第2話 自分を変える決意

 俺は表札に星と書かれている家の前に立っていた。俺の家とは目と鼻の先にある美波の家だ。俺はインターホンを押して美波が出てくるのを待った。


 玄関の扉がゆっくりと開く。覗き込むようにして出てきたのは美波だった。2年間見ない内に美波はすっかりと大人びている。高校時代は黒かった髪色も明るくなっていた。雰囲気が女子大生そのもので俺をおいて前へと進んでいる感じがしている。それでも、顔立ちのあどけなさが妙に残っていていかにも男受けしそうな感じであった。


 美波はおそるおそる上目遣いで俺を見ている。そして、俺だと気づくとすぐに顔色がパァっと明るくなり玄関の扉を大きく開けた。


「瑛人! 外に出てきたんだな」


「ああ……」


「すっかり痩せちゃって……ちゃんと食べてないでしょ」


「食欲がないんだ」


 俺は本当に最低限の食事しかとっていなかった。家の中でずっといて運動をしていないのにもかかわらずに太っていないのは、自分でも意外だと思った。引きこもり生活をしていれば太るかなと思っていたけれど……逆に頬がこけてしまっている。


「だめ! ちゃんと食べないと! 食べるものがないなら私が作ってあげるから!」


「いや、別に貧困生活をしているわけじゃないから」


「あ、そっか……」


「それより問題は幸弥の方だ。ダンジョン配信者になるって言ってたよな」


「うん。そうなんだ。とりあえずあがって」


 俺は美波の家にあがった。この家にあがるのは何年ぶりだろうか。中学1年くらいまでは行っていたような気がする。流石に年齢が上がってくるとお互いに異性として意識するのか付き合ってもいないのに頻繁に家に行き来するのも変だと気を遣っていたな。


 美波の家へとあがる。キレイに片付けられていて、俺が今住んでいる家とは大違いである。俺は片付けをする気力もないので部屋が散らかってしまっている。定期的にゴミ出しはしているけれども、それでもなぜかゴミは増えていく。


「あ、瑛人君! こんにちは!」


 幸弥が俺の姿を見て挨拶をしてきた。久しぶりに見た幸弥は俺の想像よりでかくなっていた。身長も俺とほぼ同じくらい。昔は小さかったのに、数年見ない間にでかくなっていて違和感がすごい。


 色白だった肌も少し日に焼けていて、体格もやせ細った俺よりも上である。多分喧嘩したら勝てない。


「ああ。幸弥。久しぶりだな」


「姉ちゃんから聞いたけど、意外と元気そうじゃん。良かった良かった」


 意外と……か。俺はどれだけ元気がないと思われていたんだろうか。まあ、実際元気とは言えないけれど。


「それより幸弥。美波から聞いたぞ。お前、どうしてダンジョン配信者になりたいだなんて言うんだ」


「え? そりゃ、ダンジョン配信者は当たればでかいっしょ?」


「当たればな……ダンジョンに入ったからと言って、有能な素材を取って来れるとは限らない。ダンジョンの素材ならなんでも売れた昔と違って、今は価格も落ち着いている」


「それでも、希少な素材を取って来ればまだまだいけるって配信者が言ってた」


 こいつ……相変わらず変わってないな。俺と美波はまあまあ勉強ができた方だったけれど、こいつは勉強ができない割には言うことだけはいっちょ前だ。野球部の補欠だったくせに将来はプロ野球選手になるとか言っていたり、漫画を読むだけで描きもしないで漫画家になるとか言い出す始末。とにかく、楽してみんなから尊敬されて金が稼ぎたいって欲の塊のような人間なんだ。


「あ。瑛人君。ちょっと、俺のことを変わってないとか思っているでしょ! 違うんだって。俺は本気でダンジョン配信者になりたいんだって。だから、こうして体を鍛えてんだよ」


 幸弥はマッスルポーズを決める。まあ、その体格を見ればその言葉は嘘ではないことがわかる。体だけじゃなくて心も一応は成長しているってことか? 有限不実行の男ではなくなったというわけか。


