第5話 最初の3人
今日は斯波さんと幸弥の初顔合わせの日である。ファミレスで飯でも食いながら交流を深めてもらえれば良いと思っている。
俺は幸弥と一緒にファミレスで斯波さんを待っていた。ちなみに、幸弥にはまだ一緒にパーティを組むメンバーが誰かは伝えていない。ちょっとしたサプライズとして黙っている。
「ねえねえ。瑛人君。事務所に入ってくれるダンジョン配信者って一体どんな人なの?」
「初心者の幸弥じゃ逆立ちしたって会えないような相手だ」
「えー。どんな人なんだろう。気になるな」
「いいか? くれぐれも失礼のないようにしろよ」
「なーんて。そんなこと言って実はたいしたことない人だったりしないの?」
相手がまだ地域最強の斯波さんであることを知らない幸弥はまだ調子こいている。そのテンションがいつまで続くかは見ものである。
「こんにちは。瑛人さん」
「あ、斯波さん!」
斯波さんが俺の席にやってきた。
「え……? ええ!?」
案の定、幸弥のリアクションは驚きすぎて固まってしまっている。
「斯波さん。紹介します。こいつが俺の幼馴染で、事務所所属のダンジョン配信者第1号の星 幸弥です」
「初めまして。幸弥君。僕は斯波。よろしく」
「は……え、えっと……」
「幸弥。いつまでも固まってないでちゃんと挨拶しろ」
「あ、う、うん。えっと! は、初めまして! 斯波さんに憧れてダンジョン配信者になりました! よろしくお願いします!」
こいつ……斯波さんに憧れてダンジョン配信者になったなんて今まで一言も言ってなかったのに、調子いいこと言いやがって。緊張していても調子のいい部分は相変わらずだな。
「面白い子だな。これから一緒にパーティを組むことになるからよろしく」
「は、はい! ……! ちょっと瑛人君。斯波さんが来るなら来るって言ってくれよ。そうすれば、もっとマシな服装で来たのに」
「相手が斯波さんでなくてもマシな服装で来るべきだけどね」
「マジかー。ぴっちりとスーツを着てくるべきだった」
そこまでせんでも良いだろ。
「それにしても瑛人君。どうやって斯波さんを引っ張ってきたんだよ。いくら瑛人君が金を持っているからと言って、そう簡単に引っ張ってこれる人材じゃないでしょ」
まあ、幸弥の視点から見れば高校卒業してから2年ほど引きこもっていた俺に斯波さんを引っ張って来れるだけのものがあるなんて思いもしないだろうな。
「そりゃ、もうコネだよ。コネ」
「瑛人君すげえ……」
嘘は言っていないけれど、こいつ素直に信じすぎだろ。
「そういえば、瑛人さん。事務所の名前とかもう決まっているんですか?」
「あー。まだ決まってないですね。色々と考えているんですけど、俺はなんというか……ネーミングセンスというものがないので」
「そっか。実は僕もネーミングセンスには自信ないんですよね」
それは困った。斯波さんでも無理なら、どうやって名前を決めようか。
「ふっふっふ」
幸弥がなにやら不気味に含み笑いをしている。まあ、それは置いといて今から必死こいて事務所の名前を考えないとな。
「ここで俺の出番というわけだな。ババーン!」
「え?」
「俺がずばりと! かっこいい事務所の名前をつけてあげましょう!」
幸弥のこのテンションはなんなんだよ。
「幸弥? 大丈夫か? 斯波さんの前だぞ? 変な名前を提案して恥をかくくらいなら黙っておいた方が良いぞ」
「ちょ、ちょっと。瑛人君!? それはいくらなんでもないんじゃない!?」
「まあまあ。とりあえず、幸弥君の話を聞こうか」
斯波さんが冷静にこの場を取り仕切る。これで冷静でできる大人の男というやつか。
「実は前々から考えていた候補の名前と言うものがあって……でも、今日、斯波さんと出会ってその名前がついに輝きを得たというわけです」
「いや、もったいぶってないで早く言えよ」
事務所の名前を言うだけでどれだけ時間かけてんだ。こいつは。
