第6話 初めてのモンスター討伐
俺のスマホ画面に斯波さんと幸弥の配信が流れてくる。
岩肌に囲まれた洞窟。洞窟内は太陽が届いていないのに不思議と明るくて照明を持つ必要がない。
さあ、始まった。最初のダンジョン配信が。
「こんにちは。シャドウスターズ所属のダンジョン配信者の斯波です」
「どーも! こんにちは! 初めまして! 俺は将来のビッグスターの幸弥です。よろしくお願いします」
幸弥が元気よく挨拶をしている。今回は斯波さんによる初心者育成講座ということでかなり注目されている配信だ。幸弥。頼むから変なことはしないでくれよ。
「今日の企画はダンジョン初心者にダンジョン探索のあれこれを教える配信となっています。今回は初心者役として、本当に今回が初めてのダンジョンアタックの幸弥君を呼んでいます」
「斯波さん。俺をただの初心者だと思ってもらっては困ります」
「ほう……と言うと?」
「初心者の中の初心者! 本当に何も知らない超初心者です!」
「威張って言うことではないかな。まずはダンジョンの基本を確認しましょう。ダンジョンは基本的に近代兵器を持ち込むことができない。そのため、銃でモンスターは瞬殺だと言うことは不可能ですね。理屈は解明されていないけれど、ダンジョンの前の印に触れると原始的な武器以外は弾かれるようになっているようです」
「そうなんですか?」
「しかし、物事には例外というものがあります。例えば高度な製鉄技術を要する日本刀や包丁なんかはギリギリ持ち込むことができないものです。しかし、ダンジョンで取れた素材を使用したものであればそのルールをすり抜けることができるらしいんです。極端な話ダンジョンで持ち帰った素材を使えば銃すらも許されると考えられているわけですね」
「なるほど。それじゃあ、素材を買いこんで武器を作ってもらったり、既製品の武器を買えば楽にダンジョンを攻略できるというわけですね」
「ところがそういうわけにもいかないんだ。なぜなら、素材には所有者が誰か。そういう記憶みたいなものがあるんだ。基本的にダンジョン内で素材を使用した武器を使うには自分で集めた素材でなければならない」
「ええ! それじゃあ、俺が斯波さんの装備のお下がりをもらうことはできないってことですか!?」
「うん。だから、幸弥君にはこれを渡すよ」
斯波さんは石製の斧を幸弥に渡した。
「この辺のモンスターならば、この雑に作った斧だけでも十分通用する。この斧を使って色々な素材を集めて、装備を作ると良い」
「そ、そんな……それじゃあ、俺は斯波さんみたいに強い装備を使えなくてこの石斧だけで敵を倒さないといけないってことですか?」
「その通り。でも、幸弥君も自力で素材を集めれば僕みたいな装備が作れるようになる。だから悲観する必要はないさ」
「なんだ。それなら、大丈夫です。なにせ俺だから強いモンスターを倒して強い素材をゲットしてすぐに最強のダンジョン配信者になってみせますよ」
幸弥が調子いいことを言っている。でも、この調子の良さが斯波さんの相手役としては丁度いいリアクションをしてくれている。
「でも、斯波さん。1つ質問いいですか?」
「ああ。構わないさ」
「だとしたら、どうしてダンジョンの素材は売れるんですか? 自分しか使うことができなかったら素材としてなんの意味もないじゃないですか」
「いい質問だね。所有者が自分以外の素材で作った装備をダンジョンに持ち込むことはできない。他人が所有者登録した素材の装備は持っているとダンジョンの入口の印に弾かれる。所有者は最初に登録されたら“原則として”上書きすることができないからね。でもね。ダンジョンの外ならばその影響は受けないんだ」
「あ、そうか。だから、ダンジョンの外では素材を使った商品が売られているんですね」
「その通り。あくまでもダンジョン内に持ち込むことができないって制限だからね。だから、僕が持っているこの装備はダンジョンの外ならば幸弥君でも使用することができる。その他にもダンジョン内に他人所有の素材を持ち込むことができる裏技はいくつかあるけれど、それはまた後で話そう」
「え? 今話してくれないんですか?」
「幸弥君。前を見て。もうモンスターが俺たちに気づいたみたいだ」
