ダンジョン配信者の事務所を作ったらいつの間にか最強の集団になっていた
下垣
第1話 不必要な大金
この預金通帳には、億金が入っている。たかが高校3年生の俺が持つには大金すぎるものである……俺はこんな金、欲しくなかった。
「父さん……! 母さん……!」
俺の唯一の肉親が亡くなってからもう1ヶ月も経過している。俺にはそれが信じられなかった。この間、俺がしたことと言えば……ただ悲しみに流されるままに生きてきただけである。
俺のスマホが鳴り響く。またこの番号である。この電話番号の持ち主は電話に出ると俺を励ましてくれる。だが、その言葉は実に薄っぺらい。
名前も聞いたこともないような親戚。それが、毎日のように電話をかけてくる。それも1人や2人ではない。遠縁ですら関係なく俺に取り入ろうとしているのだ。
最初は素直にその人たちのことを信じそうになった。それくらい俺の判断力は悲しみで鈍っていた。でも、冷静になって考えてみると奴らは俺を励ましたいんじゃない。俺が持っている金が欲しいだけなんだ。
父さん、母さんが遺してくれたこの金が……!
1度、心を落ち着かせるために俺のこれまでを振り返ってみよう。俺は何不自由なく生きてきただけの平凡な高校生だ。
中学時代は学年トップの成績で、県内で最も優秀な高校に入った。しかし、俺はそこでは中の下の成績だった。
なんてことはない。県内の中学校の頭の良いやつらが集まった環境では、俺は通用しなかったというわけだ。俺は大海を知らなかった
自分を天才だと思い込んでいただけの凡才。それが俺だ。
そして、俺の父さんと母さんは非常に優秀だった。2人共医者で、父さんは外科医で母さんは獣医師。2人の収入のおかげで俺はそこそこ良い暮らしをしていた。
だが、そんな父さんと母さんも俺が高校にあがるくらいには環境が変わった。世界中に突如現れたダンジョンの入り口。ダンジョンの入り口である“印”に触れると、ダンジョンと呼ばれる魔境に転送されてしまう。
そのダンジョンの中には危険なモンスターや罠があり、命の保証はない。そんなもの放っておけば良いのであるが、ダンジョンを調査したところ人類に多大な恩恵を与える素材が取れることが判明した。
軽石よりも軽く、鉄よりも固く、ダイヤよりも美しい輝きを放つ鉱石。石油並にエネルギー効率が良い油を搾れる植物。そういった夢のような素材が手に入れられるとなっては、攻略するのが人類である。人間の欲深さは……今の俺がよく知っていることである。
人間が作った近代兵器があればダンジョンを制圧できると最初は楽観的に考えられていた。しかし、理屈はわからないけれどダンジョンは近代兵器を持ち込もうとすると、なぜか近代兵器はダンジョンに転送されないのである。銃を持って印に触れても、銃だけが転送されずにその場に取り残されてしまう。
最初の方こそ、政府はダンジョンの入場規制をかけたりして管理をしようとしていた。しかし、それは不可能だった。政府が予想していた以上にダンジョンの数が多くて、完全に一般人の立ち入りを規制することはできなかった。
だからこそ政府はあえてダンジョンに一般人が立ち入ることを許した。すると今度発生する問題は、犯罪だ。
ダンジョン内で犯罪行為が発生したとしても……例えば殺人事件が起きてもそれが人間による殺人だと立証するのはほぼ不可能だった。なにせ、目撃者がいない。更にダンジョンは危険な場所であるため、他殺か事故死か判断が難しい。その判断をする調査をするのも危険という状況である。
明らかに他殺であると状況証拠があるのに、それを立証するに至らないケースも増えてきた。だから、政府はダンジョンに立ち入る時にはあることをするように制限をした。
それはダンジョン配信である。ダンジョンを探索するには配信を義務付けることで、犯罪行為を監視しようとしたのだった。これは意外にも功を奏した。仮に配信をせずにダンジョンに潜った場合、他の配信者と遭遇したら、その人物は配信をしていないと秒でバレてしまう。だからこそ、この規制は一定の効果がすぐに表れた。
ダンジョン配信は攻略の様子を共有するのにも使われて、人類は一気にダンジョンの攻略を進めることができるようになった。
だが、参入者が多ければその分悲しい事故はある。ダンジョン内で治療が間に合わずに命を落とすケースというものも考えられる。
