第3話 これは必要な金だった

 自室に戻った俺は頭を抱えていた。俺は美波と幸弥の前でなんてことを言ってしまったんだ。


 ダンジョン配信者を数十人集めて事務所を作るなんて勢いで言ったけれど、現実的に考えて不可能だろ。


 俺には金があっても人脈がない。人と接してきた時間は18年間。その最後の方で高校の卒業式にも出なかったような人間だぞ。


 同級生がどこに進学して、どこに就職したか、そんなことすらも全く情報が入ってきていない。実際に働いてないから学校以外の付き合いも知らない。


 詰んだな。ダンジョン配信者を集める方法なんてそう簡単にあってたまるか。


 俺が事務所を作ると言った時の幸弥の期待の眼差し。美波の唖然とした顔。今でも思い出して、ウワーってなってしまう。


 もう語彙力が溶けるくらいに頭が働いていない。


「いや、でもなー。言っちゃったからな。言っちゃったからにはもうやらなきゃいけないよな」


 あそこまでかっこつけておいてできませんでしたはダサすぎて父さんと母さんに顔向けができない。


 なんとか……なんとかして、幸弥を死なせないように済むだけの環境を整えないと。


 でも、ダンジョン配信者の事務所ってどうやって設立すれば良いんだ。それもわからないぞ。


「あ! そうだ! アレがあった!」


 俺は父さんの書斎へと駆け込んだ。本当はこういうことをしてはいけないんだろうけど……父さんと母さんはダンジョンで病院を開いていたんだったら、ダンジョン配信者とある程度繋がりはあったはずだ。


 その繋がりを当たってみよう! 個人情報とかそんなの関係ねえ。どこかに連絡先が書いてある資料とかあるはずだ。


「あった!」


 父さんが持っている名刺手帳。そこには色々な人間の名刺が入っている。病院関係者が多かったけれど、その中には俺が望んでいたものがあった。ダンジョン配信者の名刺だ。


 ダンジョン配信者は個人で活動している人が多いから名刺を作っているとは限らない。それでも形式を気にするような人は名刺を作っていたりするのか。


 その中で俺でも知っているダンジョン配信者の名前を発見した。


斯波しば 敦教あつのり……ここら辺の地域の最強のダンジョン配信者だ」


 斯波 敦教。彼の性格はクールでストイック。ダンジョン配信に生活の全てを捧げているような人間である。


 毎日鍛え続けていて、一切の娯楽を封印しているとの噂も。食事にも気を遣っていて、高たんぱくのものしか摂取しない。酒もタバコもやらない。女性関係もほとんど真っ白で浮いた話の1つもない。


 彼は本当にクールでかっこいいと女性ファンが多いのであるが、それでもスキャンダルがなにもないのは凄いと思う。


「……連絡してみるか?」


 斯波さんが俺が立ち上げようとしている事務所に入ってくれる保証はどこにもない。でも、斯波さんが仲間になってくれればこれ以上心強い味方はいないのだ。そうすれば幸弥もきっと死なずに済む。