「え? あ、本当だ」
斯波さんが指さした方向にはひたいに角が生えたウサギがいた。ウサギと言うには大きすぎる。小型犬くらいのサイズはある。
このウサギは見るからに凶暴で目が鋭くて牙も生えている。ウサギ好きの子供がこんなウサギを見たら泣くであろう風体をしている。
「幸弥君。この程度のモンスターなら君でもやれる。さあ、君の実力を見せてくれ」
「え。じ、実力を見せてくれって言われてもあの角に刺されたら死にますよね……?」
調子のいいことを言っていた幸弥でも実際の戦闘になると怖気づいてしまっているのか顔が真っ青になっている。
「大丈夫だ。人間の体はダンジョンにいる時は少し頑丈になる。あの程度の角、幸弥君なら防げるはずだ」
「そ、そんなこと言ったって……」
ウサギがぴょんぴょんと跳ねて距離を詰めてくる。狙っているのは幸弥である。幸弥は石斧を震える手で振り下ろした。
「でやあ!」
しかし、大振りの石斧はウサギには命中しなかった。幸弥は距離感を間違えてウサギの手前で石斧を振ってしまったのだ。
「しまった!」
ウサギがユキヤの懐に潜り込んで、幸弥の腹に向かって角で突進をしかけてくる。
「ぐばぁ……!」
幸弥が突進されて後方に吹き飛んだ。それを背後にいた斯波さんがキャッチをして衝撃を和らげた。
「幸弥君。大丈夫か?」
「あ、はい……角で刺されて鋭い痛みはあるのに、傷はついていない……どうして……」
「それはダンジョンには魔力というものが立ち込めている。その魔力は人間にも恩恵を与えてくれて、体を頑丈にしてくれるんだ。この魔力の使い道は他にもある。幸弥君がダンジョンに慣れてきたころにまた教えようか」
「は、はい」
「まずはあのウサギをきちんと倒さないとな」
斯波さんがウサギをじっと見据えている。ウサギは斯波さんの実力を感じ取っているのか、斯波さんに睨まれている状態で身動きをしていない。
まるでヘビに睨まれたカエルのように動かない。斯波さんがウサギから視線を反らすとウサギはまた動き出した。
「ま、また来たっ!?」
「幸弥君。恐れるな。じっくりと攻撃のタイミングを見極めて石斧を振るんだ!」
「え、ええい!」
幸弥は目を瞑りながら斧を振るった。その斧はウサギの角に命中する。石斧がウサギの角を砕くとウサギはその場に倒れてピクピクと
「え、か、勝ったのか……」
「まだ気絶しているだけさ。戦闘不能には追い込んだけれどね。止めを刺せばなにかしらのアイテムをドロップするかもしれない」
「……そ、そうですか」
勝ったのに幸弥の手が震えていた。どうにもウサギを殺すことに
「お、俺が本当に殺すんですか……?」
「ああ。そうだね。今の内にやった方がいい。あの角を見て」
斯波さんがウサギの角を指さした。折れた角は先ほどと比べて長くなっている。
「え……?」
「ダンジョンにたちこめている魔力。それによって恩恵を受けるのは人間じゃない。モンスターもだ。やつらの生命力もかなりのもので、すぐに倒さないと傷がみるみる内に再生してしまう」
幸弥は手を震わせながらゴクリと生唾を飲んだ。そして、石斧を構えてウサギのモンスターに近づいた。
「く、くそ!」
幸弥は斧を振り下ろしてモンスターに止めを刺した。石斧が命中した途端にモンスターはパァンと破裂音を出して消滅した。血肉が飛び散るみたいなグロテスクな光景にはならなかった。
「や、やってしまった……はぁはぁ……」
「幸弥君。それは正常な反応の1つだ。哺乳類に似た姿の生物の命を奪うのに躊躇するのは人間の本能のようなものだ。でも、僕たちダンジョン配信者はいつかその躊躇を捨てないと死ぬよ」
「は、はい……」
幸弥の顔はまだ青ざめている。
「俺……配信で見ている分には俺ならもっとうまくやれるのにとか勝手なことばかり思ってました。でも、実際にやるとこんなにも持っている武器が“重い”なんて思わなかったです」
さすがの幸弥もここでは調子のいいことを言えなかったようである。幸弥は大丈夫だろうか。精神的にやられていないだろうかと少し心配になる。
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