そこで父さんと母さんはとあるダンジョンに病院を構えることになった。一部の医療器具はダンジョン内に持ち込むことはできなかったが、それでも医療の知識がある人間がいるのといないのとでは生存率に大きな差があった。
命がけの仕事……その分報酬も良かったが、父さんと母さんは金なんかには興味なくてより多くの命を救いたいとしてこの仕事をするようになったのだ。
だが……父さんと母さんはダンジョンで命を落とした。不幸な事故だった。
父さんと母さんの遺産。生命保険。それらを併せたら小さい会社なら買収できるくらいの金にはなった。
俺には他に兄弟はいない。だから、その遺産は全て俺に行くことになった。俺も18歳で法律上は成人している。財産は自由にできる。
でも、俺にはこんな金はいらない。これを使ってなにかをしようという気にもなれない。俺は今……高校にもいかずに引きこもっている。
もう1度俺のスマホが鳴る。この電話番号は……“出てもいいやつ”だ。
「もしもし。
「うん。瑛人大丈夫? 最近、外に出ているのかな?」
「ああ。ごめん。心配かけちゃったけど一応生きているよ。まだ死ぬとかは考えていない」
「まだとかじゃないでしょ! 絶対に死んだらダメだから!」
美波が甲高い声で俺に怒鳴ってくる。電話越しで怒鳴られて俺は耳が痛くなった。さすがに家族ぐるみでの付き合いがあった幼馴染の美波に言うことではなかったか。美波も俺の父さんと母さんが亡くなって辛い気持ちにはなっているだろうしな。
「そういえば、来週は卒業式だね」
「ああ。そうだな」
「卒業式くらいには行くでしょ?」
「……式に出なくても卒業資格はもらえるだろ。出席日数は足りてんだからよ」
今となっては高校卒業資格もいるのかどうかわからない。俺には働く必要がないくらいの金が手に入っているんだ。
「なんで、みんな瑛人がいなくて寂しがっているよ。一緒に卒業式に出ようよ」
「……みんな卒業式には親が来るんだろう?」
「あっ……」
「俺には卒業した姿を見せたい親がもういないんだ。だから放っておいてくれ……」
俺は言葉を選びながら言った。本当はもっと言ってやりたいことはあった。
「美波は親がいて良いよな」
「お前に俺の気持ちのなにがわかるんだよ」
「かわいそうなやつに手を差し伸べて、いいやつになった気でいるのかよ」
でも、美波にやつあたりをしても仕方のないことだ。どんなに不幸になったとしても、どんなに最低な言葉が浮かんだとしても、それを他人にぶつけてはいけない。不幸になるのは、もう俺1人で十分だ。
「わかった……ごめん。私、瑛人の気持ちをわかってなかったみたい」
「いや、いい。美波が悪いわけじゃない」
ここで会話は終わった。俺はこれからも引きこもった生活を続けていくだろう。なにせ、今の時代は金さえあれば家から出る必要がない。
食料も衣服も欲しいものも注文すれば自宅に届く時代だ。外に出る気力がない俺はこのままひっそりと誰にも迷惑をかけずに生きていこう。
◇
いつの間にか俺は20歳になっていた。酒もタバコも解禁されたからと言って特にそれらに手を出そうなんて気分にはなれなかった。
父さんと母さんが死んでもう2年くらい経つのか。進学も就職もしなかった俺に残されているものは大量の金と、高卒資格のみ。職歴もない。学歴も高校の偏差値が高いものの大卒以下であるためカードとしては弱い。
まあ、10代が終わったとしても俺のやることには変わりない。これからも引きこもり生活を続けていくだけだ……
そんなことを漠然と考えていたら俺のスマホが鳴った。美波からだ。
「もしもし。美波。どうした?」
「え、瑛人! 大変なの! わ、私の弟が!
「は?」
俺は一瞬、美波がなにを言っているのか理解できなかった。理解したくもなかった。でも、段々と真っ白になった頭が正常に戻っていくと俺の背筋に悪寒が走った。
「美波! お前と幸弥は今、家にいるのか?」
「う、うん」
「わかった。すぐに行く。待ってろ」
俺は気づいたら玄関へと急いで向かっていた。久しぶりに走ったかもしれない。今まで2年間止まっていた俺の時間も動き出した瞬間なのかもしれなかった。
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