「わかったよ。瑛人君。耳の穴かっぽじってよーく聞いて。俺が考えた事務所の名前! それは! シャドウスターズ!」
「シャドウスターズ……それはどういう意図でつけた名前だ?」
意図や由来次第では採用しても良いかなと思えるくらいの名前ではある。
「まず、シャドウ。これは代表者の瑛人君の苗字。影野から来ている。そして、スターは……」
「星 幸弥ってことだね」
斯波さんが口を挟む。俺もそんなことだろうと思っていた。しかし、それに対して幸弥は首を横に振った。
「違うんだな。それが。スターは……俺と斯波さんの2人だ!」
「え? 僕もなの?」
「そう! 俺は名前が星だからスター! 斯波さんは華やかなスター! スターが2人いるから複数形でスターズ!」
なるほど。確かにスターズって複数形になっていた。
「事務所がどれだけ大きくなっても、最初のこの3人から始まったことを忘れないようにこの名前にしたいけれどどうかな?」
「……うん。俺は嫌いじゃないな」
「うん。僕も良いと思う」
俺と斯波さんの2人から好感触で幸弥は得意気にドヤ顔を披露している。
「それじゃあ……」
「ああ。他に案も出てないし、シャドウスターズで決定だ」
こうして事務所の名前が決定した。俺は裏方に徹して、幸弥と斯波さんにはダンジョン配信者としてがんばってもらう。この体制でがんばろう。
◇
俺の徒歩3分圏内。小学校の通学路にもなっているところにダンジョンの入口となる印があった。子供が触らないようにバリケードが張られているし、定期的に地域の大人がここを巡回している。
最寄りのコンビニより近い場所にあるダンジョン。シャドウスターズ、最初の攻略対象はここだ!
印の前で俺、幸弥、斯波さんの3人が立っている。
「あー。いよいよ、初めてダンジョンに潜るのか。緊張してきた」
「幸弥君。そう気負う必要はない。なにせ、僕がいる。僕は決して君を死なせないし、最終的には君が独り立ちできるレベルまでに育てるつもりでいる」
「え、あ、そ、そうすか。俺でも独り立ちできますかね」
「それは君のがんばり次第さ」
よく見ると幸弥の脚が振るている。なんだかんだで軽い気持ちでいたであろう幸弥もいざ本物のダンジョンを目にすると恐怖の方が勝ってしまうのだろうか。
「幸弥。斯波さんの言うことを聞いて、くれぐれも勝手な行動を起こすなよ」
「わかってるって」
「よし、最後に配信の調子を確認していくぞ」
配信の待機所の作成は終わっている。スマホを使って待機所の様子を確認する。既に2000人近い人が待機している。これが斯波さんの効果というやつだろうか。宣伝告知は上手くいっているようだ。
:本当に斯波君が出るの?
:新規の弱小チャンネルの嘘じゃないよね?
:もし斯波が出なかったらチャンネル登録解除してやる
コメント欄は斯波さんのことばかりに触れている。そりゃそうか。誰も斯波さんの相方である幸弥のことを知る由もない。話題にすら上らないだろう。
もし、これが幸弥個人のチャンネルでやったら……まあ、コメントとかつかないだろうな。それどころか、視聴者数が1人いるかどうかってレベルかもしれない。
それだけ、新規の配信者も厳しい目に立たされているってことだ。他人に見てもらうことは当たり前ではない。もうそういう時代だ。
「えーと……水、良し! 食料、良し!」
幸弥がポーチの中身を確認し始めた。確認することは良いことであるが、普段は良い加減なこいつでも、こういう時には神経質になるんだな。まあ、命がかかっているから仕方ないか。
「幸弥君。準備はいいか?」
「はい」
「では、行こう。僕の後についてきてくれ」
斯波さんが印に手を触れる。すると斯波さんの体が青白い光に包まれて消えていった。
「わわ、これがダンジョンの転送か……よし! 俺も!」
幸弥も印に手を触れた。
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