて」


 幸弥が印に触れる。


「その状態でイメージしてみて。ここに来る前の光景を」


「えっと……」


「ダンジョンの入口の印を思い浮かべるんだ」


「うーん……わわ!」


 次の瞬間、幸弥の体が光って消えてしまった。


「じゃあ、僕も」


 斯波さんも印に触れてダンジョンから抜け出した。


 ダンジョンから帰還した斯波さんと幸弥。ダンジョンの入口の印のところに立っている。撮影機材も一緒についてきた様子だ。


「というわけで、今回のダンジョン配信はここまでです。僕が最後に使ったこのチョーク。これは1つのダンジョンに1回だけ印がつけられるもので、いわゆる中間地点を付けることができる便利アイテムです。結構、値が張るけれどこれがあるのとないのとでは探索効率、生存率、共に変わってくるのでケチらずに買いましょう」


 斯波さんがチョークの宣伝をしている。たしかに帰還できる中間地点があるのとないのとでは難易度に相当の差が出ると思う。素人の俺でもなんとなくわかる。


「幸弥君。初めてのダンジョン配信はどうだった?」


「えーと……まあ、ちょっと怖かったけれど、まあやれそうな気はします」


「そうか。それは良かった。それではみなさん。また会いましょう。お疲れ様でしたー」

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