「いいか。幸弥。ダンジョン配信者は命の危険を伴うもので……!」


「でも、職業として役に立っているでしょ。ダンジョンには人類が発展するために必要なものがあるんだ。それは誰かがやらなきゃいけないことなんだ。なら俺がやる!」


「別にお前じゃなくても良いだろ。俺はお前のことが心配なんだ。それに、お前だって家族がいるだろ。美波の気持ちも考えたことあるのか? 弟が危険な目に遭うかもしれないのに穏やかでいられるわけないだろ!」


「瑛人君! 人間みんな、誰かにとっては大切な人なんだ。それを言い出したら誰も命を賭けて冒険なんてできなくなるよ」


 それはそうであるが……よりによって、ダンジョンで親を亡くした俺が近くにいるのに、なんでこいつはダンジョン配信者に。


「とにかく。俺を止めても無駄だ。俺はダンジョン配信者になる。そのためにバイトもやめてきた!」


「バイト?」


「ん? ああ。言ってなかったっけ? 俺は今フリーターなんだ」


 幸弥はたしか……高校は卒業したばかりの年齢の18歳か。進学じゃなくて、正社員でもなくてフリーターだったのか。いや、ひきこもりニートの俺が突っ込む権利はないけれど。


「今のこのご時世。フリーターだなんて夢も見れない。そんなの緩やかに死んでいくのと同じだ!」


「そうかな……それは言いすぎだと思うぞ。フリーターでも夢を追っている人もいるし、一概には言えないような」


 立場上は俺もフリーターより下だからどうしても擁護してしまう。


「だったら、命を張って大成したいと思うのが普通でしょ!」


 ダメだ。こいつの目は真剣そのものだ。なに言っても無駄なやつの目をしている。


「わかった……幸弥。そこまで言うなら俺はもう止めない」


「え? マジ。やったー」


「ちょ、ちょっと瑛人! あなた、幸弥を止めてくれるんじゃなかったの!?」


「知ってんだよ……」


「え?」


 美波が首を傾げる。


「止めたって聞かずにダンジョンに行ったバカな2人をな。他人を変えることなんてできるわけがない。俺がどれだけ行くなって言ってもダンジョンに行った父さんと母さん……」


「瑛人……ごめん。辛いことを思い出させちゃったね」


「いや、いい。俺も目が覚めた。いつまでも親の死を引きずってばかりもいられない」


 ずっと胸に引っ掛かっていた。俺がもう少し真剣に止めていれば父さんと母さんは死なずに済んだのかもしれないと。でも、父さんと母さんも、誰かがやらなければならないことを他人にやらせるわけにはいかないって聞かなかった。


 決意を固めた他人の考えを変えることなんてできやしない。だから、俺がやるべきことは1つしかなかったんだ。


「変わらなきゃいけないのは俺の方だったんだ。幸弥。俺と組まないか?」


「え? 瑛人君もダンジョン配信者になるの?」


「ちょ、ちょっと! 瑛人何言っているの! あなたは勉強ができても喧嘩なんてしたことないじゃない! モンスターと戦うなんてできるの?」


「まあ、確かに……俺はモンスターには勝てない。でも、俺には金がある。この金を使って、幸弥! お前をサポートしてやる!」


「サポート?」


「ああ。お前はまだダンジョンに潜ったことがない素人だろ?」


「うん」


「そんなやつが1人で突っ込んでも死ににいくだけだ。だから、まずは金でダンジョン配信者を雇う」


「雇う? それってどういうこと? ダンジョン配信者は基本的に自営業者ばかりなんじゃ」


 幸弥の疑問ももっともである。ダンジョン配信者は基本的に個人で行動している人間が多い。正直、俺もこれが上手くいくかは未知数である。


「俺がダンジョン配信者の事務所を作る。そして、ダンジョン配信者を集めてチームを組ませるんだ!」


「チーム……確かに数人のチームを作っている配信者はいるね」


「幸弥。違う。数人なんてもんじゃない。最終的に集めるのは数十人。数百人だ!」

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