 俺は震える指で斯波さんの電話番号を入力した。


「はい。こちら斯波です」


「突然お電話かけて申し訳ありません。私は影野と申す者です」


「影野さんですか。どちらの影野さんですか?」


「……数年前に亡くなった影野 みちるの息子です」


「影野さんの……! 影野さんのご子息が私になんの用ですか?」


 父さんの名前を出したらなんか食いついた? やっぱり、父さんとなにか関係があったんだ。


「斯波さん。私はダンジョン配信者の事務所を作ろうとしているのです」


「ダンジョン配信者の事務所? それはまた聞いたことがないですね」


「ええ。事務所設立に当たって、斯波さんの力を貸して欲しいんです。えっと……単刀直入に言うとわが社と契約をして欲しいのです」


「…………」


 斯波さんが黙っている。そりゃ、こんな話をいきなり言われても戸惑うだろう。断られるに決まってる。こんなの。


「ええ。契約次第ですが前向きに検討致しましょう」


「え?」


「詳しい契約内容はまた後日、日を改めてお話するのはどうでしょうか」


「あ、えっと……斯波さんがそれで良いのなら」


「わかりました。ご用件は以上ですか?」


「あ、はい」


「それでは、準備ができましたらまた連絡をしてくてください。では、失礼いたします」


 斯波さんとの電話が切れた。俺はただ呆然と口を開けている。きっと今の俺はアホ面を晒しているに違いない。


「え? マジ? あの斯波 敦教が……? なんの縁もゆかりもない俺の話を聞いてくれるって?」


 これは夢じゃないだろうか。なんにせよ、斯波さんを引っ張って来れるなら、幸弥には最低限の申し訳が立つ。俺のメンツはひとまず保たれそうだ。


 あ、いや。まずは契約内容だな。それをしっかりとしないと……契約書を作らなくちゃいけない。高校を卒業してから社会人経験のない俺だけど、その辺はしっかりとやらないと。



 そしてある日。俺は斯波さんとファミレスで待ち合わせた。斯波さんは身長がかなり高い。公称では185cmだったはず。俺と並ぶとそのでかさがよくわかる。


 黒髪で切れ長の赤目。斯波さんはダンジョンに長く潜り続けたせいで、ダンジョンの魔力に当てられて目の色が変化したと言っている。一応、今のところそれでなにか健康被害があるとかはないと言っている。


「さて。影野さんの息子さん。私が斯波です。よろしくお願いします」


「あ、こちらこそお願いします。影野 瑛人です」


 緊張してきた。相手は地域最強のダンジョン配信者だ。オーラが違う。今まで引きこもっていた俺にはないような自信が満ち溢れている。


「あ、えっと……これ契約書です」


 俺はクリアファイルを斯波さんに渡した。斯波さんはファイルの中の契約書に目を通していく。


「ふんふん……なるほど」


 俺は生唾をゴクリと飲んだ。もう手汗がひどい。


「わかった。この契約内容で契約しましょう」


「え、ほ、本当ですか」


「ええ。報酬も申し分ないですし……なにより、あなたは恩人の息子さんだ。ここで断ってしまっては影野さんに申し訳ない」


 良かった。報酬にも満足してくれたようである。斯波さんを引き抜くことができたのも父さんと母さんが遺してくれた金があってこそだ。これはいらない金なんかじゃない。必要な金だったんだ。


 斯波さんは契約書にサインをしていく。そして、押印して自分の分の契約書を取り、俺の分の預かりの契約書を返してくれた。


「では、改めてよろしくお願いします。私は斯波 敦教。ダンジョン配信者をやっているものです」


「ええ。ありがとうございます。これから、よろしくお願いします」


「ところで、瑛人さん。事務所を立ち上げるとのことでしたが、他に私の仲間になる配信者はいるのですか?」


「ええ。新人のダンジョン配信者が1人います」


「なるほど……大体わかりました。私にその人のお守りをして欲しいのですね」


「ええ。まあ、そういうことですね」


「了解です。先輩としてダンジョン探索に必要なものを叩き込んであげましょう」


 理解が早くて助かる。ダンジョンを生き残るためには頭の回転も速くなければならないのだろうか。だとすると幸弥は大丈夫だろうか。


「それと、瑛人さん。あなたにお礼を言わせてください」


「え? お礼……?」


「はい。私は、影野夫妻に返しても返しきれないほどの恩を感じていました。しかし、影野夫妻は事故で亡くなってしまった。私はもう2度と恩返しができないと悲しみにくれました」


 斯波さんが唇をかみしめている。拳もぐっと握って震えていた。


「しかし、瑛人さん。息子のあなたのために動くことで、少しでも影野夫妻に恩返しができるのであれば、私も報われるというものです。直接的な恩返しはできなかったものの、間接的に恩は返させていただきます」


「あの……父さんたちとはどういう関係で……」


「私がまだ駆け出しだったころに、死にそうな大けがを負った時に影野夫妻が助けてくれたのです。あの2人は私の命の恩人なのですよ」


「そうだったんですね……父さんと母さんは立派に人の命を助けていたんだ……」


「ええ。あの方たちはそれは立派な方でしたよ」


 父さんと母さんがやってきたことの成果。それを知ったことで俺は誇らしい気持ちになった。父さんと母さんに笑われないように俺もしっかりしなくちゃと、2人の息子として相応しく生きようと心に誓った。

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