第51話 この騒ぎを止めるには……
ツィヴは完全に冷静さを失っていた。
無理もない。イベントは無茶苦茶、八百長ともなれば掛け金も全額返すしかない。何より、地位のある人たちを危険に晒した責任も負わねばならない。
「マクシミリアン、お前はそのぼんくら主人の尻拭いをしろ!
マックスは氷のような目つきでツィヴを見下ろす。
「なんだその目は!」
「ニーナを悪く言うな」
マックスは広い背で、私を完全にツィヴから遮断する。
「この事態を招いたのは、ニーナではない。お前が
「あぁ……、あぁ、なるほどな! WBなど最初から全員処分しておけばよかったとお前は言うのだな!」
ツィヴがヒステリックに笑い出した。
「あぁ、そうだとも! WBなど終戦を迎えた時点で、全て殺処分しておくべきだったのだ! 生かして活躍の場を与えてやろうと、仏心を出したのがいけなかった!」
「ひどい」
私はイヴォンの作り上げた人形を思い出す。綺麗に花を植えてくれた、
マックスの後ろから、私は顔を出しツィヴを睨む。
「彼らにだって、戦う以外にも特技を生かせる場があるはず。活躍の場を与えた? むしろあなたは、場を狭めた。彼らに殺し合いの世界しか与えなかった!」
「黙れ!」
ツィヴの手がこちらへ伸びた。マックスが私を庇う、と同時にツィヴの背後に大きな影が舞い降りた。
「何やってんの、御主人? オレのニナちゃんに手ぇ出そうとした?」
「S5!」
S5の大きな手がツィヴの頭を掴んだ。そのままグイっと持ち上げる。
「ニナちゃんいじめるのは無しでしょ」
「あぁあぁああっ!」
S5の殺意のこもった声にツィヴの苦悶の声が重なる。このままでは、ツィヴは自らの重みで首の関節を外してしまうだろう。
「やめて、S5!」
「おけ」
私の声に、S5はあっさりと手を離す。どさりと重い音がして、ツィヴは床に転がった。
「こ、ころせ……!」
両目から涙を滝のように垂らしながら、ツィヴは自分の首をさすり、マックスの足元へにじり寄る。
「S5を殺せ、マクシミリアン! そうしたら、ディルクだろうとヴィンセントだろうと好きに連れて行っていい! 殺れ! そして私を守れ、マクシミリアン!」
「なぜ、貴様の命令を聞かねばならん」
マックスが鼻にしわを寄せる。
「ニナ様から何もかも奪い、この施設も二束三文でかすめ取った貴様に、俺が従う義理などない」
「く……、くぅ……」
二人のWBに挟まれ、ツィヴは目を泳がせる。
(そう言えば、この建物は元々クモイ社のものだって言ってたな)
「か、返す! この施設は返してやる! だから私を守れ、マクシミリアン!」
「確証がない」
私は退屈そうにツィヴの向こうであくびをしているS5に話しかける。
「ねぇ、S5。あなたの目的は、私の所へ来たい、それだけと言うのは本当?」
「ホント」
ならこの事態を最も簡単に収めるには……。
「ツィヴさん。私が彼を連れて帰るというのはどうですか?」
「ニーナ、何を言い出す!?」
「殺させる必要はないですよね?」
けれどここへ来てツィヴは首を横に振る。
「WBのトップに立つS5の身勝手を認めてみろ! 必ず他のWBが追従する。WBは暴力を持って反抗すれば、人間の命令など聞かなくていいと言う流れになる。それは許されんことだ。分かったらマクシミリアン、こいつの息の根を止めろ!」
「……救えないやつだ」
「ちょろちょろ逃げ回ってんじゃねぇぞ、コラァ!!」
ハスキーな声と同時に、ディルクがオーナー席まで駆けあがって来た。そしてS5へ連続で拳を叩きこむ。
「ワォ、結構しぶといねぇ。さすがディルク、Sクラスまで上って来ただけあるわ」
ディルクの拳を余裕で躱しながらS5は笑う。
「だけどさぁ、オレたちがマクシミリアンたちに負けるためには、ディルクには確実に沈んでもらっとかなきゃなんだよねぇ」
S5は不意に表情を引き締め、反撃に転じる。
オーナー席で死闘を繰り広げるS5とディルグに、ツィヴは縮み上がる。彼らが移動するごとに周囲の設備が破壊されていく。
「は、早く、ヤツを殺せ! 聞け、WBども! 全員で、S5を殺せ!!」
私は辺りを見回す。
(いけない……!)
観覧席は不穏な空気に包まれていた。S5に同調したWBたちは、人への敵意を滲ませ始めている。
「マックス。このままじゃ、WBによる反乱が起きてしまわない?」
「あぁ、考えられる。だが、WBの数は既に少ない。たとえこの場で一時的に優位に立てたとしても、外部の人間がこの事態に気付けばすぐに、ありとあらゆる戦力をもって俺たちを殲滅するだろう」
(……いやだ)
マックスを失いたくないし、家に引き取ったWBも、ディルクも、……S5も出来れば。
(何とかこの事態を治める方法は……)
私は必死に考える。
(被害を最小限に抑えるにはどうすればいい? 私にできることで、何か……)
眼下では未だ、中央ステージに飛び降りたディルクとS5が目にも止まらぬスピードで殴り合っている。マックスもまた、二人を追ってステージへと戻って行った。
だが。
(あれ?)
僅かに状況が変わっているのに、私は気付いた。
さっきまで圧倒的優勢に見えたS5だが、ディルクが倒れればヴィンセントが、ヴィンセントが跳ね飛ばされればマックスがと言うふうに波状攻撃で攻めていくうち、少しずつ疲れが見えてきている。それでも勢いが止まる様子はないのだが。
(あーっ、もう! どうやってあんなのを止めろって言うのよ!)
「大丈夫ですか、ニーナさん」
優しい声に振り返れば、イギーとウォルドとヒースが私を気遣わし気にこちらを見つめていた。
「ここは危険です。ニーナ嬢、一旦避難した方が良いかと」
「なんなら、僕が抱いて飛ぶし。空なら邪魔な建物全部無視で、屋敷まで一直線に戻れるよ」
「みんな……」
その時、頭の奥で何かが繋がった。
(ここは元々クモイ社の建物……、本来は隠密活動が得意なイギー……、空なら遮蔽物がなく一直線に飛べるヒース……)
「あの……!」
私が顔を上げた時、勢いよくぶつかる音が背後で轟いた。
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